シリーズ・うちと鬱屈

mixiより転載


一人 トムキャット猫

一人「ンンンンン・・・うむうううう・・・」

猫「どうしたのだね、一人。似合わないな、君はまた、例のくだらない妄想をはじめるのか」

一人 「とむきゃっと、聞いておくれ、うちの妄想がとてもくだらないのは重々承知している。うちの妄想は、うちの世界、ひいては脳内の出来事のみで構成されているから、これを果たして現実世界に置き換えたとき、上手く機能する保障はないんだよ。でも、でも悲しいかな私も鬱屈した人間であるから、考え出すと止まらないんだ」

猫「ふむ、君のその拙い信号が、脳内のパルスが君に訴えかけるのか。それが間違いだと感じたことは?」

一人「よくあるよ。私、という事象は私でしかなく、他の誰でもない。言い換えれば、私は、私の世界にしか存在しないんだ」

猫「そこまで解っているなら、君は口を閉ざすべきだと思うがね」

一人「悲しいことをいうな、トムキャット、人間は例えるなら動かないボールだ。動かないボールを動かすにはどうすればいい?」

猫「押す。あるいは持ち上げる」

一人「そうだ。自分の世界は安定し続けようとするから、丸くなる。けれども、動くためには外部からの刺激が必要だ」

猫「つまり君は、外部の刺激を取り入れたくなった、と」

一人「あくまで自分の為にね、とても個人的な要因だ」

猫「その利己主義は私の気に入るところだ、話してみたまえ。私もまた君の想像の副産物、存在しない無意識からの声ではあるけれども、君が疑問を提示するきっかけになれるかもしれない」

一人「ありがとう。そうだな、今、うちが考えること、それは鬱屈した感情についてなんだ」

猫「ほう」

一人「今あらゆるメディアで取り上げられている、秋葉の通り魔事件。それは鬱屈した彼の激情が、何かの形で噴出してしまった結果だと考えられる。もちろん、その他の要因もあるだろうけどね。ああ、断って置くが、うちは同情はしていないよ。これからあらゆる自称(笑)心理学者が寄ってたかって彼を作り上げるだろうけど、それは虚像であって、彼自身ではない。心の闇なんていうものはないんだ」

猫「極論だな。だが、一先ずそこは置いておこう。君の主張は、鬱屈した激情についてだね」

一人「済まない。君のいうとおりだ。実はね、トム、うちもあの失われた10年世代、バブルの崩壊の煽りを一身にくらった世代なんだよ。高卒で働こうという人間までが何人か職にあぶれた。うちは進学したが、遊んでばかりだったので、後に苦労したよ。」

猫「君らしい」

一人「たしかにうちは不景気のあおりを受けた。だけれども、それ以上に、うちが新卒で内定取れなかったのはうちの所為だったし、うちもそれを自覚してる。うちは、これはうちの信条なので、外界に強いることは出来ないけども、自身で選択したあらゆる道に、後悔しちゃならないと思っているんだ」

一人「とても酷い極論だが、ニートが居てもいいと思っている。当然、路上生活者も。ゲイもレズも存在は可能だし、幼児性愛だって、構わないと思う。けれども、自意識、無意識からの問いかけに答え、その人が選択し、やってきたあらゆる困難について、人は、満足こそすれ、不満を持つものなのだろうか。それとも、何かを選択できる、という私のこの状況は、ある意味とても幸せなんだろうか?」

猫「それは君の無知だよ、一人。選択を許されない状況は確かにある。君はある意味とても我がままに奔放に生きてきた。そしてなにより、君は女性だ。男性の持つ、職がないことへの恐怖、は女性のそれに比べ格段に彼らの精神を蝕むだろう、その可能性を考えたことは?」

一人「そういうものなのか・・・恐怖であり、不安の根は、個人によってどこに伸びているかわからないからね。」

猫「そういうことだ。結果論でいえば、君は言葉をつむぐべきではない」

一人「まぁ待ってくれよ。それとだ、多数の関係と個人についても、少し頭が纏まらない」

猫「ふむ」

一人「彼が完全に個人、孤独の生き物であったなら恐らく彼は矛先を自分に向けていただろう。外界があるから、その牙は外界にいく。うちは、ここで、何度も孤独を奨励している。美しき孤独、哀しき孤独、安らかな、あのたった一人の時間を奨励しているのだけど、やっぱりうちにはわからない。何故、一人で居られないのか」

一人「彼は一体何を壊そうとした?外界だ。世界だ。彼の小さな。彼が壊そうとしたのは、幸せな世界だ。自分には一切関わりのない満ち足りた世界。でも個人であれば、そんな世界を見る必要がないんだよ。世界は、自分なんだから」

一人「自分を壊す方法には二通りある。文字通り物理的に体を破壊してしまう方法と、思想を破壊してしまう方法だ。自分の世界の比重の大きい人間は、まず思想を破壊するだろう?そうでなければ、自分の大切な世界が崩壊してしまうから」

猫「つまり君は疑っているのか。個が問題視されるこの世の中にあって、個と全の関係がとても曖昧になっている、と」

一人「個は美しい。それだけで一つの宇宙だ。個が全を求める要因は、うちはとても利己的なものだと思っている。自分がそうだからだ。

寂しいのではない。恋しいのではない。その全によって個の宇宙が試されるからだ。そして個は宇宙を拡大していく。我々は、自分の中に宇宙を持ちながら、同時に沢山の宇宙を試している。それでいいじゃないか」

猫「確かに存在する別々の事象には、相互関係が認められている。けれども、それは相互だけではない。敵対もなすのではないかね?」

一人「陣取りかい?」

猫「そう。人間は暴力の生き物であるから、往々にして他人の宇宙を侵す。侵された宇宙は縮小する他ない。一人よ、よく聞きたまえ、君は恵まれた人間だ。君の宇宙は、君自身が認めている。君自身が、君の宇宙の存在を意識している。こういった人間が、一体何人存在すると?」

一人「そうか・・・」

猫「宇宙が混沌であるものも存在するのだよ。色や形すらまだ、定まっていない。君の宇宙は様々に色を変えるけれども、全てをして君だ。君以外ありえない。それを君は自覚している。だからこそ、君は孤独で居られるのだ。君は自分の宇宙は、自分以外作り出せないと、理解している。実に正しい。そして傲慢だ。だが、それが世界だ。」

一人「いつも君と語ると、自分がいかに、浅学かを思い知らされるよ。トム」

猫「理解したまえ、私は君が作り出した虚像だぞ?君は私にあらゆる思想、そして君から派生したあらゆる感情を否定する役を担わせただろう。私もまた、君の宇宙の副産物でしかありえないのだ」

一人「慣れない時期に君と会話をするとすごく疲れる。有益だけれどもね。今度までに反論を用意しておくよ。」

猫「反語の全ては、君の厭う現実にあるはずだよ。さぁ、紐解きたまえ、ツァラトゥストラを。私はそこにいるはずだ」

一人「愛しているよ、うちの心のツァラトゥストラ。常にうちを否定し続けてくれ」 

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