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陰陽術鬼!18


扉が開いて、ボロボロになり果てた、ボロ雑巾以下の俺を見下げて、機洞は何をするかと思えば、傍らに屈んで俺の髪の毛を手のひらで撫でてきた。

「もうそろそろ、いいだろう、こんな苦痛より、気持ち良い快楽に、一緒にそろそろ溺れよう………」


俺をこんな状態にしている張本人のわりには、機洞自身も苦しそうな表情を滲ませている気がしないでもない様子なのは、やっぱりそれほど客観的に俺の姿が無残に変化しているのかな。


髪の毛を長い指で梳かれる。


「…………」


でももう俺は答えるのをやめた。
目を閉じて死んだフリだけする。



「定児クン………」













「今日で、二週間目だ。普通の人なら耐えられないよ。今頃一気に白髪にでも変わり、老人のような姿へと様変わりしていることだろう。それもこれも荒々しい長屋大王の雄偉なる力が君の中に息づいているから、そうまでして耐えられるんだね」


俺はグッタリしたまま何も答えない。
心を読ませるほどにも、何も考えない。
思い浮かべない。
気持ちを停止させている。


「…………君にそこまでの根性があるとは、正直思わなかったな。私が思っていた君の像とは、全然違ったタフネスな底意地が、君の中にはまだまだ隠されているようだ。楽しみだ、もっと見たい。君の中にどれほどの可能性の顔が秘められているのかを。

定児クン、俺の、仲間に入れ。

俺のもとへ、こちらへ、境界線を踏み越えろ。
……………………おいで!」


機洞が手を差し伸べるが、俺は絶対に答えない。
何も見ないし、発さない。



機洞は哀れみのような声色を出し、俺の顔を撫でる。

「俺はそんな定児クンが本気で好きだ。君も俺が好きだろう!おいで、俺の定児」


「好きじゃっっっねーェよ!!!!!」

とうとうガマンできなくて、言葉を発してしまった。
かなりの、荒げた声で。


「好きなわけ……あるかっ!!!!
何が餓鬼孕みだ……おい………………!
ばかじゃないの………本気で………」


俺は流石にキレていた。
潰れた喉のしゃがれた声で。


機洞は苛ついた様子をわかりやすく見せ、弱る俺に、また連日のように、覆い被さってきた。

「わかったよ、好きなだけ、餓鬼を妊娠してろ。今日もまた、孕ませてやる」

また触手蠢くキスを無理矢理口に合わされる。しかし今回は触手の先端が吐き気を催すような乱暴な動きでは無く、喉、そして胃を、そっと触れるようにそろそろと先端が優しくなぞる動きをする。細い舌先が内臓を触れるか触れないかするような動き方だった。
内臓の皮である腹膜(ふくまく)を、優しく、こそばゆく、こすり撫で、愛撫するような、小筆がかすり、触るような動きを取る。


