FF14のイシュガルドの友についての話

※蒼天のイシュガルドまでのネタバレがあります


思えばオルシュファンと初めて出会ったのは友人のFCハウスでのことだった。

画像1

「えっ仏壇じゃん」

最初に出た言葉はそれだった。
多くの日本人がそうであるように特別信仰している宗教があるわけではないが、強いて言うならば仏教だ。葬式は寺でするし、死者を弔うならば仏壇である。
冷静に見れば手前にあるのは神棚であったし、友人にも「祭壇だよ」と言われたが、その時の私の口から「仏壇」という言葉が飛び出たことは、とっさに感じた死を一番身近な言葉で表現してしまったことなのだとご容赦いただきたい。
友人はこのインテリアを「エオルゼアで一番いい人だから崇めているだけだ」と説明した。それにしてはあまりに死を感じたが、なにせこの時の私は20レベルにも満たない体験版冒険者である。

長い新生エオルゼアストーリーを進める中で、私はいつしかこのとき感じた不安感を忘れ去っていた。



オルシュファンが死んだ。

教皇を追う最中、背後の攻撃から私を庇ってのことだ。
あまりに突然のことで、まったく覚悟はしていなかった。攻撃を防いでいた盾が壊れた瞬間ですら彼の死を感じてはいなかったように思う。これは新生エオルゼアの最中ずっと死ぬと思っていたサンクレッドが全然死ななかったことも大きいだろう。深手は負ったが助けられると動揺しながらも信じていた。だってサンクレッドが死ななかったんだから。
けれどオルシュファンは私に最後の言葉を残していってしまった。

画像11

うそだ、そんなはずがない。唯一の友と言ってもいいオルシュファンをこんなところで失うなんて。混乱する私の脳裏に一つの映像が浮かぶ。

友人のFCハウスだ。


画像11


「仏壇じゃん……!」

祭壇である。


けれどあの時感じた「死」は嘘ではなかった。
私はなぜあの時の不安感を忘れてしまっていたのだろう。なぜオルシュファンはずっとそばにいてくれるものだと思ってしまっていたのだろう。死ぬのかもしれないとあの時たしかに思ったじゃないか。そんなことも忘れてなぜ蒼天のイシュガルドなんかに来てしまったんだ。
私がこんな形でイシュガルドに来なければ彼は今も生きていただろうか。キャンプ・ドラゴンヘッドで、あの椅子に座って、私を笑顔で迎え入れてくれていただろうか。
そんなたらればの話をしたところでしょうがない。FF14はオンラインゲームである。オンラインゲームにセーブポイントはないのだ。もう私は二度と、オルシュファンに会うことができない。


一週間くらいずっとオルシュファンのことを考えては落ち込んでいたし、眠る前にオルシュファンのことを思い出しては泣いた。オルシュファンはいつの間にか私の友になっていた。

キャンプ・ドラゴンヘッドで出会った頃は、彼の「友」という言葉を、実感を持って聞いてはいなかったように思う。オルシュファンは友人を助けた私をひどく気に入ってくれたけれど、それは話のなりゆきだし何なら私に拒否権はない。だから彼の信頼と友情を、あまり自分のものとして受け止められなかった。ちょっと変わった人だったし。
そのもらったそばからポロポロと取りこぼしていた彼の友情を実感したのは、第七星暦ラストのことだった。ウルダハを追われ、仲間たちを失い、アルフィノと着の身着のまま逃げ出した先。オルシュファンを頼ろう、と言われて、心細さの中に一筋のぬくもりを感じた。
暁のメンバーは散り散り、裏切り者だらけのクリスタルブレイブは信用できない、石の家も取り押さえられ、もう誰も頼れない、どこにも帰れない。でもオルシュファンだけは、絶対に私を助けてくれると思った。彼が常にその友情を言葉で、行動で、示し続けてくれていたからだ。

画像10

オルシュファンは私のことを当然のようにかくまってくれた。雪の降るクルザスで、彼の言葉だけがあたたかくて、少しだけ泣いた。
蒼天のイシュガルドでも、何かあればすぐに駆けつけてくれた。氷の巫女をイシュガルドに呼んだり、彼の立場からすれば容認できないことをしても、いつだってすぐに私を信じてくれたのは、彼の友情だったと思う。ほかにも私の仲間になってくれる人たちはいたけれど、オルシュファンが一番の友だといつしか私も思うようになっていた。これまでちゃんと受け止められなかった分、彼との友情を大事にはぐくんでいきたいと思っていた、そんな矢先だった。
彼は私という友のために死んでしまった。彼は最後までそういう人だった。

