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陰陽術鬼!13

渉流は定児を地に下ろし、腕を構え一気に迎撃体勢に入った。
身体中の血流が音を立てて駆け巡る。


「どーこへ持っていくつもりなの?長屋大王が入っている定児君は渡さないわよ」


「……ふざけるなっ!!」


渉流は怒りの血管が一気にブチ切れそうになる。



「釈迦秘術!金棺飛遊!!砕けろ!!!」


渉流の向けた手の動きにならって、これまでで最大に大量の金色をした棺が地を割り表出する。
渉流の念に従い棺は見鬼姫と石狗に向かっていく。


見鬼姫の腕の袖が伸び、伸縮する布となって飛び、迫る複数の棺に絡んでいく。

「ふふふ……。キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ」

「!ッッ」


棺の動きを完全に止められ思わず顔を上げる渉流。



「シン オン シンカア ソワカ !!」

石狗が唱えると梵字が一文字、黒く大きく宙に一瞬描かれ、光と破壊音を放ち、超音波のように棺を次々と壊していった!





「チッ!」

腕を顔の横に構え、渉流は汗が一筋流れた。





「下がっていろ。お前達」

後ろからよく通る麗容なる声が放たれ、三者のピリピリと火花立つ均衡を邪魔した。




声の先には男が佇んで、ポケットに両手を突っ込みながら背筋よく歩いてくる。背の高い男。



口の端は笑むが目つきは妖しく、浮かぶ光が凄味を放ち睨みをきかせている。



すぐさま隙を与えず渉流は向かってくる男に向けて空中を走るような雷剛杵を放ったが



男は口から息を一吹き
「#呪禁__じゅごん__#」
の一言と共に放ったかと思うと、向かっていく雷剛杵が突然バーストし消滅した。



仕掛けた術の無効化をする技、それが機洞 連の技、呪禁だった。




「外法禁術・葬送術。絶麗(ぜつれい)……」


続けざま男が一言、軽く放った言葉と共に、一瞬の閃光と共にかまいたちのような衝撃波が渉流の全身を襲って、跳ね飛ばされ、背後の大樹に背中を思い切り打ち付けて倒れた。
渉流が両手を地につく。

「ガハッ…………!!」



「さて、定児クンは返してもらうよ」

男は地に転がる定児の身体を肩に担ぎ上げる。



─何が返せだ、そりゃこっちの台詞だ

打ちどころが背中だったので、呼吸が圧迫され声にならない。
肩も背中も上下し、荒い息を吸って吐いて、気道の呼気を確保しようとする。



背後を向ける男の背中に黙って思い切り気を練り上げた渾身の雷剛杵を向けようとする所だった。
手刀の印にエネルギーを限界まで集めようとしたその時。

男が急に振り返って

「絶麗!」

同じ技を二度続けて放ってきた。

今度こそ骨が折れたかもしれないような衝撃波をくらう。

声も出せずに、渉流は地面に倒れ込んだ。

とどめを刺そうか。そんな気配が機洞からその場全体に伝わった。

「待て!機洞……!!彼の命を奪うなら、私の命に変えても、お前の命を奪う法策が、この私にはある……!」

青森神主が体を引き摺りながらだが立ち塞がる。

「機洞…………!!いいえ!諸宮修聖さん……、ですよねぇ……!?」
青森は脂汗を流しながらだが、ニヤリと不敵に笑う。

機洞もつられたようにフッと笑うが、何も答えない。



「行くぞ。見鬼姫、石狗」


翻し、機洞は見鬼姫と石狗を従え、石狗に定児を渡し、彼らは森の中から立ち去った。




立ち去った後堪え切れず膝をつく、青森。

自分も肋骨や全身の骨にヒビが入ってるかもしれない。

そばに疫鬼が舞い戻っているのがわかる。

邪悪な気配が、山の中から完全に消えた。





青森達から遠く距離を開け、機洞は歩きながら呟く。


「社樹学園に向かうぞ」






社樹学園では、生徒達が日夜、夜遅くまで校舎内に居残り、学園祭の準備に取り掛かっている。







……………………………………………………………………………………………






ひもろぎは、兄の身によからぬ災いが起こったのを一早く感じ取った。


慌てて、身を寄せている最清寺の職員を呼ぶ。

「私に、洋服を貸してください!!」

ずっと寝巻きの浴衣を着せられっぱなしだった体を着替えるつもりだ。


勢いよくバッと浴衣を脱ぐと、胸に巣食っていた霊障は跡形も無く消え去っている。

金龍と、青森のおかげだ。



(お兄ちゃん、待ってて!今行くからね!)



