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小説

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小説置き場です。ヘッダーの写真は、数年前に参加したUSJの有料ハロウィンイベント、「ホテル・アルバート2」のエントランス飾りです。照明と雰囲気作りがすばらしく、とても良い体験でし…
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2024年7月の記事一覧

【短編小説】眠春

「なんだって? もう一度言ってみなさい」  眠春、と呼ばれて少年はまごついた。常に穏やかな兄の目はいつになく険しく、問う声は尋問じみて聞こえた。言わなければよかった、そう思っても遅い。十歳の眠春は怖くなり、床板の模様を見つめた。 「……心邪が、話しかけてくるのです」  兄が黙ると、庭の春の気配が強まる。開け放たれた道場の戸から、午後の陽光が入りこんでくる。生ぬるい風が 雲雀の声と、うす 紅の花弁を運んできた。四月、 高家の春は思考を奪われるほどに美しい。ひらひら飛んでい

【短編小説】ヘリオス

「いいか。お前は絶対に、エマ・クリスタルを取らなければならない。それがお前を連れていく条件だ」  小型飛行機の中で、険しい顔をしたドナ・F・ルロワはそう言った。四十歳をゆうに越えているのに、ドナは若々しい見た目を保っている。高級スーツの下の筋肉は鍛えられ、はち切れんばかりに膨らんでいるし、肌には若者にも負けないハリがあった。蒼眼はぎらぎらと鋭く、無造作にたらされた金髪は緊張のせいで額や頬に張りついている。今のドナは興奮した獣のようで、身なりに気を遣う余裕もないらしい。十三歳