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西麻布 壌を閉店します

2024年6月21日、和風スタンディングバー「西麻布 壌 (じょう)」が閉店します。
2003年、西麻布の交差点の眼の前に「日本人が使ってサマになる、洗練されていながら気楽に使える立ち飲み屋」として生を受けた7坪の小さなお店ですが、その約21年の営業に幕を下ろすこととなります。

僕自身はすでに「西麻布 壌」を運営する株式会社グレイスの経営から完全に離れていますし、創業者の変なノスタルジーに囚われて、すべき経営判断ができなくなるような邪魔はしちゃいけません。なので閉店した方がいいと思ったら、僕に遠慮せずどの店でも閉めていいよ!と社長の國吉には言っていましたが、実際閉めるとなるとセンチメンタルな気持ちになりますね。

そもそも、グレイスの1号店だった「居酒屋せいざん」は、他の人がやるはずだったお店を(いろいろな事情があって)自分で巻き取ったお店でしたから、自分が作りたいお店をゼロから立ち上げた「西麻布 壌」こそが僕にとっての実質的な1号店でした。
その居酒屋せいざんで3年間飲食店経営の基本を学んだうえでの開店ですし、自分的にはそれなりの勝算があったとはいえ、周りのすべての同業者から「立ち飲み?はあ?なに考えてんの?」「立ち飲みなんてうまくいくわけないじゃん」「椅子のないお店なんて誰も来ないよ!」と言われながらお店を開店するのは不安しかありませんでした。しかしそんな不安と闘いながら新しいお店を立ち上げたことは、結果的には僕にとってとても得難い、貴重な体験となりました。
リスクを避けた無難な店づくりではなく、リスクを取ることで大きな価値創造を目指すという考え方は、飲食業だけでなく、その後の僕自身の生き方や事業における価値観にも大きな影響を与えたと感じています。

また、広告代理店時代の2-3年で身につけた程度の表面的な企画力では世の中は全く通用しないことも痛感しました。地に足がついた骨太なコンセプトづくりがいかに大切かを学んだのも、まさにこのお店でした。
単に奇抜さを狙ったコンセプトは論外として、でも心の底から自分自身が行きたいと思えるお店を追求している限りは、どんなに突拍子がないように見えても、それに共感するお客さまは一定数存在していて、そういう人たちから熱狂的に支持してもらえる限り、お店はうまくいくんですよね。そしてそういう人たちの声に耳を傾け、丁寧に磨いていくことで、お店は本物の個性、唯一無二の価値を纏うことができるようになる。
だから、ターゲットを「自分自身」と極端に狭くする代わりに、自分がほしいと思うものを徹底的に作り込む。豚組からトレタに至るまで、僕が企画したものはすべて壌で学んだこのやり方が基本にある気がします。

椅子がないという致命的な弱点をいかにして克服するか。
西麻布 壌の戦略は「椅子がないという弱点を補う努力をするのではなく、椅子がないこと自体が最大の魅力になるようなお店を作る」ことでした。「えー、座れないのはイヤだー」という人に対して「いやいや、椅子がないからこそ楽しいんだよ!」と言ってもらえるようなお店づくりです。

まず立ち飲みのネガティブな先入観を覆し、お店に入った瞬間にテンションを上げてもらうには、徹底して高品質な空間を目指さねばなりません。西麻布 壌の最大の敵は「貧乏感」です。だから壁には本物の漆喰、床には紫檀を使いました。カウンターには大きな無垢の一枚板を贅沢に使い、古材やアンティークもこだわって厳選しました。どこにも一切ごまかしのないインテリアを作りこんだら、坪あたりの施工費は高級店レベルの170万に(まあ、とはいえ7坪しかないのでたかが知れていますが、しかし周りからは呆れられましたw)。
お店のエントランスは全面開放できるようにして、一杯だけのお客さまでも気楽に入れて、飲み終わったら帰りやすい店舗レイアウトにしました。(そしたら、常連さんたちが、通りを歩く人たちに声をかけて集客してくれるようになりましたw)
また、このお店にとってBGMによる演出はとても大事だと思いました。立ち飲みの魅力は人と人の距離感が縮まること。敢えて少し懐かしい80sの洋楽にこだわることで、ターゲットとして考えていたお客さま世代での共通の話題を提供できると思ったからです。だから自分でプレイリストを作り、店頭に設置したiMacで流しました。店頭で流れている曲名をリアルタイムでガラケーから確認できたり、なおかつそこからアマゾンに飛んでCDを購入できるような仕組みも、知り合いのエンジニアに頼んで作ったりました。(当時はiPhoneもApple Musicもなかったので!)
和風とアンティークに振り切ったインテリアの中、メインのカウンターのど真ん中には当時最新のiMacを置き、懐かしさとモダンさの心地よい混在を目指しました。それは、日本人は和洋折衷や新旧混合の空間が落ち着くと思ったからです。
そのiMacはメニューの役割も果たしていて、商品が売り切れたりするとその場でリアルタイムで書き換えていきます。オーダーはキャッシュオンデリバリーにすることで、スマートに、かつさりげなくお財布の残金を確認しながら飲めるようにしました。
カウンターをすべて壁に這わせるように設置しているのは、お客さま同士の距離感を縮めるためです。普通にテーブルを置いてしまうと、お客さまはテーブル越しに会話することになりますが、それでは立ち飲みならではの距離感になりません。お互いのパーソナルスペースに自然に入って会話できることが立ち飲みの醍醐味なのだから、人を隔ててしまうテーブルは置きませんでした。
まだ立ち飲みの楽しさを知らない日本人にそれを教えてくれるのは、外国人だと思いました。店名を「壌 (JOE)」としたのは外国人でも店名を呼びやすくするためですし、全てのドリンクを500円のワンコイン&キャッシュオンにしたのは、システムを明朗でシンプルにすることで外国人にとっても使いやすいお店にするという狙いもありました。