境内の廊下を走るひもろぎ。

玄関に立ち塞がるように、袈裟を身につけ、錫杖を手にした金龍がいた。


「私も行きますよ。仏様が知らせるには、今日こそ、大災害が迫る夜です」


「金龍さん!」



ひもろぎは心強くなったが、ふと思い立ったように

「ちょっと待っててください!ある物を眞悳神社に取りにいってきまあす!」

と慌てて走っていった。









「大丈夫ですか!?大丈夫ですか!?渉流君」

渉流の体を青森は揺り動かした。
猪狩も意識を取り戻し何とか立ち上がっている。

青森も、猪狩も、体に大層な支障は今のところ無いと体感で確認した。

「………ん、ぐぐ……」


渉流は目を開き始めた。

「よかった!」


手のひらをグーパーに開いて握りしめ、渉流は立ち上がる。
(骨折や内臓のダメージは、ない……、多分)


「あいつ……どこに消えたんでしょう……」

怒気を蓄えた忌々しい面で渉流は訪ねる。


「…………「社樹学園」と頭に浮かんできます」

猪狩が神妙そうに答えた。


「私の守護霊が……教えてくれている……」


「向います!俺!」

渉流は勢いつけて駆け出した。

「ちょっ!渉流君!!」

(無謀な……。この子は、本当)と、青森は苦笑したが、走る足の速い渉流についていくことにした。猪狩も。












その日、もう時計の針は18時をまわり、丁度日が落ちかける境目の逢魔が刻に包まれていた、社樹学園の屋上。

校舎内は学園祭の準備のために、生徒の足が、昼間のように廊下を沢山の足音で鳴らしていた。

閉門時間は夜9時まで延長され、それまで催し物の準備作業を生徒達は許されている。
学園祭までのこの一週間の空気を楽しめるのは、生徒達の特権でもあった。

男子、女子、そしていつもより溢れた生徒達を監督するため、教師の数も日常より気持ち増やされて、職員室も普段より人の声が重奏して聞こえる。




そんな賑わう社樹学園の屋上に佇むのは三本の闇の燎火。

機洞!  見鬼姫!  石狗!

そして、石狗に抱かれる眠れる定児。黒い布にくるまっている。

屋上にまるで学校を統治するかのように足をかけ、機洞は屋上の柵の上に立って見下ろしていた。
細いフェンスの上にどうやって重心を取っているのか。


「今こそ、目覚めさるぞ。呼び覚まさん、この学校の地下深い、怨霊の大群を。
地上に巻かれり、荘厳なる悪意の表出をなさんが為、今日、ここにいる人間は全員墓籍簿入りだ。社樹学園という名前の巨大な墓の墓籍の。
目覚めさりぞ!怨霊の朽ち場々(くちばば)!!

今こそ俺に呼応しろ!千年越しの悪意の見事な目覚めの刻だ!」



フェンスの上から、クルと向き直り、石狗と定児の元に飛び越えたようにジャンプすると、そのまま姿勢崩さずに着地する。

石狗から定児を抱き受けるとそのまま立たせるように支え、機洞は眠れる定児の口にキスをした。


ウッ…………ウゥッ…     ウウウ   ウゥッ!!!

