食堂

 図書館から借りてきた料理の本の、右のページばかりにメモの跡が残っている。
 私は夕日の差す部屋に煌々と明かりをともし、それを照り返すまっさらな食卓へ、とりとめもないひとりごとを並べていた。その片手間に、ぼんやりめくっていて見つけた。
 薄い本の数ページにくっきり写った筆跡は、すべて同じ手によるもののようだった。大きく余白をとった美しい字で、生真面目で優しかった友人のものによく似ていた。

 しょうゆが大さじ1/2、お酒が小さじ1、玉ねぎのみじん切り、しょうがのすりおろし。ページへ斜めに光を当てて目を凝らし、私は脈絡のないような取り合わせのレシピを抜き出して読んだ。
 文字には少しも崩れたり乱れたりしているところがなく、どのページでも几帳面に整った形をしていた。自分のためのメモというより、だれかに宛てた手紙のような誠実さで書かれていた。

 開いた本を左手で押さえながらレシピを写し書きするひとの姿を、食卓の空席に思い描いてみる。
 ボールペンで、小さな紙を少しずつずらしながら、力を込めて丁寧に書くひと。知らないそのひとの、数字の書き方や言葉を省略するときの癖さえ指摘することができるということは、後ろめたいような気がした。
 日が落ちて、窓の外はすっかり暗くなっている。
 あの家々の影のどこか、カーテンに隠され守られている明かりのどれかひとつに存在している食卓のことを、私は考えようとした。切り刻まれるもののこと、蓋の隙間から部屋中に満ちるあたたかな湯気、コンロの青い火のこと。
 それらを際限なく細かく思い浮かべては、自分の座る食卓の周りにひとつひとつ重ねるように配置することだけに、私は集中した。
 そうやって、車の音が近づいては遠ざかっていくのを、知らないふりをしていた。

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