愛のコリーダ

亡霊の様な目をしながら、銀時の萎え切った陰茎をまさぐってあやめはその肉の塊を口に含んだ。柔らかいゴムのように自分の口の中で形を変えるそれからは確かに苦い塩の味がした。が一向に硬くなる気配がない。
白み始めた夜の向こうで気の早いカラスが戦慄いている。朝の気配を打ち消すように、舌の先でまた亀頭をまさぐった。
口に含む。口内で柔らかいそれをくるくると転がせる。唾液を十分に塗りつけて、芯のない竿に手を添えた。くちゅり、と卑猥な水音が響く。
「さっちゃん」
と頭上で銀時の声がした。咥えたまま声を見ると、銀時が掠れた目でこっちをみている。「もう出ねぇよ」
あれだけすりゃぁ、と呟くように銀時は言って彼女から目を離した。見上げた天井が薄っすら白く濁っている。
神楽も新八も今日はお妙の家に泊まっていて、万屋には自分一人しかいなかった。こういった機会は中々ないので、あやめの部屋へと足を運んだ。彼女の作った料理を食べて、風呂に入ってそれからこの時間までお互いの体をむさぼり続けている。何回したんだっけ、と頭の中で回数を思い出してみるけれども、眠気に襲われた脳はついさっきの情事を思い出せない。こんなに疲労困憊するぐらいだから、相当回数をこなしたのだろうと思うが、あんまりにも夢中だったので、断片的な感触しか頭には浮かばなかった。射精の瞬間の焦れた腹の痛みや、あやめの濡れた肢体の手触りやら。どういった睦言を自分が囁いたのか、あやめがどんな風に乱れてどんな風に達したのか、一向に思い出せなかった。
考えていたら瞼が閉じてきた。目の前が暗く霞んでいく。
「だって」とあやめの声がしたので、閉じかけた瞼をまた開いた。薄暗い部屋の中で彼女は銀時の陰茎を握ったまま俯いている。ああ、尺八の感覚すらもう曖昧になっている。
「ここに、せいえき残してたら、銀さんは別の人とするでしょう?」
細々とした声は聞こえにくかったが、どうにか意味はわかった。腹がくすぐったくなって、銀時は笑う。「しねぇよ」
するとあやめの、青白くて柔らかな体がゆっくりと自分の胸を這い上がってきた。阿片中毒者の様であった。銀時の腹の上に乗って、彼を見つめるあやめの目の奥には酔っ払った恋の欠片がある。その表情がどうにも幼くて、眩しくなる。眩しいとやはり目を閉じる。カーテンの奥に朝の光が差し込み始めた。
「本当?」
とあやめは問うた。童女のように純粋で不安げな声だった。また薄っすら目を開けて可愛らしいその表情を見つけてやる。目の下の睫に狂愛の涙が溜まっていた。
ふぅ、と息を吐いて銀時は言う。
「俺は一寸寝るから、もし、俺を殺したかったら」
銀時をみおろして、あやめは、うん、と呟いた。
「一思いに首を締めてくれ」
またあやめが、うん、と泣いた。声を聞いたら眠くなった。
「途中で止めたらあとが苦しいから」

すぅ、っと息を吸って銀時は眠った。朝の嫌らしい光が、ゆったりとあやめの部屋を照らし出したその頃だった。あやめは、暫く何をするでもなし、安らかな銀時の寝顔を見つめていたが、やがて静寂に守られてその白い腕を、細い指先を彼の首に這わせる。眠ったまま起きる気配のない銀時の首を軽く締めた。けれど、優しい指先にそれ以上力は入らなかった。

そしてあやめはまた、うん、と一人の部屋の中で呟いた。目に溜まりきっていた狂愛の涙が、はたりと銀時の胸に落ちた。

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