口の中に太い触手を突き込まれ腹の中にある何かを引き摺り出されるような苦しみが、背骨を背後に反る定児を襲った。余りの苦しみに定児の目がカッと見開かれる。機洞の手が定児の後頭部を押さえつけどこにも逃れられようのないまま、結わいた唇を離さない。機洞の目は見開かれる定児の瞳を焼くように見ていた。

ウウウッ ……ングウウウッ ウグウッ



それを見ながら見鬼姫は「シシリシニ、シシリシ」
石狗は「ソソロソニ、ソソロソ」とニヤニヤにやつき笑いながら小さき声で唱う。





機洞の身体は赤く光輝き、定児から欲しいだけのエネルギーを奪いたいだけ奪うと、やっと唇を離し、屋上からの風景に視界を向き直った。


「召し返しの呪歌」


両手の薬指と小指を合わせ、何やら朗々と詠い上げた。禍々しい抑揚の長い長い呪詞を。


学校のグラウンドに黒い亀裂が走り、亀裂は瞬く間に円形化し、円筒状の黒光と変わり学校を包んだ。




「こりゃまた見事な仏壇返しになるわね」


見鬼姫はふざけて笑った。









校舎内を、獣とも悪魔の唸りともつかぬ、凄まじい声が風を吹かせて駆け巡る。
人でなき魔の叫喚は、人間の鼓膜を空気振動とは違う形の震わせ方をし、人を芯から怯えさせる。
迫力の叫声とともに校舎内を怨霊の群れが一つの集合を成した黒い塊がいくつも、どの生徒にも、教師にも見える形となり、飛び回っていた。
今、学校は、視認できる魔物の乱飛行だらけで埋め尽くされた。



校門の前にて。


「ひもろぎ!」「お兄ちゃん!」

ひもろぎと金龍、渉流猪狩青森の五人は合流を果たした。
五人が顔を見合わせるその瞬間、黒板を引っ掻いたような金切り声が耳をつんざき、校舎の窓からいくつもの悲鳴が聞こえて来る。


「!?何だ!?」「行こう!!」

校舎に入ると、悪霊達が人間に襲い掛かっていた。










バーンと鍵盤を叩きつけられるような、悲鳴の反響、反響、反響………。

怨霊の塊が豪風を立て通路を通る度に、校内の照明は次々と炸裂し壊された。
学園祭の出し物の粉砕された残骸が廊下を飛び出し、走る足に次々と踏み付けられている。
パニックになり逃げ惑う生徒達。

「学園の外に逃げろ!」渉流は叫んで教えまわった。


手の構えをつくり、体から弾くように輝く光波を放つ。
「雷剛杵!!」

悪霊達はすぐさまちぎれ飛び八方へと散らされるが、この狭い校内を迷路のように生徒が逃げ惑い、悪霊が飛び交う構造の中で戦うのではキリが無い。


「あらあら、まだ追ってきたの?」

意にそぐわないという捻くれた声色が、電灯の消えた通路をエコーをかけて反響した。

渉流は最早目の前に現れた見鬼姫にまともな受け答えを返そうとは思わない。

睨みつけては、一言も開口せず、自らの金棺飛遊を叩きつけた。

当たった………かに見えたが、ググッと引力が自然に金棺の群れを押し返した。
引力の正体は見鬼姫の袖だった。
見鬼姫の意のままに白袖は生き物の様に伸び、数有る金棺を雁字搦めにしては跳ね返した!


「クッ」

身構える渉流の元に、回転ジャンプをしながら飛び込んでくる人影があった。

「八乙女舞系玉串霊打(たまぐしれいだ)!!!!」

ひもろぎの可憐だが気迫の籠る一声と共に、宙を翔んだひもろぎの腕からきらと光る玉串の枝が、光のスピードで見鬼姫の方へ直進して突き刺さる。
まるでボーガンの弓のようだ。


