うぃんうぃん

こんばんは。ひつじです。めぇめぇ。

昔から本当によく物をなくします。今日は財布を無くしました。ひつじの財布は、こむでぎゃるそんです。前も同じやつなくして2代目のこむでぎゃるそんなんです。街中で、あ、これひつじのこむでぎゃるそんぽいわ〜って思ったらとりあえず拾ってみてください。おねがいします〜(^O^)


ひつじは飽き性です。趣味とか全然続きません。でもTwitterで作品をのせることだけは細々と続けられています。

作品と言っても文章なんですけどね。日記はふざけていることもありますが、そっちはめちゃくちゃ凝って書いています。あと文で語っている人をイメージさせるきれいな写真を添えています。

ひつじはなるべく誰もが感じるような共感できるような抽象度にして綺麗な文章を書くようにしています。

私はこうですとかこう思いますというのを発信したいわけではなくて、やっぱり人が感動してくれたり救われたりしてくれるとうれしいからそういう文章を書くようになりました。

反響の中で、これからも頑張ろうと思ったとか救われましたとかそういったメッセージが来ると、自分が生きている感じがします。


ひつじは結構きつい人生を送ってきたと思います。小さいときは寂しい思いをしました。親とも友達とも遊んだ記憶がほとんどありません。悲しいとか助けて欲しいとか人に言えないこともたくさんありました。今だって辛い時に人前だとふざけてごまかしちゃうとかあります。辛くて孤独に人知れずわんわん泣いてしまうこともあります。


でもね、Twitterは携帯さえ持っていれば無料で誰だってみることができます。

お金がなかったり、社会的立場やプライドなどさまざまな理由が相まって、他者に助けを求められない人たちを慰めたり楽にしたり前向きな気持ちにしてあげることができる手段の1つだと思います。

実際に、孤児院に入ってた人やいじめられた人、親から虐待を受けた人、アスリートとしての夢を諦めた人、それ以外にも日常で辛い思いをした人たちから感謝のメッセージが来たりします。辛い経験をしたからこそ、そういう人たちに寄り添える言葉を発信して感謝されたり少しでも救えたことが、何よりもうれしいと感じます。だから細々ながらも唯一本気の趣味として続けられています。


あと、Twitterは匿名性を持って客観的な意見を言えるのもいいですね。正直な感想を言えます。私は意見を受ける側ですが、今度はこう書いてみようかなとかフォロワーの意見によって書き方を変えたりしています。たくさんの客観的意見は作品の価値をはかるいい尺度になります。より多くの人の心により寄り添えるような文を書けるようになりたいです。

人を救ってあげるためにしている活動は、自分を救ってあげる意味もあるのかもしれませんね。

今日、フィルムカメラのPRをやりませんかと言われたことがあったことを思い出しました。それをやってしまうと、寄り添う感じの世界観が壊れてしまうのと、あぁこの人の発信する言葉は、結局お金が目当てなんだとかそういうものに流されるのかとか思われるのが少し嫌でした。

だから今は匿名で無料の文章だけで続けています。

フォロワーの方に、「見たことも会ったこともないけれど、きっととても優しくて美しい人だとおもいます。」というメッセージをもらったことがあります。今までで強く印象に残っています。そう思ってもらえるのは感激でした。

でも、1番の目標は、画面の向こうにいる見知らぬ多くの人を救う文章を書けるようになることです。そういう文章をかける人が、1番人としても女性としても美しいと思うからです。

ひつじは基本的に気が弱いしボケボケなところがありますが、そういう信念は、人になんと言われようが大切にしています。

自分の目指している目標とか夢とか、馬鹿にされたりどうせ無理だろとかもったいないと思われたり言われたりしている人もいると思います。そういう声は無視していいとおもいます。そういうことを言う人は、世間体や損得勘定抜きで何かを本気でやったことがない人たちです。前澤社長と宇宙に行ってほしいです。

もし自分自身も、もう無理そうだな〜って弱気になったとしても、本気で取り組んでる姿は割とみんなに伝わってると思います。信念を貫けば、結果は伴わなくても周りの人たちは馬鹿に思ったりしないので最後まで自信を持って取り組んで欲しいです。それだけで私は相当尊敬しちゃいます。


みなさん、人には優しく、自分のアイデンティティと信念は大事にしていきましょうね。


半熟卵、よくできました。あしたはきっといい日になりますよ。めえめえ

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