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なぜ日本ではSUVやミニバンのような退屈な車ばかり売れてしまうのか



車マニアの嘆き

はじめに

過激なタイトルで失礼します。ひわいです。
自分はいわゆる「車マニア」で、多少は車のことに詳しい気がするのですが、ほかの「車マニア」らしき人による、SNSやニュースのコメント欄で見かける意見が気になっています。

それが掲題の「なぜ日本ではSUVやミニバンのような退屈な車ばかり売れてしまうのか」というものです。今日はこれについて考えてみたいと思います。

ボディタイプの名称についての整理・本記事における定義

なお車のボディタイプにはいくつか名称があるのですが、SUVはタイヤが大きく車高が高めのオフロードっぽさのある車種。ミニバンは荷物や人を載せられる背の高い車種、とざっくり定義しておきます。

出典:https://www.jms-car.com/cp/article/newcar.html

なお本記事では、特筆しない場合は便宜上、ピックアップトラックを「SUV」に、背の高いトールワゴン・プチバンを「ミニバン」に含むこととします。

本当に「日本ではSUVやミニバンばかり売れている」のか

日本の現状をデータで見てみる

たしかに街に出るとSUVやミニバンだらけ。今はタクシーやパトカーもセダンから背の高いミニバンやトールワゴンに入れ替わりつつあり「普通の」セダンを見かけることは非常に減ってきた気がします。あっても輸入車くらいでしょうか。
ではここで、個人の主観を抜きにして実際のデータを見てみることにしましょう。

新車販売5年ぶりに前年比プラス : 車名別ではホンダN-BOXが2年連続でトップ」より引用

車種名別の日本の販売台数ランキングを見ると、まさにミニバン・SUVだらけ。
トヨタ・カローラがかろうじて上位に入って入るものの、これはSUVタイプのカローラクロスも含んだ数値です。日本でSUVやミニバンが売れているのは事実ですね。

海外はどうなのかデータで見てみる

さて、ここで海外のデータも見てみましょう。

2022年 世界で最も販売台数が多い乗用車(単位:100万台)」より引用

世界全体の販売台数で見るとカローラが1位…ですが、2位はSUVのRAV4、3位は(SUVの一種ともいえる)ピックアップトラックのフォード・Fシリーズ。以降もテスラ・モデルYやトヨタ・カムリなどのセダンが入りつつ、全体的にはSUVが多くを占めていることがわかります。
日本だけでなく「世界で」SUVが売れているんですね。

なぜSUVが売れるのか

SUVの美点とは?

ここで、なぜSUVばかりが売れるのか。考えてみましょう。いくつかネット上の記事を見てみると、スタイリッシュさや周囲からのイメージ、実際の利便性の高さなどを指摘するものがありました。

この2点について、自分の考えをまとめてみました。

SUVはスタイリッシュなのか

そもそも車における「スタイリッシュさ」とはなんでしょうか。
基本的には生物と同じく、ボディを支える足まわりががっしりとしていることで「強そう」「力強い」「アクティブ」な印象を人間に与える、と考えるといいのかなと思います。

ダンベル何キロ持てる?」より引用

逆に下半身・足回りが貧弱だとアンバランスで不安定に見えるのだと思います。例として、上半身ばかりトレーニングして脚まわりの筋肉が貧弱な人を揶揄する「チキンレッグ」という言葉があるそうです。

カーデザインにおいては、これまでは「スタイリッシュ」にするためにボディを薄く、車高を低くする手法が主に取られてきた気がします。スポーツタイプのクーペやセダン、ステーションワゴンがまさにそうですね。
実際、世界の美しい車ランキングを見てもこういった「車高が低い車」が多く含まれていますね。
実際にこういった車は重心が低く、空気抵抗も少ないという美点があり「走りの良さ」につながります。