「ぎアアアッ」

見鬼姫の胸に直撃した。

そのまま、ひもろぎは、美しい屈む姿勢の着地をする。

「渉流サン!ここは二人でいこう!」
「…………天(てん)、律(りつ)」

ひもろぎが渉流の隣に並び着いたと同時に、渉流が新たな、今迄出したこともない構えを取る。

「雷音(らいおん)!!!!!」


爆撃のような黄色い煙吹く雷が、まるで天から降り落ちたように見鬼姫を狙った。見鬼姫から、耳を塞ぎたくなるおぞましい魍魎の絶叫が迸る。

「ギャアアアアアイぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」

白熱の光が一瞬稲光った後には、何も居なかった。跡形も、無く。
消滅したか、逃げたか………。


「チ………」
「今の凄いね、渉流サン!」
兎にも角にも見鬼姫はこれで戦闘続行は不能になったはずだ。手応えはあった。
「ひもろぎ、お前はあのB棟に行け。俺はこのA棟からこの悪鬼の群れを一先ず蹴散らす」
窓の外から見えるもう一つの校舎を、渉流は顎で指し示す。
いきなりの呼び捨てにカチンとしたのか、ひもろぎは
「ハーイ、B棟に行ってくるよわたる」
と返して、素早く走り去る。
「………む」
渉流は眉間に溝が走りながら、A棟とB棟を繋ぐ上空通路に向かって、あっという間に立ち去るひもろぎの後ろ姿を目で追う。

成る程、猪狩先生が称する通り、負けん気の強い女だ。










A棟でもB棟でも無く、職員室や学長室の構えてある本館奥の、広いコミュニティホールに金龍と青森はいた。

吹き抜けの高い天井の下。

「ウオ!!!うオオオオオオオ!!!!」

金龍が錫杖を怨霊に向けてブン回している。

そこらの壁や机に錫杖が当たる度、鉄が物を撃つゴン!ゴーン!とした音が響き渡る。
思わず手が痺れてくるような音だ。

舞い飛ぶ書類に本。

次々と器物破損。

最早金龍による被害総額のほうが深刻かもしれない。

吹き抜けの天井高くには、金龍達の三倍もの大きさに膨れあがった、怨霊の黒い塊が浮かんでいる。
怨霊の集合体には数々の顔が付いているが、そのどれもが最早人間の表情をしていない。
怨嗟に満ち満ちた顔をしている。
牙を生やした口が唸る。


ガ、ガ、ガ……


千年前から封じ込められた、地底の怨霊。

話などが交わせるものでは無くなっている。
暗雲渦巻くどす黒い妖気。



錫杖が怨霊の群れの、飛行する切れ切れの内の一つに当たる度、怨霊は発光し消滅する。この世の何処からも。

「災魔屈服の冥加(みょうか)……あれい!」





巻いて吹く扇風が、涼しい音をし、空間を割った。

「陰陽……風龍夜行(ふうりんやぎょう)」



怨霊の一際大きな人面に風が当たった。


風は顔を切り裂いた。



恨みの顔貌は血を吹き流し、咆哮を上げる。

そのまま風が一撃、二撃と連なって、竜巻の様に怨霊の顔達を切り裂き続ける。



風に巻きこまれ、いつしか黒い塊は、消え去っていた。





ガシャーーーーーーン!!



怨霊の集合体が消えると同時に、天井のガラス窓を破り、石狗が二人の前に飛び落ちて来た!







森野芳太郎は、虚ろな目をし、ぶつぶつと呟きながら、熱に浮かされるように、この混乱の社樹学園校舎内を歩いていた。

前山、前山、前山。と呟いている。

当の前山美樹、の姿は見えない。






闇の中の走る足音。

悪鬼怨霊が囲む社樹学園A棟を駆けている渉流の足音が廊下に響いていた。

電灯さえ覚束ない、穏やかな昼間を過ごしていた筈の暗闇の校舎は、今宵冴え冴えと混凝土(コンクリート)を表皮とした巨大な怪物と化し、渉流や金龍達を飲み込んでいる。

どこかにあいつが近い。

霊的な感覚が張り詰めて張り、渉流の皮膚をひりつかせ、彼に大きな霊力の気配を、そしてその者の居場所を報せていた。

待ち構えている。向こうも渉流が自分目指して向かっていることを察知している。お互いに。

渉流のいる三階の廊下から眼下に見下ろせる、外の校庭の景色は暗い。グラウンドに植えられた並んだ木の影が、恐ろしげに風に靡(なび)かれている。
割れていない窓には風が叩きつけられ、割れている窓からは冷たい夜風が入り込む。
校舎を取り囲んで猛風が吹いている。
怨霊が嵐を呼び、まるで秋台風となって、生徒達の窮地を救う渉流達の活動の条件を益々悪くする。

