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陰陽術鬼!⑩


しかし、胸騒ぎが止まない。
俺は家に帰っても、あの美戸履神社が気になるという感覚が消えなかった。


そうなると気になって気になって仕方ない。

飯塚稲荷は本来あのマンションに住んでいる人間だろう。

時刻は夜の11時だ。ちょっと行ってみるか。
手袋をはめていっちゃったりなんかして、これじゃ本当に泥棒スタイルだな、と苦笑いした。
そして居間の両親の日曜大工セットが詰めてある箱からマイナスドライバーセットを取って、上着ポケットに忍ばせた。



美戸履神社に着く頃には丑三つ時の時刻に回っていた。


ゴクリと喉を鳴らしながら、住居らしき母屋の窓に近寄る。
窓の枠とガラスの間をマイナスドライバーで思い切り一突きする。
それを続けて三、四回行うと簡単に窓は窓枠から最小限の音を立てて外れた。

これじゃ完全に泥棒だな………。苦笑いした。



慎重に中に侵入してみる。ジャリ、と足音一つさえ立てないよう警戒して。



暗いがスマホの懐中電灯で何とか辺りを照らしつけて進む。




廊下を進みダイニングの扉まで来た。


何だ?この嫌な臭い……。扉の前まで来ると異状が鼻をかすめた。

嫌な予感がする。



開けてみると、何にも無かった。


俺はその奥のリビングの扉を開けてみる。




!!!?





人が四人倒れている。そこかしこに赤い絵の具を付けながら。
血だ。


そろそろと進むと背格好から神主の一家らしき老齢の男女と三十代位の男女だとわかった。……老夫婦と息子夫婦との世帯同居であろうか。

顔をよく見ようとすると腐敗が随分進んでいるのがわかる。

血と何とも言えない死臭。


かなり前に殺されたのであろうか。


「俺を……呼んでいたのか……この家族が……見つけてほしくて……」

自分の父母祖父母と重なり急に悲しくなった。

だがすぐはたと我に帰る。

これはいけない。指紋など証拠を残さないよう家から脱出をはかる。下手したら俺が犯人になる!


入ってきた窓から外に降りると心臓の早鐘が今更ながら自分の耳まで響いてきた。


か、帰ろう……でも侵入がバレるから警察に電話は出来ない……飯塚稲荷…………色んなものが頭を駆け巡る。パニックだ。



とにかく帰らなければ!

無理やりギクシャクする体を機械のように動かして振り向き様、誰かに鳩尾を思いっきり打たれた。

内臓が潰される吐き気じみた衝撃。

崩れ落ち、視界が急に暗転した。








「………………………」


「起きましたかな?」


冷たい石の感触を頬に受けながら、ぼんやりと聞き覚えのある声が耳孔を通り抜ける。


すぐそばに飯塚稲荷がいた。


「おまえっ」

倒れていた体を勢いよく起こす。


「周りをよく見てください」

余裕ある声が響く。

周りを見回すと何十人もの集団が俺一人を取り囲んでいた。


「共鳴教の信者達だ。白三祢山に掘られた地下のここは私達の特殊な儀式殿」


鍾乳洞のような場所だ。地底湖が広がり、そして空間にはキラキラとオーブが舞い散っていて不思議な仄明るさがある。
とても不思議な神秘的な洞穴だ。
この町にこんな空間があったなんて。
恐らく美戸履神社の神主達が代々守り通して秘匿してきた神域なんだろう。


「妙な動きをしたらあの湖に投げ捨てますよ。さて君に会いたい御方がいるようです」



奥の方からこちらに現れた人物は意外な人だった。




















最清寺の奥の部屋では、猪狩ひもろぎが寝かされていた。
広い和室だ。緑の畳の匂いが一室の中をどこまでも染み渡る。寝間着の白浴衣を来て横たわるひもろぎは布団を被せられまっすぐ仰向けにされている。

