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「痩せたらきれい」

小さい頃から言われてきた。呪いで、今では救いにも感じる4文字の枕詞。

1年ほど、ゆるやかに減量しています。体は変わっているけれど、何キロ減ったとか、写真のビフォーアフターとか、そういうのはいいです。聞かれたら答えるけれど、私がわかっていればいいから。そういうことじゃなく、ただ書きたいから書きます。

ズレ


筋トレをしていると言うとえらいと言っていただけることが多い。「痩せたね」と言われるとありがたいしうれしいのだけれど、少し自分の感覚とは違う感じもする。今日も私えらい!みたいな、肯定する意味ももちろん持っているけれど、自分から縛られているような、選んでいるのかも選ばされているのかももはやわからない綱にくくられているような感じ。好きでやっているけれど、その意識とは別に、見た目女性の21歳が今の日本で自分の体を自分のものにしていくのは難しいと感じる。私だけかもしれないけれど、ただ、そう感じる。

小学校のころから、私につく、そして私がつける形容詞、「でかい」。
身長が高い人間、その中でも「女性である自分」はすらっとしていなければならないという規範を内面化していたから、自分をよく見せること、もっと根本的には、自分のからだに関心がなかった。「デブ」だから規範に入れなくてもいいと、そちら側ではないと。

うれしくなると、こわい


だからなのかはわかんないけれど、毎朝、姿見に体を映すとき、私が私の体を評価するとき、そんな自分がふっとこわくなるときがよくあって。ノリで、勢いで、お前も傷つけてきたんじゃないかと。ルッキズムがまだ私の中にいて、美の基準を他人に押しつけて、ダイエット成功が善のように語ってしまうのではないかと、簡単な方に逃げてしまうんじゃないかと。ボディポジティヴ運動がまだキラキラしてみえるのは、まだ私自身がたたかいの途中にいるんだなと。

だから、苦しかったことを書きます。記録は第一に私のためだけど、日記ではなくこうして読んでもらうことで、これも私だと知ってもらえるだけで救われるからここに書きます。

もどりたくないやつ


夕方から夜は活動量が減るから、糖質をとるのがこわくて取らないようにしたら、不眠が悪化した。
だから本当に夜がこわかった。というより、睡眠薬が欲しかった。でも意気地のなさも知っていた。だから自力でなんとかしようと、ブルーライトカットやホットアイマスク、ストレッチ、睡眠導入音楽…いろいろやったけれど、意識すればするほど寝れなかった。目を閉じても将来や世界への不安、筋トレをしなかった/できなかった今日の自分への批判、太ることへの恐怖たちがおでこの上あたりに居座りつづける。それでも疲労はたまっているのでうとうとし始めて、眠気がきたことにうれしくなって、ちいさくて壊れやすいものを扱うようにそっと目を閉じて、呼吸に集中する。ぐっすり寝られますようにと願いながら。そうして太っている自分が出てくる夢や妙に現実に即した急かされる夢を見て、2時間おきくらいに目が覚める。iPhoneの電源ボタンを押して表示される時間はいっこうに朝にならなくて、思い通りにいくことがなさすぎるように思えて枕が濡れる。もういっそのこと起きてしまおうかと明かりをつけるけれど、夜型になると太るから寝なきゃと思い直し無理矢理目を閉じる。寝なきゃと思うと寝られないのに。
空が白むのが早い季節だったのが救いでした。起きていい、起きた方がいい時間が来てくれるから。もう変な夢から解放されるから。そしてすぐに体重計に乗ってしまうんです。もちろん疲労が取れていないので脂肪は落ちていなくて、むしろ体重が増えていたりする。数字はあくまでも目安だし、一朝一夕で変わるものではないとわかっていても、わかっていても落胆する。そんなことの繰り返し。

摂食障害のチェックリストとか、ネット上にあふれてて、何回かして、おんなじ結果で、あぁやっぱりと思ったりもして、近くの精神科も調べたけれど、まだ拒食じゃないから大丈夫だと言い聞かせてた。ただ太るのがこわいと思っていることが異常だと診断されるのが嫌で、こわかったから。そんな日は、いつもは計量しない野菜やきのこの量まで計量して執拗に記録した。1グラムの砂糖も許せなくて。

いま


上に書いたような状態は私にとっては異常でした。今は、そう思えています。ひとと一緒にご飯を食べるときは、おいしく食べることもできています。それでも別れて1人になると、食べたもののカロリーや栄養素を検索して記録することはまだやめられていないです。普段の1人の時の食事も、基本的にすべてを計算し記録しつづけています。すっかり習慣になってしまった。

だから、だから、

ひとに、こうなったら?、とか、こうしたほうがいいよ、なんて、簡単にいわないように、
見えているものがすべてだと思わないように、

どうか、どうか。私、言わないでね。

まとまらないけれど、読んでくれてありがとう。
いつもnoteは見返して書き直すけれど、しない。ありのままがいいから。

はじめて言うことが多くて情けないし恥ずかしいけれど、よかったらこれからも、おいしいご飯、一緒に食べてくださいな。


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