寓話
あるところにひとりの子どもと、背の高いひとと太ったひと、それからとても小柄なひとがいた。
太ったひとは楽しい話をたくさん知っていて、いくつもいくつも子どもに話して聞かせた。
小柄なひとはほんのひとつふたつの言葉しか話すことができなかったので、笑い転げる子どもの隣にただ座り、黙って一緒に話を聞いた。
背の高いひとはいつでも真っ赤な顔をしていて、ありとあらゆるこわい話を次々話すことができた。
彼の声はとても大きく、一度話し始めれば、たとえ彼の長い影さえ見えないところに子どもが隠れようと、その耳にはっきり届いた。
太ったひとがどんなに張り合って、怒鳴るように話しても、こわい話が始まれば必ずかき消されてしまった。
そういうとき、小柄なひとは黙ったまま子どもの後ろにまわり、小さな手で子どもの両耳をそっと塞いでやった。
口をぱくぱく動かしながらいろいろ恐ろしげな顔をするひとを見て子どもは笑い、それを見るときだけはこの物静かなひとも声を出して笑った。
そのうち子どもは大きくなって、三人の背をひとり抜きふたり抜き、いよいよ険しい顔を間近に見上げるほどに成長した。
背が高くなればなるほど、だんだんほかの様々な音は遠ざかり、今ではただひとりの声だけがすぐ近くからがんがんと響いていた。
ときどきかすかに届くことのある、なつかしい声の聞かせる楽しい話は、長い手足の伸びるからだを笑い転げさせることはもうなかった。
しかし子どもがどれほど大きく育とうと、どんな種類のこわい話でも知っている背の高いひとは、そのとどろくような声と厳しい顔つきで、とても上手におびえさせることができた。
子どもだったひとは突っ立って瞬きもせず、こわいこわい話を聞き続けるしかなかった。
その足元にはいつも、言葉を持たない優しいひとがぴったり寄り添って小さな手を握りしめていたけれど、あまりに小さな優しさを目を凝らして見るひとはいなかった。
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