日刊ほぼ暴力#360

その廃ビルの5階が、我々の探し求めた男の王国だった。それより上下のフロアには少なからぬ浮浪者が寝泊まりしているが、5階はその男一人が占拠して他の者は誰一人踏み込むこともないのだという。
「奴に脅されでもしているのか」
「さあな。それが誰も知らないんだよ。あいつはここで一番の古株でな」
1階で捕まえた浮浪者の男は、私の助手が渡した煙草を長々と吹かした後にそう話した。
「あいつには近づくな。5階には絶対に入るな。俺と殆ど入れ代わりで出てった奴からそれだけ聞いた。他の奴らも似たようなもんだ。なぜ駄目なのか誰も知らないが、不思議なもんで誰もかもそれに従ってる。あいつはヤバい、それは確かに分かるさ。余計な首を突っ込んで寿命を縮めるこたぁない、そう思わせるくらいにはな……」
そして、その男は今、私の目の前にいた。四角い柱ばかりが並ぶがらんとした5階フロア、その片隅に築かれた、人の住まいというより獣の巣としか呼べぬような空間。ごちゃごちゃと積み上がった得体の知れぬがらくたに囲まれて、男は汚ならしい長髪に顔を隠して俯き、跪くような姿勢をとっていた。私が彼の前に立ったときから、そのままぴくりとも動いたようには見えない。一文字に切り裂かれた喉頚からスプリンクラーのように血を噴いて、私の横で助手がうつ伏せに倒れていく。
(刀か?)
ぼろ切れのようなコートを何枚も重ねているのか、男のごわごわと着膨れた服の内側に隠された武器の正体は見極めきれない。
「……何の用だ」
蟇のような声で男は問いを投げた。

(638文字)(続かない)

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