見出し画像

公認競技会の歴史⑧ 2014年編

こんにちは、低男産業です。

 このシリーズも2007年編から続いてきまして、第8回目の今回は2014年の公認競技会の様子についてご紹介していきたいと思います。

 2014年はクラス分けが大きく変更となり、現代の公認競技会に近い形となりました。内容としては、2013年は1~3月に行われたタッグクラス以降は基本的にジュニアクラスとオープンクラスの2部門で競技が行われていましたが、2014年からはファミリークラス、ジュニアクラス、オープンクラスそしてチャンピオンズの4部門に分かれました。
 ファミリークラスとジュニアクラスについてですが、ジュニアクラスは2014年から小学校4年生以上~中学3年生以下の選手のみが出場できるようになり、それ以下の選手はファミリークラスに出場することとなりました。
 そしてオープンクラスとチャンピオンズについては、2013年の公認競技会のオープンクラスにおいて優勝を収めた選手が2014年からチャンピオンズとして認定され、チャンピオンズ同士でレースを行う事になりました。
 チャンピオンズは他のクラスと異なり唯一降格がある部門で、1年間の間で一度も優勝できなかった場合翌年からはオープンクラスに戻るというルールがあり、2013年の初年度認定者は31名いましたがその中でチャンピオンズ特別表彰まで残っているのは3名のみです。 
 とても厳しいルールですがチャンピオンズの新設によりミニ四駆公認競技会は更に熾烈な戦いとなり、競技レベルの大幅な向上に繋がりました。

 上の画像は、2014年初頭からチャンピオンズ認定された選手にタミヤから送られてきた案内状です。余談ですが、現在のミニ四駆公認競技会事務局では用いられていない「チャンピオンズクラス」という表記がなされています。これ以降の書類では全て「チャンピオンズ」という表記となっているので、初期の頃はまだ呼び名がしっかり定まっていなかったのかも知れませんね。

 クラス変更に伴い、2007年から行われていた年間チャンピオン決定戦は行われなくなり、新たにチャンピオンズのみが出場できる「チャンピオンシップ」となりました。また年間チャンピオン戦では恒例であった電池とモーター支給のルールは撤廃され、最後まで1vs1かつ自分の電池とモーターを使用するルールとなりました。
 オープンクラスの選手もその年の間に優勝すれば次の競技会からはチャンピオンズとして認定される為チャンピオンシップに出場するチャンスはありますが、ジュニアクラスの選手は年間チャンピオン決定戦に相当する年末のビッグレース自体が無くなってしまったので物足りなく感じた方もいたかも知れません。

 チャンピオンシップでは参加賞としてアクリルプレートが貰えます。これは開催年ごとにアクリルの色が異なり、2014年は透明のものでした。 
 更に上位3位までの入賞者は大会名と名前が入ったアクリル製の立派な表彰状が貰えました。
 第1回チャンピオンシップは2014年の難セクションが複合された高難度のレイアウトとなりましたが、優勝決定戦では低男産業メンバーのメガネ選手と現特別表彰選手のUmiji選手が熱いデッドヒートを繰り広げ、チャンピオンズの頂点を決めるのにふさわしいレースとなりました。

 また昨年に引き続きジャパンカップ2014が開催され、「スーパーグライドサーキット2014」が使用されました。2013年とはハイスピードレイアウトでしたが、この年は初登場した「フジヤマチェンジャー」が猛威を振るいました。その名の通り通常のレーンチェンジよりも角度がきつく、アクリル素材の為ブレーキが利きにくかった為ここでのコースアウトが続出しました。
 全国決勝大会はもはや恒例となった「MEGA WEB」で行われました。ファイナルバージョンのレイアウトはスロープ後のコーナーが逆バンクになった以外は通常と変わらずの小変更でした。ですが元々の難易度が高いだけのことはあり、昨年と同様にハイレベルなレースが展開されました。

