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陰陽術鬼!14

感電するバチバチとした音。叫び声。

野太い叫び。

電流は前山に当たらず、前山を庇おうと身を起こし前山の前に立ち塞がった、森野に直撃したのだ。



二人の姿を見て、はっと我に変える定児。
脳裏には先程の倒れる教師の姿が、巻き戻し何度も、繰り返し現れる。

「ぁ……ま、まえ、……森野、…せん、生……」

呟き、同じ言葉を二度、三度繰り返す。

頭を覆う濃霧は急速に晴れ、目の前を鮮明に定児の意識に映してくれる。


泣きながら、意識を失っている森野を膝に抱え抱きしめる前山美樹。
「森野くん!森野くん!」


「前山さん!森野君!」
そこへ猪狩先生が階段を登り、屋上の入り口、前山達のすぐ後ろに現れた。

森野の様子を見、手を当てすぐに自らの気を送り込む。
森野の白かった顔が回復し、焼き切れた皮膚が、再生して元通りになっていく。


「前山ァ────ッ森野ォ────ッ!」


定児は彼らに向かって叫び、駆け寄ろうとする。
機洞の催眠の呪から解き放たれる定児。


「前山さん、ごめんなさい」

猪狩先生が前山の額に指を当て、術をかけ気絶させた。

渉流の腕を後ろ手に掴みながらのしかかり、背後から押さえ込んでいる機洞には、逃がす定児を止められない。


「定児くん!」猪狩が叫ぶ。

体を包む黒い布をまとった定児が、猪狩の元に辿り着く。
そこに走って現れた金龍と青森が、そしてひもろぎが集まった。
「……ハァッ、機洞!」「よくもゼェ……ゼェ、やってくれたもんですねぇ」「きっ、機洞!!この野郎ーー!!」
階段を一気に駆け上がり、肩で息をついている。陸上部のひもろぎは平然としている。


「いよぉ。お仲間のご登場だぜ……行けよ」

機洞は入り口に集まる彼らを見渡し、渉流を立ち上がらせ足で突き飛ばし、自分から離す。
「チッ」取られた片腕を抱き、悔しげに睨みながらも機洞からは距離を取る渉流。
思惑を浮かべる機洞は怪しい気を発しながら、屋上の柵と空を背にニヤリと笑う。

「もう遅い。地下の怨霊は一匹残らず目覚めた!!」

勝ち誇る機洞の声が、屋上中、空までに届く。

「目覚めた怨霊は空間を変異させ、校舎毎、お前達をあの世に連れて行くだろう」

長い指が空間に何かを描いている。
空間転移の印だ。

「……完全にそうなる前に、俺は立ち去るがね」

機洞が言い終わるとともに、まるで空気中の風景が、ボロボロと、タイルが剥がれ落ちるように崩れていく。
校舎も、コンクリートの灰の色から、赤黒くいきなりしなびた変色をしていく。
校舎を象(かたど)っていた数々の直線がねじれる。
終末の天に変わり、あたり一面、天地が崩壊していくために用意された空の形、空間の色へ変容を遂げる。
崩壊のブラックホールに足を突っ込んだ。
異界と化す学校の姿。

異変が、この広い大きな校舎を、ぐにゃぐにゃねじ曲げていく。

暑さに熱せられる陽炎。
あるいは炙られた飴細工。


それを見た定児の中、胸のあたりから、急に暖かな温度が上がってきた。
トクトクトク…………
ドクドクドク…………
#微温湯__ぬるまゆ__#の様な熱量は、次第に汗が噴き上がる強烈な熱さへと変わる。
トクトクトク…………
ドクドクドク…………
驚きながら立ち上がる。
だが、苦しくはない。
全身の血流が猛スピードで目まぐるしく巡る感覚。


そして定児の口から発せられたのは────。

『わ……我コソハッ……天武天皇が孫皇……長屋#王__おおきみ__#……我の鎮守ヲ妨げるべからず……何人タリとも……我の鎮墓を醜くしてはナラナい…………』

定児は黒眼を失った白眼をし、普段とはまったく違う声色で言葉を絞り出す。
重々しい、壮年の声だった。
立ち去ろうとしていた機洞も、思わず定児の顔を凝視する。


『……我の鎮墓を醜くしてはならん!
長屋の鎮墓獣!!』

定児の体をした長屋王が腕を振り下ろす!
体にまとった黒布が、まるでマントのようにはためいた!
威厳のある後光が差す────

何体もの墓門を守る、辟邪の白獣が、定児の体の背後から現れ出、校舎に飛び散った。
中国から日本の皇族に伝わったであろう、墓守の獣は、主人の鎮護を果たすため、目の前の穢れを一斉に食い破らんと立髪を奮い立たせる。
馬の様だが、2mは越す、巨大な四足の神獣が何体も。10数体はいるだろうか。