既にA棟には生徒の姿がもう僅かしかいない。
どうやら無事に生徒達の避難が進んだことに、渉流は緊張を解かないまま安堵をした。走って発熱された肉体。シャツには汗が浮かんでいる。




機洞は寝かされた状態の定児の身体を両腕で横抱き、校舎の屋上から屋上を飛び込え、足元が地面から浮いて移動していた。
定児の目は開いているが、虚ろで何処を見ているか全く知れない。
意識は靄(もや)と霞(かす)んだ、煙霧の最中にある。

涅槃から吹いているような強くうなる風は、二人を避けるように歪曲した曲線を描いている。

何やら小さな呟き声で、陰陽道の呪文ー道教の呪文と密教の真言が合わさったものーを唱えている。
背後の荒さぶ風は機洞の呪文の詠唱に合わせ、まるで踊るように自在にうねり動く。
鋭く尖る機洞の霊力の光。風は機洞から放たれる霊光にも反応している。

一帯の空気は震え、屋上を覆う曇りの黒天は、暗雲がどよめき、龍の動きを模している。


「オン・~~~~~…………ソワカ……来たか」唱え主が顔を上げる。


屋上の扉が勢い良く蹴飛ばされ開く。


渉流が機洞と腕に抱く定児を確認し、右腕を自分の顔横に持っていき、雷剛杵(らいごうしょ)を天に雲を潜り走る龍のように、機洞目指して空中に飛ばす!

光の発光はイナズマ線を描きながら音を立てて走った。

自分に迫ってくる素早い光に、だが機洞はにやりと妖笑する。


「無駄だ。分からんのか。先程跳ね飛ばされた技をそう何回も使いやがる。学習なぞはしないようだな」


手に抱えた定児をくるまった布ごと地に置いて、機洞は立ち上がる。指が形作る呪禁の印。


「!?」


だが技を飛ばすまに、渉流はそのまま機洞目掛けて一勢に駆けてきた。


「ゥ、オオぉッ!雷剛杵(らいごうしょ)ッ!」


雷剛杵を撃ち放ちながら、間合いを詰めて駆け走る。


「っ……!!」

撃たれる雷剛杵を弾き飛ばしている内に、いつの間にか渉流に距離を詰められた。


ふわっと浮き上がる渉流。美しい飛翔。地に落ちる浮上の影。
重力に反する大振りの影法師(シルエット)が、朧げな月光と機洞の顔の前を遮る。
飛び上がった渉流の脚は助走を付けた蹴りとなり、機洞の横頬を蹴撃した。

乱れなく機洞に背を向け着地する。

っ!?

当たった。にも関わらず、感触が軽い。
振り返った機洞は腕を使ってガードし、上手く頬に響く蹴りの衝撃をさばいたようだ。

こいつ、武術まで……!!

機洞は身に付けている。構えながら立ち上がる渉の顔が益々険しくなった。


合気道には珍しい蹴り技を、だが渉流は得意として磨き込んでいた。その蹴りが躱(かわ)された…………。


「……フッ」


立ち姿は崩さず、笑いを零(こぼ)す機洞。
ガードした両腕をそのまま交差させ構えを作る。擦り傷程度の衝撃しか与えられなかったことに渉流は舌打つ。


「来いよ……おぼっちゃま」


頤(おとがい)を上げ、怜悧な目つきで挑発する機洞。


渉流のこめかみを怒りの血管が走る。
ポーカーフェイスを崩そうとはしないが
顔を横に向け

「…………ブッ殺す」


と呟くと、モーションの大きい後ろ回し蹴りをそのままの位置から放った。
笑い、避ける機洞。だが避けた頭の位置へと放たれる連続後ろ回し蹴り!








同じ時刻。本館奥。コミュニティ・ホール。

巨軀が金龍、青森に素早いスピードで向かい、石棍が風圧をつけ振り下ろされる。

「飯綱(いづな)打ち!!」

ドゴンッ!