そんなひもろぎを見守るように猪狩祐司が隣に布団を敷かれて、ちょうどひもろぎ側に顔を向け横向きで寝ている。



「う…………うう……………」


唸り声によって猪狩祐司は目覚めた。真っ暗な部屋の中それがひもろぎの声だと気付くのに時間はかからなかった。


「ひもろぎ!」


「ぅ………ううう、お兄ちゃ……あ……ん…………!」


苦しそうに目を開けている妹を抱き起こす。


「起きたのか……」



「はぁっ……はぁっ……」


ひもろぎの額の汗を自分の襟そでで拭いながら兄は問いかける。


「一体何があったんだ……」



「あいつ…………あいつよ………………とても恐ろしく綺麗な顔をした、あいつ…………背が高くて………ゾッとするような男…………だったわ………………。黒髪で………27、8、くらいかしら…………」


「男?そいつがおまえをやったのか?」


ひもろぎは頷くと

「おにいちゃ………んも、気をつけ………」


と吐き出すように言い意識を手放した。





キラキラと不思議な光が仄めく地下洞の奥から現れ出でたのは────
そこに背筋良く佇んでいたのは機洞連だった。

周囲の信者達が仰ぐように連の通り道を開ける。
動揺する俺に、機洞は髪をかき上げながらいつもの調子の抑揚で一声を放った。

「ラスト・ダンジョンにいきなり一人で突っ込んでくるような真似をするなんて、君って味な人間だね」


そういって心底呆れたような、本当にしょうがないなぁというような顔をしている。


「ジャーナリストじゃ……無かったのか……」


「ククッ」

男は肩を揺らして低く笑う。

「この地下空間は清町で一番の地脈が集中する空間だ。君が言っていた俗っぽい言葉を用いれば、最高のパワースポットにあたる。そして、信者達が祈り、願えば願うほど、エネルギーは増幅され巨大な波動のダムと化す。ふ、ふ、……ふ。私の願望のためにね……」

「願望とは?」


「有り体に申せば国家転覆ですよ。その前に清町市を我が物とする。フッ、私は人間の世を平安の世と同じくしたいのです。各地の封印を解き放って怨霊の脅威跋扈する世の中にね。法力や神力の弱い人間も簡単に魍魎を目にする、平安京の恐怖を現代に再現したいのです」


驚愕した。もしそうなったら、老若男女幼な子問わず怨霊に食い殺されるような世界になるということじゃないか?

地下洞らしくピチョン、ピチョン、とそこかしこで地下水が岩を伝わる水の音がする。

自然が奏でる水琴のように。


「な、なぜ……」


「そうなれば神力の高い人間だけが選別され生き残る。心を喰われる低層の人間は蟲毒の壺のように共食いをしていく……。そのためには、あなたの力が必要なのです。私に協力してください」

彼は掌を見せ、こちらに来いと招いた。


機洞は落ち着いて喋ってはいるが、この男の放つ気の力はどうにも底がありはしない憎悪が流れている。

七色に輝くような……憎悪が。


「俺のながやのおおきみ……」


「最初から知ってますよ。飯塚がこのまま教団の勢力を高めいずれ地方選挙に躍り出る。議会の表の力と私の霊的な力を持ってして清町を治める。この日本で最も呪われた土地清町の悪霊を全て残らず呼び覚ますためにね!」


「ふざっけんな!」

そんな狂った計画には参加できない。破滅しか呼ばないどす黒い陰謀じゃないか。
俺は機洞に掴みかかった。


襟元に掴みかかろうとしたら易々両手首を掴まれねじられ岩肌に逆に押さえつけられた。

こいつ強い!


