見出し画像

サンタクロース

子どもの頃、サンタクロースに会いたくて仕方がない時期があった。
クリスマス・イブの夜更けまで布団の中でこっそり起きていて、サンタさんが現れたら布団から飛び出して驚かせてやろうと考えていた。
でも毎年、気がついたら朝になっていて、枕元には絵本が置いてあったり超合金の玩具が置いてあったりした。
ある年のクリスマスの夜、私は深夜まで眠らずに我慢することが出来た。
すると、ついに待ちに待ったサンタクロースがやってきた。
もちろん我が家に煙突など無い。
サンタさんは私の布団の方にこっそりと一歩ずつ近づいてくる。
ドキドキしながら寝たフリをしていると、サンタさんは私の枕元に座った。
いざサンタさんがやってくると、計画通りに身体を動かすことは出来ずに、じっと寝たフリをしているのが精一杯だった。
サンタさんは枕元になにかを置いて、座ったままだった。
しばらくすると、そのなにかの包みをガサゴソと開けている。
もうどうにもこうにも気になった私は、うっすらと目を開けてみることにした。
すると、そこに座っていたのは単身赴任で居ないはずの親父だった。
親父は私が欲しがっていたモデルガンのオートマグを買ってきてくれて、本人もそれが気になって仕方なかったのか、私が朝起きてそれを発見するまで我慢ができずにこっそりと開けていたのだ。
私は目を疑った。
その瞬間に私は確信したのだった。
学校で噂になっていた「サンタクロースは家の人である」説を。
私はむくりと起きて親父に「これはどういうことなのか?」と聞くことにした。
すると親父は「明日の朝、早いんだよ」と、自分がサンタであることを否定するわけでもなく、普通に言い訳をした。
それ以降、宮田家ではサンタ制度は崩壊したのだった。
それから数十年の時が過ぎ、私にも娘が生まれ、いよいよ自分がサンタさんになれる日がやってきた。
娘は毎年、クリスマスツリー(宮田家にはそんなものは無かった)のところに、サンタさんへのお手紙を書いて置いている。
そこには世界平和の願いや、大切な人がずっと健康でいられるようにして欲しいとか、涙無しには読めない願い事が書かれている。
その感動の文章に続き、いま欲しいものが列挙されているのだ。
年々その要求はより具体的にそして入手困難な品々へと突入しつつある。
恐らくYoutubeのせいだ。
とは言え、私がサンタクロースで居られる時間は驚くほど短い。
正体がバレたら終わりなので、恐らくもうあっという間である。
なので悔いのないように楽しんで行きたい。
そう考えた私は三年前から作り話をして娘に聞かせることにした。
三年前に我が家に来たのがサンタクロース。
次の年に来たのがシンタクロース。
今年来るのがスンタクロース。
来年はセンタクロース。
再来年はソンタクロースだ。
それぞれのサンタさんには、恐らくご想像通りの得意分野がある。
今年くるスンタクロースは出来損ないのオッチョコチョイという設定である。
娘はいつも通りなら半月ほど前からソワソワしてサンタさんへの手紙を書き、何度も書き直している筈なのに、忍術でも身に付けたのか、今年はその気配すら感じさせないし、定位置にお手紙も見つからない。
もしかしたら、学校の友人達から余計なことを吹き込まれて正体が割れてしまったのだろうか。
私のサンタクロース人生はついに終わってしまったのだろうか。
モヤモヤしながら12/23日を迎え、現実を受け止める覚悟を決めて
「今年はサンタさんにお手紙は書かなかったの?」
と聞いてみた。
すると娘は
「え?書いたよ」
娘は書いたお手紙を、定位置ではなく自分の大事な工作道具箱の中にしまっていたのだ。
「そんなとこにあったらサンタさん絶対にわからないから」
と強めに言うと
「そっかあ、じゃあ出しておこう」
と言って定位置に置いた。
娘が寝た後で急いで手紙を読むと
「スンタクロースさんへ」
と書いてあった。
センタクロースの出番がありますように。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?