しかしながら、こういった車高が低い車は利便性の面でやや不利があります。
ボディの全高が低いため室内が狭く、運転者の目線が低いので運転しにくい。
地上最低高が低い(=車体と路面との距離が近い)と、ちょっとした段差でボディを擦ったり、サスペンションの可動範囲が狭く乗り心地が悪いかもしれない。
「おしゃれは我慢」という言葉がありますが、車もまたそうなのでしょう。

特別に改造されたレーシングカーや、利便性よりもかっこよさを求めたカスタムカーは別として、ごく普通の市販車はこういった「かっこよさと利便性」の間でジレンマを抱えていたように思います。
デザイナーがつくったデッサンの段階ではかっこよくても、いざ市販車になる段階では実用性のために車高があがってしまい、コスト的にも現実的な小さなタイヤが装着され「スタイリッシュさ」を失ってしまうことが多々ありました。

こういったジレンマを断ち切ったのが「SUV」だと自分は思います。
もともと「オフロード車」をルーツに持つSUVは、現実的な車高がありながら、大径のホイールとタイヤを持つことで「ボディを支える足まわりががっしりとしていることで『強そう』『アクティブ』な印象」を得ることができたわけです。
そして、当初からそれを考慮したカーデザインができるので、市販車になる段階でも「スタイリッシュさ』を失わず、乖離が少ないのが大きなメリットと言えると思います。

SUVは便利なのか

SUVはスタイリッシュでありながら、市販車に求められるタフネスさを十分に持っていることが美点、と先ほど書きました。
パリ・ダカールラリーのマシンや軍用車ほどではないけれど、案外日常生活にはタフさが求められます。
都会の駐車場の車止めやスピードバンプ、地盤沈下しかけた田舎のラーメン屋の駐車場の段差、キャンプ場や墓地・お寺まで続く砂利道、そして急なゲリラ豪雨で出来る深い水たまり。こういった日常生活で直面する「タフなシチュエーション」は意外に多いものです。
SUVの「樹脂製のモール(保護パーツ)」も、基本的な単なるおしゃれパーツなはずですが、ちょっと擦ったりしてもそこまで気しないですむ、というメリットもあるでしょう。

もともとはタフネスさという実用性のために生まれたものを、スタイリッシュさを引用して適度にマイルドで扱いやすくしたものが流行し、一般庶民に浸透していく…というのは、炭鉱労働者の作業服だったジーンズや、スポーツウェアがルーツのアスレジャーに近いものを感じます。

なぜ日本ではミニバンばかりが売れるのか

ミニバンのメリットは「車オタクには」わかりにくい

SUVのメリットばかり挙げてみましたが、日本で売れまくっているミニバンのメリットについても考えてみましょう。

ミニバンを、無駄に空間やシートがあるだけの「空気運搬車」と揶揄する言葉があり、実際自分も独身やカップル、子供がいない夫婦(DINKs)には不要だとかつては思っていました。

ところが…
一人一台車を所有するのが当たり前の田舎「北海道」から上京し、それぞれが愛車を持っているのが当たり前の車オタクの界隈から離れて「車を持っていない友達」が増えてくると、ミニバンのスペースやシートは無駄ではない、と思うようになりました。
友達複数人と買い物や旅行に出かけるのはもちろん、2人で出かける場合でも、急遽家具の買い出しを手伝ったり引っ越しを手伝ったり…そういう場面は少なくないわけですね。

ミニバンのメリットは「若者には」わかりにくい

そして最近、自分が中年になってわかってきたことなのですが、シートの座面の高さは、日常生活には非常に重要なのです(これはSUVが人気な理由とも繋がります)
視点の高さがもたらす視界の良さはもちろんなのですが…適度な座面の高さによる乗り降りのしやすさ、というのが日常生活では非常に効果が大きいのです(とくに自分は椎間板ヘルニアに罹り腰痛持ちとなって痛感しました)
さらに年を取って軟骨がすり減り、高齢者を乗せる必要が増えてくると――例えば自分が両親の介護をする頃には――もっとこの効果の大きさを思い知らされるのでしょう(老老介護というやつですね)

