ガトーフェスタハラダの呪い
繁忙期である。
リモート会議が発達したため、1日の間に訪問とオンラインを組み合わせて、新宿、錦糸町、宮崎県、三重県、六本木、京都府、新潟県、シンガポール、イタリア、みたいなスケジュールで商談が入るのだが、本当に意味がわからない。
いよいよどうにもならない。後処理を無視して帰った。
ヨシタロウは、とりあえず泣いていた。なにか分からないが妻に怒られたようだ。
「パパあけてよ」
手には、ガトーフェスタハラダの、期間限定らしいチョコがたっぷりかかったラスクの個包装の袋を持っている。
「もう食べ過ぎ!いい加減にしないと鼻血出るよ!4つももう食べたんだから!!」
おそらく私が帰る前に色々な攻防があったのだろう。妻は私の帰りが遅いことと、ヨシタロウが言うことを聞かないことでダブルでキレている。
「はなぢでてもいいから たべたいのぉ〜」
ネフェルピトーを倒すために「どうなってもいい」と強力な制約をしたゴン・フリークスのような切実さで訴えかけてくる。妻と違い、ヨシタロウの甘やかしに定評のある私なら開けてくれると踏んでいるのか、最早ヨシタロウは私しか見ていない。
政治的に難しい局面である。
まず、率直に私の本心はこうである。
・4つだろうが5つだろうが大差ない
・鼻血、出ても確かにどうでもいい
・ていうか最初から与えるべきではない 舌の肥えが振り切ってしまっているがいかがなものか。アイスもハーゲンダッツしか食わんし
・こないだ5箱ぐらいいきなり買ってたけど、もうこれで終わりなの?(
私の本音を尊重して動くとしたら「さっさと与える」そして「通販で買えるなら補充して、次は隠す」である。
しかし問題は妻だ。
まあ、ヨシタロウが食べ過ぎなのは異論はない。が、客観的に見ても3つ目から4つ目を止めないでいたのに、4つ目から5つ目で止めたのは科学的根拠に乏しい。
これは推察するに、(どこかに隠しているのでなければ)ラスクがラスイチで、妻がさすがにそれは自分で食べたいという「お気持ち」が投影されていると考えるべきだ。これは科学の問題でもヨシタロウの鼻血の問題でもない、妻のお気持ち、ここが焦点なのである。そしてもう「これ以上食べたら鼻血が出る」というロジックを持ち出してキレている以上、妻も引っ込みがつかない。
私はどうすればいいかというと、答えはこうだ。
「何もしない」
だっ。
「パーパーあーけーてーよー」
どれだけヨシタロウが懇願しても対応しない。「ママがダメだって言ってるんだからダメだよ」。妻の判断を立てる、冷静なコメントを忘れない。
妻には別途、コンビニで買った新作スイーツを買ってあるのだが、出すにはタイミングが悪い。が、めざとい妻はすでに目視しているようなので、静かに冷蔵庫に入れた。
「パーパーあーけてーよー」
我が家のゴン・フリークスがどうにかなりそうなタイミングで、妻が私にだけ聞こえるように小声で言った。
「もう収拾つかないから、開けてあげて」
こうなるところまで絵図は描いていたが、思いのほかしっかりその通りになった。
「これで本当に最後だ」「ママの言うことを聞かないなら、もうこの先オモチャは買わない」
一応、改めてゴンに別の制約を課してから、まあ、こんな制約は意味がないだろうとも思うが、糸の切れた操り人形のように首をコクコク縦に振るヨシタロウに、私はガトーフェスタハラダを開けてあげた。
なにが恐ろしいって、ここまで大人も子どもも狂わせるガトーフェスタハラダのことが私は怖い。
私は食べたことないし、これからも食べない。
ちなみに、鼻血は出た。
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