当たった物体は、衝撃波を同時に発生する石棍により、壁でも机でも床でも粉微塵に破砕される。


「光輪殺法、逢仏殺仏(ほうぶつさつぶつ)!!」

先に複数の金の輪……鳴金(なるかね)がついた錫杖をグルンと扇状に回し、思い切り振り上げながら石狗に飛びかかる!
だが石狗の石棍が、飛びかかろうとした金龍の勢いごと、金龍の体を打ちのめす!

受け身を取りながら転がり倒れる金龍。

金龍への追撃を防ぐため立ち塞がる青森。
右手で印を作る。
「陰陽鬼門破邪(おんみょうきもんはじゃ)……!!」
結んだ印を顔の前にかざす。

「飯綱(いづな)打ち!」
構わず石棍を振り上げる石狗。

青白い五芒星が宙に浮かび、石狗に向かってレーザーの様に飛んでぶつかる。
衝撃音を立て石狗の体が弾け、重い体の足が浮き何mも後ろに弾き飛ばされる。
「………………」
だが石狗は何でも無かったことの様に、立ち上がり、構わず青森に向かってくる。
二度目の「陰陽鬼門破邪(おんみょうきもんはじゃ)!!」

石狗は浮かび上がる青白い五芒星に向かって、石棍を俊速に連突きした。
何百もの攻撃を一瞬にして繰り出す様な、連続の突き。

五芒星は霧散する。

青森の顔に流れる冷や汗。
石棍が青森の顔に向かう。

「八乙女舞系玉串霊打!!!!」

入り口から飛び込んできたひもろぎ!!
玉串の光矢が、目にも止まらぬ速さで、石棍を弾き飛ばす。

弾き飛ばされた石棍は、またヒュンヒュンと、石狗の手に舞い戻る。

ひもろぎは手に、あるものを持っていた。

ひもろぎが神社に取りに行った、あるもの。
それは木の扁平な板に、銀箔のまぶされた白い紙……紙垂(しで)がいくつもついた、御幣。

滑る様に石狗に向かう。

ジャンプしながら、振り下ろされる石棍を、薙ぎ、受け流す様に御幣を振っている。
まるで刀同士が打ち合う様な太刀捌きだが、御幣は石棍に触れていない。
ただ、祓っている。

普通ならそんな使われ方をされて耐久性があるわけない御幣は容易に砕け散る筈だが、ひもろぎの強い霊力に補強された御幣は、紙の連なりがバラけもしなければ、軸棒が折れもしない。
ふいに石棍が、石棍を持つ腕自体が、固まって止まった。
ひもろぎはニヤリと笑う。
「邪は祓われた!」

そして御幣を持つ手を逆手に直し、石狗を貫く────

貫通困難の筈の、石狗の石の胸部を、霊力を通した御幣がやっと貫いた。
石を割り突き刺された御幣を、また抜き去る。
御幣の紙垂がとうとうバラけ、はらっと全て地に落ちた。
御幣に伝わせた霊力が、今ので底を尽きたようだ。
単純な木板の棒だけになった御幣を手に持ち、まんじりと見詰めるひもろぎ。

石狗の次の一撃がくれば窮地に陥る。

だがひもろぎは微笑っていた。

石狗はグラリと揺れ、膝をつく。
心臓を外しやや上だった。
もう次の一撃を放てる余力は当分なかろう、とひもろぎは微笑う。


青森、そして金龍が近づく。

石狗は、大きな石の棍を天井に向けてガシャーンと放った。さっき飛び込んだ以上の窓ガラスが上から無数に散らばる。

三人が腕を上げ、硝子から体を守っている内に、石狗の姿はかき消えた。

気配が完全にない。

「そうだ、A棟とB棟の様子は!?」思い出した様に青森はひもろぎに翻し聞く。

ひもろぎは笑う。「A棟なら、渉流が。B棟なら兄さんとカチ合ったから殆ど片付けて来ちゃった。今頃はきっと、兄さんが最後の後始末をしてるよ」









その頃屋上では、俊敏なる二つの影が風を切り交差していた。
戦う機洞と渉流。

渉流の足蹴りを避ける機洞。
「はぁぁ────!!」
呼吸を吐きだしながら、機洞の内側に入り込み、肩や腕を取ろうとする。
それも躱される。
合気の呼吸を最大限にまで使いながら、響く掛け声を上げ、力強い技を繰り出す。だが敵は空気のようにすり抜ける。

