しずかな色の子の話

 人通りのある場所に立つその子どもの画用紙には水がいっぱいに吸わせてあって、会うひと会うひとにせがんで置いてもらったどんな色も、置いてもらうそばからたちまち滲んでしまった。
 買い物中の女性が隅の方にくれた青緑はじわじわ形を変えながら中央の淡い橙色へにじり寄っていき(それはバス停で老人にもらった色だった)、駅員がハサミを入れた切符のついでにくれた灰がかった赤い色は、滑るように薄く伸びた先で制服の少女の水色と混ざっていた。色は絶えず動き続け、形を変え、混じり合って濃くなりまた薄くはぐれていった。

 子どもはだれがいつどこでくれた色なのか、残らず覚えていることができた。そのとき相手がどんな風に眉を動かし、唇の両端はどんなだったかさえ忘れなかった。
 子どもは飽きることなく熱心に一枚の画用紙を読んだ。繰り返し読んだし、次々読んだ。傾けてみたり、そっと息を吹きかけてみたりして、退屈なところを飛ばしたり寂しい別れを防いだり、あるいはかえって恐ろしい一行を付け加えてみたりしながら。

 近くに住むひとびとは、公園の砂場に子どもを見かけることがあった。子どもはときどき、尖った小石や細い枝で、砂の上に色を写してみようとするのだった。それはとても複雑すぎて、何度やっても思うようにいくことはなく、子どもの去ったあとにはただ歪んだ円や三角や四角がいくつもいくつも残されていた。
 子どもは筆もどんな色の絵の具も持っていなかったが、画用紙にふくませる悲しさだけは持っていて、それはいくら使っても尽きることがなかった。色が増えれば増えるほど、こんこんと湧き出てくるようだった。

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