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『鶴の恩返し』と『兵隊やくざ』

 町に古い映画館がありました。
 百日のうちの八十日は成人映画、残りの十日が青春映画、残りの十日が子ども向けの映画をやっているような映画館です。

 その映画館のおじさんが、時々 小学校の前で割引券を配っていました。(もちろん子ども向け映画の。)

 ある時、アニメ映画『鶴の恩返し』の割引券を配っていました。

 誰かがそれを先生に見せると、先生は、「これは、とてもいいお話だから、観にいくといいよ。』と言いました。

 私は家に帰ってから、母親に「先生が、これ観てきなさいと言ってた。友だちもみんな行く。」と言って、お金をもらいました。

 当日、映画館に行くと、私の小学校の子どもたちがたくさん来ていました。

 私が映画館に入ったのは、その時が初めてでした。
 真っ暗な館内に入っただけで、わくわくしました。

 いよいよ映画が始まりました。
 ところが、始まったのは『鶴の恩返し』ではなく、『兵隊やくざ』でした。

 『兵隊やくざ』は、勝新太郎が主演で、戦争や暴力のシーンが満載。所々に男女の絡みもあります。
 絡みのシーンになると、おじさんが映写機の前に手をかざすので何も見えず、館内も暗くなり、子どもたちは大騒ぎです。

 その後『鶴の恩返し』をやるのかと思ったら、それで終わりでした。

 次の日、学校に行くと、先生が「鶴の恩返し、どうだった?」と皆に聞いたので、昨日のことを話しました。
 すると先生は怒って教室を出ていきました。

 しばらくすると戻ってきて言いました。「映画館に電話して文句を言ってやりました。そしたら、学校で、ただで観せてくれるそうです。」

 それからしばらくして、学校で上映会が行われましたが、『鶴の恩返し』は、あまり面白くありませんでした。

 『鶴の恩返し』より、エログロ的で刺激の強い『兵隊やくざ』の方が、男の子たちには面白かったようです。

 粉末ジュースを井戸水で飲んでいた子どもが、初めてコーラを飲んだ時のような衝撃。それくらい『兵隊やくざ』は刺激的で、魅惑的でした。

 フィルムが間に合わなかった等、何か事情があったにせよ、一言の説明もなく違う映画をやって、トラブルにもならなかったのですから、呑気な時代でした。

 その映画館で『大魔神』や『ガメラ』も観ましたが、だいぶ前に閉館し、今は建物だけが残っています。

#映画にまつわる思い出


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