しばらくメインクエストを進めたくなかった。けれどオルシュファンの仇だけはとらなくてはならない。私は英雄だったけれど、誰かのために常に戦ってきたけれど、イシュガルドなんて本当はどうでもよかった。竜詩戦争がもう千年続こうが、本当はどうでもよかったんだ。私を助けてくれたオルシュファンの力になりたいだけだった。だから私から大事な友を奪った者を、生かしておくことはできない。
何もせず過ごした数日ののち、私は怒涛の勢いで蒼天のイシュガルドを進めた。ずっと戦ってきたはずの帝国もアシエン・ラハブレアもどうでもよかった。こんなやつらに構っている暇なんてなかった。
私はただただ仇をうちたいだけだ。早く教皇を!名前は覚えていないけどオルシュファンを手にかけた金髪のあいつを!

画像4

金髪の…

画像12

えっどれ?

画像6

これ?

名前を覚えていないことがあだになった。なんで鎧かぶっちゃうの?
この男だと気付いた時にはもはや8人にフルボッコにされている仇のHPはほぼ残っていなかった。なんとかアサイズをまいた。
多少仇の弱さに物足りなさはあったが、その後、無事に教皇も倒し、やっとオルシュファンの仇をうつことができた。私は悲願を遂げたのだ。このために蒼天のイシュガルドを進めてきたのだから。

それなのに、その時私にあったのはなんともいえないむなしさだった。

画像12

ずっと仇をうつんだと思って進んできた。イシュガルドを救ってくれと私を頼るアイメリクにもそう伝えた。イシュガルドのために戦う気を失ってしまった私を支えていたのがその感情だったはずだった。なのになんだろうこの達成感のなさは。せっかく仇を倒したのに、これっぽっちも気分が晴れない。
もちろん仇は討たねばならない。そのことに間違いはない。けれど私は仇をうったそのとき、もっと何か手に入れられるような気がしていたんじゃないだろうか。

思えば私は息子を失って悲しむフォルタン伯爵と喋るたびに泣いていた。それは復讐の道に向かう私の心の奥底を、彼が代弁してくれていたからなのかもしれない。ただただ彼を失って悲しいと。
もしかして私の心は憎しみでごまかしていただけで、ずっと彼のようにオルシュファンを失った悲しみに泣いていたのだろうか。だから復讐という目的を失った今、目の前にただひとつ残ったオルシュファンの喪失という現実に立ち尽くしているのだろうか。

「復讐したって何も変わらない!」

よくドラマなどでそういったセリフがある。
私はそうでもないだろうと思っていた。もちろん現実では法治国家である以上私刑は許されるべくもない。しかし復讐にいたる気持ちはよくわかる。だから「復讐したって何も変わらない」ことはないだろうと思う。復讐とは死んだ者のための行動ではない。自分の感情にケリをつけるための行動だ。そうしなきゃ前に進めないのだ。
だから当人でもない者が、外から余計なことを言うなと思っていた。

ドラマは正しかったのかもしれない。

復讐を終えたが、私の手は何もつかむことができず、ストーリーに置いてけぼりにされている。
私が望んでいたのは復讐なんかじゃなかったのかもしれない。復讐を果たしたところで、オルシュファンが戻ってきてくれるわけでもなかったのに。


そうか、私は、もう一度オルシュファンに会いたかっただけなんだ…。


画像9


それなのに、ずいぶん遠いところまできてしまった。




画像12

でも討滅戦ルーレットで会ったらまたボコボコにしてやるからな…。




その後メインクエストを進めるとマメットオルシュファンをもらった。彼を失った悲しみは癒えないし、これは決して彼ではないけれど、ちいさな彼と旅をしてみるのもいいかもしれない…。彼は責任ある立場だったからともに歩めた機会はほとんどなかったし…。

画像3

なんか…バランスが絶妙にかわいくないな…。


画像3



友の墓が建てられると聞いたのになかなか建てられないまま竜詩戦争完結編へ続く。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?