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ドライフラワー

花は枯れて消えゆくものだと


かつての私は思っていた


ドライフラワーという存在を知り
咲き方を変えた花達で壁が彩られていくように



思い出の残し方をまた覚えてしまった



しまった、というのは
それが思い出として残ることへの切なさと
悲しさを感じているのかもしれない


忘れようとすることは簡単そうでむずかしく
思い出そうとすることはもっとむずかしい


忘れていたことは忘れられていたことも
知らないもので


受け取り手次第では存在しないものになり得る


ただ、ふとした瞬間にフラッシュバックする
そんな刹那的な記憶でも良いのかもしれない



いまを生きることができることは
しあわせで、若干のこわさを孕んでいて


そのこわさを乗り越えられる情熱か
自分への自信と愛がないといけないのかもしれない


いま、ていつだろう

目の前にいるあなたもいま、だし
いま世界のどこかで生きているあなたも、いま


そんな人それぞれのいまがあって
いまの積み重ねが未来をつくり、轍をうみだす


10年先がわからないからこそ、

今を生きるということは
新しい未来を生み出すことでもあり
かぎられた時の中で隙間なく思い出を重ねていくことなのかもしれない


それは時を大切にとらえ、
愛し、大切にできる


そうなのであれば、
エゴだったって仕方ない
たくさん傷つかせるのも仕方ない

それすらもあなたの人生だから


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