koji shibuya / lots of birds

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koji shibuya / lots of birds (2021 small cow fields records)

喫茶ホルンにて作者本人から直接購入。本来は発売当時の6月中旬頃に買おうと思っていたがタイミング悪く椎間板ヘルニアになって身動きが取れぬまま夏が過ぎ、ほんのり肌寒くなった10月10日に長らく取り置きしてもらっていたLPをようやく手に入れたのだった。

作者の澁谷さんをはじめかなり近しい人が関わっている作品なのでリスナーとしての距離感が難しいかもしれないと聴く前は思っていたが、一聴した結果あまりそういう余計な態度は通用しないような強度と芳醇なアイデアが具現化された作品であった。

まず曲順が素晴らしく、今まで聴いてきた音楽の中でもベストの部類に入るような緩急と流れの美しさがあり、作者のフルアルバムというものへの深い拘りと気合いを感じざるを得ない。澁谷さんによって選曲・編集された突然段ボール、キヌタパン、ニューウェーブ、XTCレア音源集など多数の私家版CDRを貰ってきた自分としてはそういった選曲と編集センスの積み重ねがこのアルバムに結実しているのではないかと思ったりもした。

音楽的にはSSWとかポップスとかAORとかうたものなどあらゆるカテゴライズが当てはまりそうで当てはまらない異質なDIYな感覚が新鮮。各パートに技術的に優れたゲストプレイヤーを配すればそれなりに洗練されたソツのない名盤じみたアルバムになりそうではあるが、最小限のゲストで共同プロデューサー瀬川氏とほぼ二人でこのアルバムを作り上げたことで秘密めいた部室感とでも言うべき遊び心や親密さが盤上から立ち昇る。この感覚は澁谷さんの愛するニューウェーブやDIYパンクなどと呼ばれたアーティストたちと同質のものだ。

ボーカルアルバムという視点で見るとこれまでyumboのアルバムやライブ、ソロ名義でのライブで聴いてきた澁谷さんの歌声とはかなり違った声の質感と響き方をしているように思う。英語詩の発音の問題なのかミックスのEQ処理など音質の加工の問題なのか自分にはよくわからんが生々しい一人の男の声として響いてくる。約20年前に渚にてや山本精一、マヘルなどを初めて聴いたときに感じた日本語の生々しさや異物感を思い出したりもしたが英語詩でこの感触は珍しい。

一貫したテーマで書かれた歌詞については過去に見落としてきたものを拾い集めて今一度向き合うような誠実さがありyumboで書かれた歌詞よりもパーソナルで素直な感情が垣間見れる。表題曲のモデルとなった人物とは自分も交流があったので聴きながら彼の顔や話し方や歩き方を鮮明に思い出して切なくなってしまった。

個人的にA-3「you have a problem」の歌詞は自分が過去に体験した壮絶に嫌だったこととリアルにリンクして重苦しいノスタルジーに支配されそうになったが、途中の曲展開とアレンジ、シンセの音色が重い歌詞を緩和させる裏切りとして機能していて最終的には心地よくストレンジな音楽として楽しめていた。そんな仕掛けの多さもXTCコレクターならではのものであろうか。

多分に死を意識させるアルバムではあると思うが志賀理江子さんの撮ったジャケットに写っている実在する人間と海、空、波の色味は強烈に生を感じさせるものだ。このジャケットの存在感はアルバムに収められた楽曲に一層の深みを与えているように思う。

わりと近所に住んでいる人がこのようなアルバムを作ったという事実に畏怖や羨望や嫉妬などを感じざるを得ない日もあるが、一リスナーとして長く付き合えるレコードであることは間違いない。まだまだこのレコードには無数の仕掛けや謎が隠されていそうなので末永く楽しみたい。


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