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ワタナベイビーによる楽曲解説『スマイル』

ホフディランのメジャー・デビュー曲にして代表作である『スマイル』は当時の主流であった8センチ・シングルCDとして1996年7月3日にポニーキャニオン・レコードよりリリースされた。
アニメ『こちら葛飾区亀有公園前派出所』のエンディングテーマだった影響もあり、ヒットチャート・ランキング、CD売上枚数などの実数をはるかに上回る認知を受けた。
「デビューから売れたバンド」の扱いを受けたが、実は、シングルCD自体は人々が思ってるほどには売れていない。逆に言えば、「売上枚数以上に売れた曲」とも言えるのかもしれない。

リリースののち、楽曲が作者の手を大きく離れて一人歩きをするに従い、ワタナベイビーは「深刻ぶった女は〜」の部分と「早くスマイルの彼女を見せたい〜」の2箇所の歌詞を後悔することとなる。「それさえなければ、男女の歌ではなく、もっと広い意味を持つ永遠の楽曲になれたのに!」と。
その悩みは、リリースから24年後の2020年、女優・森七菜によるカバーバージョンにより、女性が歌うことによる新たな意味と生命を吹き込まれ、また森七菜自身の小細工なしのヴォーカル・パワーによって、作曲から四半世紀の時を経て、新しい「ヒット曲」として蘇った。

当楽曲は、ホフディラン結成後の1995年6月に書かれ、一応はバンドのレパートリーとなってはいたが、主要な位置付けの曲ではなかった。クラブ・オーディエンスの心を掴むには演奏力が及ばず、楽曲をコントロールしきれていなかったのだ。同年秋頃に真心ブラザーズの倉持陽一氏(現YO-KING)がサポート加入し、学園祭ライブに何度か出演を重ねたあたりから、ようやく形になりはじめ、楽曲『スマイル』に対する観客や共演バンドの反応が大きく見え始めた。(同じく、すでに曲は存在しており、キラーチューンのポテンシャルを秘めていたにも関わらず、演奏力の問題で『キミのカオ』も温存されていた)。

1996年春より、晴れてアロハ・プロダクションズ(芸能事務所)、ポニーキャニオン(レコード会社)の契約バンドとなったホフディランのデビューは、96年5月説、6月説と二転三転し、曲目も『呼吸をしよう』や『マフラーをよろしく』が浮上した時期もありながら、『こち亀』タイアップ確定と共に、7月3日『スマイル』に正式決定。急ピッチのレコーディングを経てリリースされた。

この「急ピッチのレコーディング」というのがなかなか異例な展開であった。実は、音源化され、多くの人の耳に届けられている正規版『スマイル』のベーシックなレコーディングは、ポニーキャニオンとの契約以前である95年のとある日、とある事業家出資のデモ・レコーディング・セッションに於いて7割以上完成していたのであった。
リード・ボーカルもギターも鍵盤も、ほとんどのテイクはまだ完全素人時代のホフディランの演奏。まだ学生だった小宮山に至っては、自分の演奏パートのプレイを終えたらすぐに、「友人と遊ぶため」という理由で、スタジオを後にしたほどの「軽い気持ちのレコーディング」であった。
リリース予定もなければ、誰か聴く人がいるとも思えない不思議なレコーディング・セッションで「スタジオでレコーディングさせてくれる人がいるらしいからやってみよう」という程度。まさか25年後まで聴き続けられるバージョンとなるとは想像すらしていない状態での歌唱・演奏であった。

翌年、そのレコーディング音源を納めたオープンリール・テープをポニーキャニオンが破格の値段で買取り、ドラム、ベース、コーラスなどを追加録音したのが、正式リリース・バージョンの『スマイル』。つまり、ポニーキャニオン契約アーティストとしては『スマイル』の歌入れは行なっていない、ということになる。

こち亀タイアップの話が浮上し始めた96年春頃、歌・ギター・鍵盤各種など本採用確定の上物(ウワモノ)を残し、リズムボックスを生ドラムに差し替える録音作業が行われたが、肝心の作者であるワタナベイビーがセッションに大遅刻をし、小宮山雄飛のみがディレクションに参加した。
ワタナベイビーがスタジオに到着した頃には完璧なドラム・テイクがレコーディング済みであった。デビュー曲にしていきなり、「何時間も前に演奏を終えたミュージシャンを、ただ挨拶のためだけに待たせる」というバンドとしての汚点を残した。
そのドラマーは田中ゲンショウではなく、もはや顔も名前も不明だが、彼のその日のプレイは、常にホフディラン2人の人生と共にある。交わした言葉は「いい曲だね。ヒットすると思います」だけ。ワタナベは今現在もなお「あの時はすみませんでした!あなたのドラム最高でした」という気持ちを抱き続け、いつか謝罪する機会が訪れることを願い続けている。(※スタッフ追記:ドラマーは川野道生氏)

技術面に於いては、ほとんどのホフディランの楽曲について共通するレコーディングテクニックがここでも当然使用されている。
『ダブル・トラッキング・ボーカル』といえば大体の読者諸君には理解して頂けるであろうか。
ボーカルを2重に重ねる、というシンプルなテクニックで、現場では『ダブルトラック』または『ダブル』と略される。「この曲もダブりますよね?」という具合。

ダブルトラックの効果としてはやはり、「ボーカルが華やぐ」「歌声が開く(広がる)」「キラキラする」というメリットが挙げられる。デメリットとしては「歌入れを最低でも2回必要とする」「詩のメッセージの説得力が落ちる」などの点がある。ホフディランの場合は大層な『詩』なんてものではなく、『POP』という概念の中の楽器の一つとして、『ただの歌詞』と見なすケースが多かったため、サウンド重視で、このダブルトラックという技術=道具をしつこい程に駆使した。『ダブルトラック×バリピッチ=ホフディラン』とトレードマーク化するまで、どの曲にもこのテクニックを使った。

ところが、この『スマイル』に限り、厳格なる『バリピッチ禁止令』が出た。シングル・ヒットの可能性を見越してのカラオケ業界対応の措置であったが、CでもC#でもないキーの曲など許されない、もしくはカラオケビジネス展開が困難になる、という判断が下されたものと思われる。現在のようにカラオケ利用客の音域に合わせてキーを自在に変換できるシステムが完備されていない時代の話である。当時のカラオケ客が『スマイル』を歌う場合、みんながワタナベイビーと同じCキーのトップAで歌っていたということであるならば、男性カラオケ客はややキツかったのではないかと推察される。

リード・ボーカルに絡まる螺旋コーラスの「おこりんぼ〜泣き虫〜ワガママ〜いじっぱり〜」はほぼワタナベ発案。
大サビ追っかけコーラスの「もうすぐだね 〜ワンワンワンワ〜(もしくはワウワウワウワ〜)は小宮山の発案。2020森七菜バージョンでは後者のみがリサイクルされた。

リスナーが親になり、子の世代の『スマイル』が歌われる。その事実だけで、ある意味「本懐を遂げた」とも言えるホフディランであるが、よくよく考えてみてほしい。自分のバンド名を『ホフディラン』などと名付ける連中の歌う『スマイル』である。個々の芸名を『シン・ワタナベイビー』『テンフィンガーユウヒ』などと名乗る人間たちが演奏する『スマイル』である。『ハゲてるぜ』などという楽曲を、同じアルバムに収録するような連中の『スマイル』である。
信用すべきか、疑うべきか。
今後の動向にも注意が必要であろう。


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