人面の貌をし、長く引きずる立髪をした鎮墓獣は、発光しながら壁を擦り抜け、校舎中の黒い影……怨霊を

たった触れるだけで。

パァッと飛び散らせ、光の粒子に変えて散らしていく。

怨霊が散らされる度に、空間の歪みが元に戻り、グニャグニャしていた空間はすうっと踊りをやめる。


目を閉じて学校の全光景を透視によりスキャンニングしていた青森が口を開く。「終わりましたね」

学校内の全ての気と波動を捉え、自分の脳内へとスキャンコンバータしていた彼は、校舎中、いや、敷地中から、おぞましい気の蠢きが一掃されたのを鋭い神通力で検知していた。

立ち上がる定児の側にいつのまにか何体もの白光る鎮墓獣が集まり、彼に向かって衝突する様に飛び込み、吸収され消え去っていった。

ゆらゆらと陽炎のようにねじ曲がっていた校舎が。
赤黒く変色していた校舎が。
空間ごとボロボロと剥がれ落ちていた敷地内が。
急速に元に戻った。
いつも通りの真っ直ぐに立つ、白亜の校舎に緑の木の植えられたグラウンド。目下にはテニスコート、体育館……。

「なっ……にぃ、定児クンはっ!……長屋王をコントロール出来るのか……!!」
目論んでいた大異変が破られ、驚く機洞。

「は…………。あっ!」

黒眼が元に戻り、正気に戻る定児。一瞬ガクンとなった体を、両足で支える。

機洞の背後にあった屋上の柵。
柵の向こうからシュッ!と見鬼姫が跳躍し、一回転しながら柵を超えて機洞の隣に着地する。
「機洞様!退きましょう!ここは一先ずっ!」
弱った見鬼姫が現れ機洞に逃げることを促す。
同じく屋上の向こうからシュッ!と飛び上がり現れた石狗は、屋上の石の地面をヒビ割れさせながら轟音を立て、その石で出来たガンダムのような体をズシンと着地させる。
「乱れ飯綱!!」
石で出来た胸部から、発煙と共に、飛翔する六角柱状をした鉱物を次々に金龍達に向けて飛ばしてくる。
慌てて局所結界を貼り、防ぐ金龍と青森。
発煙が消えたら既に石狗、機洞、見鬼姫の三人の姿はどこにもいなかった。



機洞一味が消え去り、
夜の学園は嘘みたいに禍々しい気が晴れ、閑静なる日常の空気を取り戻していた。
あんなに強かった風も嘘みたいに止んだ。


「先生、前山、森野……」

まざまざと甦ってくる、捕らえられた間の出来事。
そいつにオーバーラップする、教師と前山と森野の苦しみの顔。

「俺のせいで皆がこんなことに」
と屋上の床に膝をつき涙する定児。定児に寄り添い、慰める猪狩先生。

己が憎らしい。

自分が捕らわれたおかげで、森野が、前山が…………。
自分が、よりによって男同士の快楽なんてものに負け、咽(むせ)いでいたために、学校が…………。
俺が男根をブチ込まれ、情けなく咽せいでいたために。
皆が…………。

苦しい後悔しか浮かばない。

俺は……。

俺はもう絶対。

もう絶対こんな風にはならない。

情けない気持ちの中抑えきれない嗚咽と共に歯を食い縛った決意が湧きあがってくる。

見回せば暗い夜空。誰もいないグラウンド。星くずが控えめに瞬(また)たいている。
時刻はまだ深夜にも行き着いていない。

機洞が消え去った後を見つめる、渋い顔をする渉流。金龍。青森。ひもろぎ。

「…………」

一瞬だけ、冷たくて軽い風が吹いた。
渉流は翻し、定児に近寄るとしゃがみ、頬に指を当てて

「泣くな、泣くな……。定児」

と声をかけた。

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