随筆『実習草』

–––––つれづれなるままに、日暮らし、硯(すずり)に向かってる場合じゃねえんだ卒論がやべえ。

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母校実習申請すら許されず実習校抽選会?に絶起した僕は、教職部に直接行ってヤケクソで実習校を選んだ。

それが『アレ』との出会いだった。

『アレ』と言えば、教職履修生の間では悪名高かった。文京区に居座る『アレ』は、弊大学の実習生を”弄び”、母校実習として実習に来る学生には蝶よ花よとかわいがり戯れるのだ、と。誰もが恐れ、必死に単位を取って母校へ逃げ帰っていく。長らく抱いていた母校で(楽するため)実習をする夢も破れた今、僕は全てがどうでもよかった。だから特に何か準備したわけでもなく、いたずらに時間を溶かしていった。



時は流れた。4月だっただろうか。例のウイルスが流行し、実習の実施が危ぶまれていた頃、実習事前オリエンテーションなるものが延期されることになった。実習も延期されることは火を見るよりも明らかだった。嗚呼、例年5月に行われていた実習はこのままなくなってしまわないだろうか。しかし現実とは残酷で「未定」の2文字を僕に突きつけて許してくれなかった。

その上、延期されたオリエンテーションまでに特段連絡はなかった。あったとしても「将来†教員†になる†品格†が求められている君たちは何をすればいいのか、わかるよね?(本音:コロナ感染防止のため一生引きこもってろ!)」というちょっと嫌味ったらしい文面と行動観察のエクセルファイルくらいだった。

僕というのは本当に堕落した人間だ。何も指示がこないならやらない。だから準備という準備がどういうものかも理解しないまま、準備もロクにせずオリエンテーションの7月を迎えた。



この時期、進学を考えていた僕は出願を終え、本格的に受験勉強を始めていた。本当に「本格的」なのかは定かではないが、少なくともほぼ毎日勉強で一日が終わる生活を送っていた。その息抜きがてらオンラインでオリエンテーションに参加した。退屈な気分で全体のお話を聞いていた僕は、実習で何をすればいいのかを早く教えて欲しかった。

ところが全体のお話が終わり教科別オリエンテーションになった途端、状況は一変する。まずもう一人の実習生は教科の先生と親しげだ。しかも話を聞いている限り、†名門筑波大学†なんかよりはるかに上のランクの学生ではないか。さらに進学して教職を極めるとも仰っている。実習生が二人しかいない状況で、「母校実習で来た将来有望で優秀な実習生」と「田舎出身のどこの馬の骨かも知らないやる気もなさそうな実習生」という明確な比較構造が出来上がってしまったのだ。元からなかったやる気は、さらに消え失せてしまった。自分の素性を明かすことがとても恥ずかしかった。


意識がどこかに行っている間に僕の指導教員が決まっていたらしい。そこからようやく僕の求めていた「実習までに/実習でやること」の説明が始まった。だが、ここでもまた問題が起こった。やることの多さ・忙しさがおかしい。ここはブラック企業なのだろうか。しかも聞いたことのない教授法・単語がわんさか出てくる。それを知っている、さらに言えばそのような教育を享受してきたことが当たり前という前提で話を進められるじゃないか。

絶望するのも考えるのも疲れた僕は指示待ち人間の如く、とりあえず”言われた通り”にやってみた。1週間後指導案を提出した。すべてを否定された。だが有難いことに指導教員は僕が無知な馬鹿であるのを受け入れてくれ、具体的に何をどうするという手順を以前より事細かく教えてくれた。しかしそんなの全てやっていたら院試対策に割く時間が無くなってしまう。悪い予感通り、日中は全て実習準備に割かざるを得ず、勉強なんて何分やっていたのだろうか(ストレス発散のモンハンは3時間くらいやってた)。まあ言うまでもなく院試は爆死した。完全に英語で詰んでしまった。不幸なことに僕の実習担当教科である。さらにやる気が失せてしまった。



院は落ちただろうという謎の絶望的確信に加え実家で不幸があり、気分はどん底なまま実習は始まった。院試を犠牲にしてまでも時間を捧げてきたのだ。もう一人の実習生ほどではなくともそれなりの授業はできるだろうと僅かながら希望はあったのだが、その希望は無残に打ち破られる。

本題に入る前に少し言い訳をさせて欲しい。僕はこの実習の3週間で30回弱の授業を持っていた。つまり、1日に複数回授業があり、実習期間の半分以上が授業日で、しかも実習開始3日目から始まった。普通こんなことはない。しかも授業は全て英語で行う。僕の能力の良し悪し関係なく労力がやばすぎることは念頭において欲しい。

もうお分かりいただけるだろう。変な発音な上に出川哲朗みたいな英語を話す実習生。各アクティビティで生徒に何をさせたいのかわからない実習生。授業の進行がグダグダな実習生。生徒の見る目は白かった。指導教員以外の先生はあからさまによそよそしい態度を取った。
もはや僕は足掻くことすら諦めて実習単位を”取る”ことに注力するようになった。

だからモチベや熱意なんてものはそっちのけでとにかく「行って」「やる」ことだけを考えた。1日も時間通り出勤できたことはなかったが、ちゃっかり定時には退勤して帰ったら酒。定期やスマホを電車に置き忘れて大遅刻したこともあった。夜中まで飲んで二日酔いで授業をしたこともあった。とんでもないDQNだが、それでも毎日学校に「行って」授業やその準備を「やる」ことだけはした。気付いたら実習は終わっていた。なんだ、昼の記憶はないけど毎晩酒を飲んでいただけじゃないか。最終日の夜はたらふく酒を飲んで何もせず寝た。


『アレ』はこんな僕を見て何を思うのだろう。僕のような人間は想定外だっただろうか。とにかくこんな人間後にも先にもいないと思うけど、でもここで実習させてくれてありがとう。僕はまた教職を辞める勇気を持てたよ。まあ教採は落ちてるんだけどね。『アレ』、ありがとう。

僕はその後、『アレ』と会うことはなかった。


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※この随筆はフィクションです。

教職Advent Calendar 2020 12/10の記事らしいよhttps://adventar.org/calendars/5417