そして、介護に限らず。もし結婚して子供を持ったら…スライドドアの重要さにも気付けるかもしれません。
狭い駐車場で赤ちゃんを抱っこするときの便利さ、成長した子供がドアパンチをしないで済むという心理的安全性は決して無視できない気がします。

狭い日本にはミニバンが必要

自分は実家が北海道にあり、学生時代に少しドイツに住み、上京して10年ほど暮らしてみたのですが、日本では、ミニバンのメリットがとてつもなく大きいように思います。
というのも、日本では「快適に過ごすプライベート空間」を得ることが極めて難しいのです。

日本は夏は高温多湿で冬は寒い。梅雨や台風も積雪もある。公園などで快適に過ごせる期間が世界的に見てもかなり短い地域なのではないかと思います(ここ最近は異常気象のため、とくにその傾向が強まっていますね)

さらに日本は災害が多い。台風やゲリラ豪雨や大雪、そして震災。こういったときに「シェルター」としての役割も求められる頻度も高いのでしょう。

そして、日本はとてつもなく狭い。
面積だけで言えば確かにそこそこ広いのですが、山間部の割合が多いため、人が居住することが出来る土地(可住地)が狭いのです。海外と比較するとその狭さがわかります。

日本・・・10.35万平方km
イギリス・・・ 20.63平方km
ドイツ ・・・23.79平方km
フランス・・・39.72平方km

出典:国土の脆弱性

そもそもの人口密度が高く、そのうえ可住地面積が狭いため、実際の人口密度は世界的に見ても非常に高いわけですね。

https://www.yutorism.jp/entry/area#google_vignette より引用
https://www.yutorism.jp/entry/area#google_vignette  より引用

実際に映画に出てくる「貧困層の家」が、日本の中流階級の家よりも格段に広かったりするのをみてもわかる気がします。

「デトロイト:ビカムヒューマンのカーラ編の冒頭より

家も狭いし、出かけた先でもショッピングモールは混んでいるし、数少ない公園も夏は高温多湿で冬は寒い。そして世界的にも高い災害発生率。
授乳室を確保するのにこれだけ苦労する国も珍しいかも知れません。

さらに、この可住地面積の違いが道路の違いにもつながってくるのだと思います。
ヨーロッパやアメリカ、オーストラリアなどの広大に広がるフラットな土地では、長距離を高速で移動するため「自動車」に「走りの良さ」「高速性能」を求める割合が高くなるのかも知れません。
一方で可住地面積が狭い=山間部が多く高低差が大きい日本では(いくらトンネルや橋をいっぱい作っているとはいえ)道路のカーブやアップダウン、交差点が多い。
結果として道路を走る車の平均速度が低く、人口密度も高いので渋滞も多いのでしょう。

出典:交通における文化的諸要因の国際比較

そんなわけで、日本では昔から車に対して「個室」としての役割が外国よりも重要視されるのだと思います。
「走り」がいい車よりも「走るラブホ」「走る授乳室」「走るオムツ交換台」のような車が、日本人の多くに求められるのもわかる気がします。

SUVやミニバンは退屈なのか

これまで、なぜ世界中でSUVが売れるのか。とくに日本ではミニバンが売れるのかを考えてきました。
最後に「SUVやミニバンは退屈なのか」について考えてみましょう。

「SUVやミニバンは走りが退屈」なのか

SUVやミニバンを「退屈」「つまらない」と評価する人を見ていくと、重心が高いので走りが面白くない、というものが多いように思います。
たしかに「ミニバン」は重心の高さから「走り」の面では不利なのはわかるのですが…「大騒ぎするほどミニバンは運転が退屈」なのでしょうか?
自分がミニバンを運転するときはたいてい、仲の良い友人たちや家族と旅行に行くときなので、退屈だった記憶があまりありません🤔