このような様々な工夫によって「椅子がないこと」は、西麻布 壌にとって「弱点」ではなく「最大の魅力」になり、おかげさまでこのお店は客単価1,500円/7坪で月商350万を超えるお店になりました。
道路に人が溢れて警察に注意されるのも日常茶飯事。日本中から飲食関係者が視察に来て、気づけば立ち飲みブームの先鞭とまで言ってもらえるようになりました。
何より、多くの常連さんにも恵まれ、いろいろな人たちの「居場所」を作り、たくさんの人と人との繋がりを生む場にできたことで、僕は飲食の本当の楽しさや価値を知ることができたように思います。イヤイヤ始めた飲食店経営でしたが、このお店がなかったら、飲食業の可能性や面白さ、社会的な価値に気づくことはできなかったかもしれません。

その西麻布 壌も開店して21年が経ちました。
開店にあたって西麻布 壌が目指したのは「立ち飲みとは、お金のない人が妥協して、仕方なく行くお店」という世間の認識を変えることでした。立ち飲みは楽しくて、気軽で、カッコよくて、友だちや同僚・仲間・恋人との気持ちの距離を縮めてくれる場です。居酒屋だと愚痴ばかりになる人も、なぜか立ち飲みだとポジティブな話題を話すようになるのが立ち飲みの魅力。椅子がないことはデメリットなのではなく、むしろ立って飲むことが楽しいからこそ、積極的に選ばれる場になれると思ったのです。
そして、そんな僕らの提案する新しい立ち飲みを当たり前のものとして人々の生活に定着させることが、西麻布 壌の目指したゴールでした。
そして気づけば、開店から20年が経った今、その目的はほぼ果たせたように思えます。街にはたくさんの立ち飲み店が立ち並び、魅力的な場としてその価値や存在を認められ、人々の生活に豊かさを与えるようになりました。もちろんその全てが西麻布 壌によるものだとは言いませんが、あたらしい業態が広まっていく過程で、その最初の開拓者として「屯田兵」くらいの使命は果たせたのではと自負しています。

一方で、西麻布という街もこの20年で大きくその姿を変えました。隠れ家的な飲食店が軒を連ね、人々が毎夜タクシーで集い、終電を過ぎても賑わい続けるような、かつての西麻布はもうありません。世の中もコロナをきっかけに大きく変わり、深夜遅くまで飲み歩かずに、さっくり一次会で切り上げるという人が増えたように思います。
街の一部として生を受けた飲食店は、街の変化、人々の暮らしやライフスタイル、価値観の変化とともにその役割や意義を変えていきます。だとしたら、それは西麻布 壌も例外ではありません。
ということで、西麻布 壌もここで一つの区切りをつけるタイミングとなりました。

改めて、これまで西麻布 壌というお店を愛してくれた全ての皆さんに、心から深くお礼を申し上げます。

3年生存率30%、10年生存率は10%と言われるこの飲食業界で、しかもその中でも競争の激しかった西麻布という地において、20年以上にわたって存続することができたのは、ひとえに西麻布 壌を愛してくれたすべてのお客さまのおかげです。
毎日犬の散歩がてら立ち寄ってくれる方。仕事が終わって、そのテンションを鎮めに寄ってくれる方。デート前に寄ってくれる方。サクッと飲んで帰れる場所なのに、居心地がいいのか夕方から翌朝まで飲み続けてくれる方。僕は壌の片隅で、楽しそうに語りながらお酒を飲む、そんな人たちを眺めるのが何より大好きでした。
これまで本当にありがとうございました。

そして、当時20代前半の若さでこの店を開店時から任され、本当に魅力的な場に育ててくれた、店長の奥谷にも改めてお疲れさまの一言を贈ります。お店はハコだけで成立するものではなく、そこで働くメンバーの個性、そしてそのメンバーを応援してくれるお客さまと組み合わさって初めて完成するのだと教えてくれたのは店長の奥谷でした。本当にこれまでありがとう!

なお、西麻布 壌はこれで幕引きとなりますが、引き続き、大手町 壌は街の皆さんに愛されるお店を目指して営業を続けます。(奥谷もいると思います)
こちらのお店も、どうぞよろしくお願いいたします!!


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