──恐らく機洞は俺の思考を読んでいる。
──ならば読ませない速度で!
渉流は蹴りや拳を繰り出している。
だのに鮮やかなまでに、俺と息を合わせすり抜ける。
掴んで投げ飛ばせもしない。
刀の鍔と鍔がかち鳴り合う様に蹴りがクロスしては離れる。

機洞(きどう)は強い。

組み合いで分かる。

渉流の合気の捌(さば)きをいとも簡単に呑み込み、渉流と同じ様に躱(かわ)し、背後を取り、捌き合ってくる。
達人同士で捌き合っている様だ。

それでいて合気に無い当身を早打ちで繰り出す渉流の読めない動きを、一寸足りとも逃さず、ふわっと横にずれ反対に身体を捉えてくる。
「チィィーッ!」素早く身体を反転させ、浮き上がる渉流。

鎌風の蹴りが当たるべき位置にバシッと決まる。しかし感触はない。

躱し、捌き、すり抜け、そして相手がバランスを崩す一瞬を見つけ。
拳に気を込め渾身の一撃を放った。

「……ッ!」

ヒットする。機洞は前髪で顔が隠れながらも顔の振動は小さく、またも#威力__ダメージ__#を受け流したのがわかる。

お返しと視界の死角からまるで飛び込んでくるように、拳が神速を持って渉流の顔を目掛けた。


「……ウぐ!」


体が大きく揺れる。重い拳だ。

軸足で支えてすぐ体勢を整え、拳を変え、飛び込む。

またもや機洞の顔側面にパンチがヒットする。
一瞬グラつくも機洞は「チッ」と血が滲む口元を手の指で擦り上げ、長い足を渉流に向かって振り上げる。

しゃがみ躱す渉流。タイミングを悟られ、しゃがんだ瞬間真上から拳がやってくる。

ガツッ

「……ク……ハッ!」

片足で体を支え二歩飛び退き、口の端から血を滴らせる渉流。
それでも呼吸は整い、間合いをはかって機洞を睨み見据えている。



二人が打ち合う横で、定児は宙を見つめた目つきのまま、渉流達の声がどこか遠くで放たれているように聞こえていた。

真下のグラウンドで小さい、小さい声がする。

男の教師の声だった。

逃げる教師は横幅のある体を引きずって、校庭を飛び出して行こうとしている。
丁度グラウンドの真ん中を通過したところで、黒い風が教師に向かって取り憑いた。
ゴツンとした音と共に教師が倒れる。
手でおさえた頭から血を滲ませ、殴られたような痛みに耐えて入る。
教師に被さる、笑う黒い怨霊の姿。
教師は立ち上がり叫びながら一目散に校庭を駆け抜け校門から脱出した。
黒い怨霊はそこまで追ってはいかず、また風となりグラウンドを吹き消えた。


「ど……どうなってるのォ……社樹学園、どうなっちゃったのぉ……」

心細い声が屋上の入り口からした。

「も、森野くん、しっかりして……」

「ウ……ウワ……ウワ……」

森野はゾンビのような白い顔色をして、ぼんやりしている。どうやら気力の抜けた森野を庇い歩き、避難しきれなくて、怨霊に追い詰められ屋上まで来たらしい。
森野は前山に腕を引っ張られやっと歩かさせられている。前山も、森野を引っ張っていないほうの腕が、制服が破け擦過傷を負っていた。

渉流と殴り合いをしている最中の機洞が前山に目を向けた。

目を細める機洞。

機洞は胸元から黒い札(フダ)を取り出した。

「……陰陽呪符(じゅふ)。黒麒麟畾(こくきりんらい)」

呪符は前山に向かって弾かれ飛ばされる。瞬間、凄まじい黒い雷の光が発生し、プラズマの青い電磁を発生させながらバチバチと放電し前山に向かう。
前山の方角に気を取られる渉流。隙をついて、渉流の顎を殴り、腕をとって身体を押さえ込む機洞。

前山に向かった黒と青の電流は直撃した。


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