そして、かつてのラダーフレームの「四輪駆動車」ではない、都市型SUVはオンロードの「走り」も高い評価を受けているものもずいぶん多いように思います。
実際はそこまで重心も高くなく、タイヤの外径の大きさ・ホイールハウスの大きさ(からくるサスストロークの豊富さ)により、モータースポーツでも活躍するケースが少なくないように思います。

「車の楽しさ」=「走りの良さ」なのか

そもそも「車の楽しさ」=「走りの楽しさ」だけで図れるのでしょうか?
SUVで恋人とキャンプに出かけて星を眺めるとか、ミニバンで大好きな家族と丸亀製麺のうどんを食べに行く、というのも「車(を道具として使う人生)の楽しさ」なのではないかと思うのです。

たしかに日本は山間部が多く、可住地面積が少なく人口密度が高い。
広大な土地で「走りの良い」車をすっ飛ばすには向いていないかもしれないが、逆に言えば山がたくさんあって登山もできるし、渓流がたくさんあって釣りもできる。そんなときSUVやミニバンは便利でしょう。

さらに言えば「走りの楽しさ」を堪能するのは、愛車で高速道路をすっ飛ばすことだけが手段なのでしょうか?

ミニバンにレーシングカートやバイクを積んでサーキットに行って走るのも「走りを楽しむ」手段でしょうし、酷道・林道をSUVで走るのも「楽しさ」な気がします。

もちろんSUVでサーキットを楽しむ人もいますしね。

退屈な人生を送る人にとって、SUVやミニバンは退屈に思えるだけ

結局のところ、SUVやミニバンは「人生を楽しもうとしている人・充実してる人たち」の道具として考えると、退屈な車とは言えないように思います。

SUVやミニバンが好みではない・生理的に無理、という人を否定はしませんが「SUVやミニバンは退屈」と断言して否定してしまう人の人生は、果たして楽しくて充実しているのでしょうか?

他人の人生を「退屈」と否定する人生は楽しいのか

”子どもたちをミニバンのリアシートに座らせてDVDを見せたり、ゲームに熱中させていれば退屈しのぎにはなるかもしれない。しかし、子どもたちが大人になったときのことを考えてみてほしい。移動中に見える景色や車内で何気なく交わされる会話より、ディスプレイに映っている映像ばかりが記憶に残っているなんてあまりにも悲しいではないか。”

20代女性の愛車は、父親が乗っていたクルマと同じ1985年式トヨタ・スプリンタートレノ GTV(AE86型) | クルマ情報サイトーGAZOO.comより引用

自分は幼少期、父の運転するミニバン(ライトエースノア・フィールドツアラー)に乗せられて連れて行かれた体験したスキーやヨットやキャンプは今でもいい思い出なのですが、その道中、リアシートで読みふけった自動車雑誌(ジェイズ・ティーポ誌やWRCプラス誌…etc)や小説(宮部みゆきのICO…etc)から得た情報やインスピレーションは、現在につながる自分を構成する貴重なものでした。

「子どもたちをミニバンのリアシートに座らせてDVDを見せたり、ゲームに熱中させ」るのも、子どもたちにとっては貴重な経験になりえるのではないでしょうか。

いま、両親はディーゼルのSUV(マツダCX-5)で日本全国を旅して人生を楽しんでいるし、僕もいま、学生時代に乗っていたジムニーを買い戻してレストアや林道探索をしようとしています。

人の数だけ、車の数だけ「楽しさ」があると思いますし、自分とは異なる他人の楽しさ・価値観を(理解できなかったとしても)「退屈だ」と否定せず尊重して、自分の人生を充実させて楽しんでいくのは、きっと「アウトバーンをすっ飛ばす」のと負けず劣らず楽しいのではないかと思います。

SUVやミニバンを「退屈」とあざ笑う方たちへ今一度問います。あなたの人生は本当に楽しいですか?

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

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