フィクション

 どうせなら骨やコンクリートの破片がよかったのに、あなたのシャベルが掘り当てたのは一冊のノートだった。
 つまらない日記だ、と少し読んであなたは思った。土を払ってめくったノートには、だれかの生活の記録がところどころ薄れながら残っていた。

 今朝はこの前買った水色の目覚まし時計で起きて、雷の光る水平線を眺めながら砂浜を往復した。
 鞄のベルトが時計屋の前で切れて、大叔父の訃報を受け取った。
 いつものパンが売り切れだった
 自転車の男がすれ違いざま手を挙げて、名前を呼んで親しげに笑ったが思い出せなかった。

 適当に開いたどのページも同じような内容だったので、あなたはすぐに飽きて閉じてしまった。
 ほんの少しの間だけ、あなたはシャベルにもたれて、海辺の部屋と住人についてなにか考えたけれど、同僚の呼ぶ声にじき忘れてしまった。多分、それも日記の中身と同じくらいどうでもいいことだった、とあなたは思った。

 あなたは日記の書かれた部屋について決して知ることがない。
 私の部屋は街の片隅にあり、その日記は美術館で買った灯台の絵のポストカードを見ながら書いた。
 部屋には大きな本棚があった。本棚には、あなたが見つけたのと似たノートがびっしりと並んでいた。
 全部私が書いた。
 毎日欠かさず、出会ったこともない人間の日記を書きながら、私は自分が今日降りたバス停の名前さえ覚えていなかった。

 あなたの発掘したノートには、分類のためのラベルが貼られた。
 当時の地形と日記の内容から、持ち主の住んでいたであろう海の近くの街の名前を見つけて、あなたがラベルを書いた。
 そこは昔私の友人の住んでいた街だった。
 友人とは、最後に鳥を見に行った。はるばる電車に乗って。
 友人はあの日紺色のコートを着ていた。とても楽しそうにしていて、私たちはとても。
 しかしあなたはそれも知るはずがなかった。
 そしていよいよ、私はどこにもいなくなった。

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