俺の手首を重ねるように交差させたまま片腕で岩に押し付け、もう片腕で俺の喉元を押さえつける。機洞は真上から俺の目を自分の力のこもった目つきで真っ直ぐに貫いてくる。


「定児クン……君は協力するんだ、俺に…………」

頭の中で彼の一言が不自然に反響している。こだまのように。

耳からじわじわと始まり、体全体がふわっと浮いたように、麻酔薬のような麻痺が一気に広がった。

この目を見たらヤバいと気付いた頃には俺の体からは完全に力が抜けて虚脱していた。

機洞は信者に黒いシーツのような布地を持ってこさせ、俺を包み布ごと自分の両腕の中に引き寄せる。
「これで長屋王の荒御霊は俺のものだ…………」
とても満足げに声を立てずに笑っている。





渉流はすぐに異変に気付いた。


学校に定児の気がいない。
昼休みにスマホから定児の家に電話をかける。

「帰ってきていない……!?」


母親は多少狼狽えているが、まだそんなに大事とは捉えていないようだった。


学校を早退し昨日定児が気になると言っていた美戸履神社に早速向かう。


かけつけて見て渉流は驚いた。
美戸履神社の解体が始まっていたのだ。
クレーンのついたショベルが母屋や社務所もまとめて取り壊していく。
解体重機が崩れ落ちる茅葺きや崩落する瓦の下に集まる最中だった。



「これは……」


「危ないよぉ!」

作業員がショベルから顔を出す。

「どういうことだ。何故取り壊してるんだ!



渉流が気迫を込めて詰め寄ると、ちょっとたじろいだように作業員は
「知らないよぉ。今日急に取り壊しが決まったんだよ。何でも跡地には新たな宗教施設が立つらしいんだ」と答えた。

「クソッ」

渉流は周辺を走り、辺りに定児の気は無いか探ってみたが、足取りは微塵も感じ取れない。


「神隠しか………」






……………………………………………………………………………………………






渉流が定児の消失を知る時間から、昨夜へと刻は遡る。





……手が肌を滑る感触がする。

……水滴が落ちて弾ける、天井から染みる地下水の音。


黒布に包まれているまま赤ちゃんのようにその手に抱かれながら目を閉じて反応を失う俺の額、頬、喉を、機洞の大きな手がフェザーなタッチで伝っているのがわかる。
抵抗が無いことを確かめているのか、指先の背で撫で下ろされている。確かに目も開けられないこんなんじゃ、暫く抵抗なんか出来やしない。完全に無抵抗の状態の人間をおもちゃにしているのか、そのまましばらく、男の指は肌の上をくるくると遊んでいた。
が、急に胸元のボタンを幾つか開けられたのがわかった。
(えっ……)と心の奥底で意表をつく。
男の指が、自分の露になった左乳首をふいに摘まんで、引っ張ったのがわかった。
奇妙な動作に、もしかしてだけど、この幻惑的な男は、俺の肉体に性的に催しているのかもしれない、とドキドキした。あまりにも、予想のつかない意外な行為だったから。
「体を清浄にさせろ」と機洞が部下に命じた声がした。



だめだ。機洞の手から離れて数分経つのに、一行にまだ意識は半分あるのに半分がどうにもならない状態のままだ。半分夢の中にいるような、痛覚や触覚の麻痺した五感の中にいた。
人工的に酔っ払わされているような、陶酔した状態だ。まどろみや夢うつつを強要されるというのはこんなにも不快なものだったのか。

自分の思いのままに「喋る」ということがまずままならない。

人の話す声が音として頭に響くも、何を会話してるんだかが頭になかなか入ってこない。遅れて入ってくる。

ただうなだれるように敵地の中で冷えた床に横たわる自分に、女が声だけの姿となって近付く。

「さーあ、湯浴みをするから脱ぎ脱ぎしましょうねぇ」


服を数人の腕で剥がされていく。全裸になったのがわかり、大男の腕で持ち上げられたのがわかった。

感覚のおかしなままだと一瞬でワープしたかのようにお湯の流れる場所に着いたことがわかる。

女の声は俺の上から下までホースらしきものでお湯をかけジャブジャブと洗っていく。

順々に洗っていき最後にあらぬ場所にホースを突っ込まれたのが鈍くだがわかった。

「………?」
気付いたら半目だけは開けられるようになっていたが、視界はぼやぁっとして視力が極度に落ちたようにまとまらない。口は半開きのままだろう。
きっと自分の表情は何の感情も現さず人形のようになっている。