 この年のジャパンカップではチャンピオンズの全国決勝大会は開催されませんでしたが、全国決勝大会当日にチャンピオンズ認定者の中から1名代表選手を決め、チャンピオンズ代表としてオープンクラスの決勝大会に参加できるという方式がとられました。

 チャンピオンズの代表決定戦は昨今の公認競技会では珍しく、タイムアタックによる順位付けが行われました。
 全員のアタック後にタイム上位6名が準決勝に進出し、準決勝を勝ち抜いた3名による代表決定レースが行われ、チャンピオンズ代表選手を決定しました。
 当日はその後に通常のチャンピオンズのレースも行われ、スケジュール的にはかなりタイトだった記憶があります。


 2014年の改造の傾向としては、昨年に引き続き低男が流行していたように思います。更にカーボンピンと呼ばれる、カーボンを円柱状に削りネジなどの代わりに使用する改造も同時に流行していました。この改造は現代ではレギュレーションで制限され使用不可ですが、カーボンを円柱状に加工するという性質上コストや製作時間の面で苦行の改造でした。当時の作品を見ると1台に何本ものカーボンピンが使用されていますが、いまでは絶対にやりたくないですね笑

 そして2014年を語る上で外せないのはやはりZ-FLYERの皆さんの活躍です。下の画像の作品はジャパンカップ2014 全国決勝大会 オープンクラス優勝のヨッシー選手のマンタレイMk.Ⅱ(手前)、そして同大会同部門3位のコワタ選手のマンタレイMk.Ⅱ(奥)です。

 まず目に付くのはフロントのプラリング付きローラーです。いまでこそフロントにプラローラーを使用するというセッティングも一般的になっていますが、この当時はアルミローラーを使うのが殆どで、プラローラーはリヤ用、という認識が強かったです。ヨッシー選手、コワタ選手共にスライドダンパーの精度を極限まで高めており、プラリンでありがちなスラスト抜けによるコースアウトを防ぎつつも高速なコーナリングが可能となっています。

 更に当時はフロントには干しタイヤを使用するレーサーが多かったのですが、こちらの作品には4輪グリップのハードタイヤが使用されています。コワタさんによると前述のアクリルセクションのグリップ具合や、当日の天気、湿度やその他セクションも含めた路面状況を考慮し、あえてタイヤについた汚れをふき取らずにグリップ調整を行っていたとの事で、驚きを隠せません。

 フジヤマチェンジャーへの対策は無論それだけではなく、硬い素材に対応した柔らかいシャーシとするべくVSシャーシの底面を大きく肉抜きし、更に柔らかくしています。もちろん柔らかくする事で駆動系や電池の保持力にも影響が出るためメリットばかりの改造ではないのですが、そういったスピード面への不安はオールプラリンやハーフタイヤといった改造で上手く補っていますね。

 公認競技会ではこういった一見邪道とも思えるような新しいアプローチの改造がその時のレイアウトにバッチリ合うこともあり、改造の方向性は一つではない事がよくわかります。

 という事で2014年の公認競技会の様子についてご紹介させていただきました。どの年もそうですが、その年ごとに新たな改造が生み出され、年々レベルが上がって行くのが感じられますね。

 今回の記事製作に当たり、Z-FLYERのカシラ、コワタ選手とヨッシー選手に全面的にご協力をいただきました。ありがとうございました。
 Z-FLYERと言えば2020年の8月で10周年を迎えた、東北の名門ミニ四駆チームです。メンバーの皆さんも輝かしい戦績の方ばかりですのでZ-FLYERについてもっと詳しく知りたいという方は以下のリンクからどうぞ。

 更に先ほど紹介させていただいた画像以外にも様々な角度からの写真をご提供いただきました。お蔵入りにするのは勿体無いので、こちらで紹介したいと思います。現代のミニ四駆でも通用する改造が様々に取り入れられていますから、参考になる部分がたくさんあると思いますよ。 

 いよいよ2020年も終わりが近づいてきました。昨今の社会情勢は未だに不安定ですが、また競技会が出来る日が早く来て欲しいですね。

 次回の低男産業noteもよろしくお願いします。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?