「機洞様の前で恥ずかしいものを見せたくなかったら、今ここでちゃんと洗っとかなきゃ駄目よぉ」


そういって水流を送り込まれるのが音と半分の感覚でわかった。
女の手が内臓の内側まで入り自分を芯から洗っているのも。
何しろ痛みはない。ただ何となしの下腹部の何かされてるなぁという不快感だけが脳に伝わる。

多分汚いものが内側から溢れ出ているだろうが、麻酔のような頭心地ではひたすらどうでもよかった。常の自分だったら耐え難かったはずだ。

何べんか繰り返されたようで
「綺麗な水になった」と満足げな声を発せられ、やっとホースの蛇口が締められた。



こんなのが何から何まで地下洞の神殿で行われている。




白い透過率の高い布が何枚もカーテンのように垂らされているだけの仕切りの神殿の奥の奥に寝かされる。

白い着物をゆるく着せられ寝台の上の布団の中に数人がかりで納められたのがわかった。

それでもずっと半分寝てるような感覚で不快を飛び越え既に心地がよかった。


そこへ機洞が現れたのがわかった。

半目に映る機洞は色違いの装束、黒い着物に身を包んでいて近付いてくる。


「怖くはない。怖くは…」
ギシ、と寝台がきしみ、一人分の体重が新たに乗った、と思ったら肩に手を伸ばしてくる。

仰向けだった俺の体を横向きにし、背後から抱き締めるような形で、着物をズラした。
そのまま肩を露にし俺の後ろ髪を指でかき寄せて首から徐々に下へと舐めている。
首から肩まで降りてくる舌が、鈍いから鼠のようなすごく小さいものにくすぐられてるような感覚がしてそれが何だかこそばゆく気持ち良い。
機洞の片足が俺の足と足の内側に入り内股に絡まり、動かされる。

されるがままでいいやと身を任せた。

結構な長い時間がそのままでしばらく経ったはずだ。

「ウッ………ゥウーッ………ウッ……」


恍惚と身を任せうつらうつらとしていたらいつの間にか下半身をかき回している力がある。


俺の上半身を舐めながら片腕が、尻からずっぽり手首まで入ってかき回している。

足の間をダラダラポタポタと何かが垂れていて、液体をかけられてかき混ぜられているのがわかる。


全然痛くはない。麻痺しているから。でも内臓を腕が行き交う度に、はらわたが押し上げられる苦しみで生理的な声が出てしまう。


何も経験が無い人間に普通そんなことする?


「ウグ…………アァ…………グッウッ……ウッ………」

直腸を手首が上下に行き交う度に生理的に口から飛び出る潰れた掠れ声。

信者に囲まれている神殿の奥で秘匿も何も無く誰にも聞こえるであろう声をあげ、こんな行為をされている。



いきなり腕がするするすると抜かれ、俺の肉体は解放に安堵した。

更に液体を背後から背中から尻の間に伝うようにかけられ、両脚の間を伝い落ちる。

腰が引き寄せられ一人分の体重にグッとのしかかられた。

スンナリと沈み込められる。


(ぜっ………全然、痛くない…………たっ…確かに……っ
………怖くない…………)

だって鈍くしか何もかも感じない。夢の中の出来事のよう。ちょっとエッチな夢を見ている時のような鈍い鈍い心地良さなんだ。


背後から全身をピタッと密に合わされ、動くというより、底まで押し付けられているように挿入されている。



なぜ男の俺がこんなことをされているのか。
こうしたほうが裏切らない仲間として陥落するという目論見の、実利的な魂胆でもってされているのか。


この人はただのゲイの人なのか。


「パワーが来てる………っ君の肉体から、私の中に…………荒ぶる邪神のエネルギーが………無限大に……、際限無く…、私の中を通る……………」


恍惚と男は囁いた。


「あぁ………ありがとう………私の元に来てくれて……………」

男はそういって俺の背中に口付けた。













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