そのまま咽喉を塞ぎながら、既に入り易くなっている足の間に向けて、すっかり慣れさせられた代物を挿入する儀式。

長い未知の奇形器官は、胃の表面の胃液ですら舐めとるようにくまなく動くも、決して押し付けずに、ふいにあたるようにさわさわと触手の先端が内臓を擽っていく。

口の中からは異形なる肉塊を押し込まれ内臓を擽られ、両足の間の下の道には更なる肉塊をまた押し込まれ、上下され、抽送され、ゆさゆさと揺さぶられるのは

何と不思議な、気分だろう。

何も抵抗はせずに黙って任せていたら、内臓を恰も(あたかも)あちこち軽く接吻されているかのようだ。


その時、飯塚稲荷が開いたままの扉の前にやってきて告げた。

「機洞様、こちらへ」

顔色は急を告げている。
迷惑そうに振り返っていた機洞も、何か異変を察知して、足の隙間から己の物を引き抜き、扉を閉めて鍵をガチャンとかけ去っていった。


真っ黒闇に一人。












外で何やらバタバタ音がする。

争うような人の声と、衝撃音。


破壊音と、共にドアが蹴破られ、暗黒に強い光が照らされた。



「遅れて悪い!!!定児!!!助けに来たぜ!!!!!」

渉流だった。


「光輪殺法、逢仏殺仏(ほうぶつさつぶつ)!!」

金龍さんだ。相変わらず鉄錫杖で器物をボコっている。



「降臨開法、殺仏殺祖(さつぶつさっそ)ォォォオ!!!」


どんどん爆破するようにそこらの物を無作為に破壊しまくっている。

誰か!金龍さんを止めて!!
ブチ切れ金龍さんは、もう誰も止められない。
パワー系の破壊王、金龍である。







「おい!大丈夫か!しっかりしろ!……無理か…………」
いつも容易く動じない従兄弟が、今度ばかりはこんなにテンパってる表情を初めて見る。

渉流に担がれて俺はなんとか、この闇の空間から抜け出た。

ここは、どうやらビルだったらしい。
機洞御一行専用ビルといった形か。

金龍と渉流と、担がれた俺が外にいる。

青森神主が車を止めて待っていた。

その時だった。

金龍の頭がカチ割られた。

金龍は糸が切れたように、足元から崩れ落ちた。

こめかみから夥しい血の量が流れ溜まりを作っている。


ビルの屋上から、重量ある巨体が降ってきて、コンクリートの硬い地面を、破砕するかのような音を立て、解体重機の先のコンクリートハンマーのようにそこらを揺らし、叩きつける着地の仕方をした。
狭い範囲のプチ地震である。

石狗。

着地と同時に、金龍の頭を打った石棍の先が、ブーメランのようにヒュンヒュンと戻ってきて持っている柄にセットされる。


「こ!!このっ………っっッッ!!!!」

渉流の目の色が変わり怒りに震え向かっていきかけるも「いけませんよ!」青森神主に強く制止される。

「早く乗れ!!渉流、定児!!金龍を連れて!!!」


エンジンが唸る。

いつになく命令調の青森に従う渉流。

石狗は迷わずこちらを追ってこようとしたが、乗り込んだ車の窓から渉流が腕を石狗に向けて「唐操金棺飛遊!」を放った。

投げ網のように形成された糸が、石狗を足止めした。


車内のシートや床を濡らす金龍から流れ落ちる血が、まるで水道の蛇口から出ているかのように終わりなかった。


金龍さんも、俺も、病院に運びこまれた。

緊急手術後に集中治療室に入れられる金龍さん。

俺は見た目の印象ほどよりは、体に傷が特に無いらしく、生体機能にも問題はないらしく、例によって点滴を打たれて寝かされるのみとなった。


渉流は、ベッドに寝る俺に向い、「俺は定児の親に伝えて色々準備して明日また来る」

病院には不似合いな神主衣装のままの青森神主に「申し訳ありません。今日は俺の代わりに定児を見ててやってください。金龍さんのことも、よろしくお願いします」と、日々と変わらぬ凛々しい顔つきで頼んで、病院を後にした。


二人、個室に残される。
青森さんは「災難でしたねぇ」といつもの緩い調子で喋った。

「…………」

「…………」

青森は答えない俺を見下ろす。
答えたくないわけじゃなくて、本当に唇を動かす気力がない。
何かを考え、指先一本でも動かそうと、脳に電気信号を通そうとすると、先までの忌まわしい苦しみの状態が、途端にすぐ脳裏に蘇ってきてしまうからだ。
フラッシュバック。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



青森 薔山は顔色からじゃ何を考えているか窺い知れない表情を癖のようによく披露する男だ。
この時も、ぼんやり空虚な瞳の定児を、同じ表情で見下ろしている。
物を申さずとも、他者の魂の状態から情報などは読み取れるからこその、これは人を探って解析している表情だったりするわけだが、勿論それを彼と接する周りの人々が理解できているわけもない。

定児の魂の状態が、大分、深刻に傷ついているのは視て取れてわかっていた。
このままだと数年は良くない心理状態、身体症状の不定愁訴に悩まされるのではないか。
というほどに、傷が黒くしっかりとえぐれて、魂にはついていた。
社樹学園で定児を取り戻した時でさえそんなのはなかった。以前までは見られなかったついたばかりの随分大きい生傷だ。


忍びない。
自分に出来る能力をここでこそ使わなきゃいけない場面だと駆られる。

青森の胸には迫るものがある。
せっかく自由に使える治癒の術、ここで使い果たし一生使えなくなろうとも、もちろんそんなことは起こらないけれど、この目の前の打ちひしがれる肉体に使わなければ、生涯、一体どこで使う場面だと、彼に迫るものがある。


青森は定児の額に手を置き、自らの力の開放を行い、自分の気の流れを丹田から操り注ぎ込んだ。

掌からは不思議な暖かい力が、置かれた当事者には感じられている筈であり、肉体の損傷だけでは無く、頭脳、そして魂の不具合も治すように、まずは波並みと力を注ぎ送る。
足の爪先から、履いていた#浅沓__あさぐつ__#を揃えて脱ぎ捨てると、ベッドの上、定児の寝ている傍に正座して座り、更に寝ている彼の体をストレッチするようにくの字に横向かせ、背中側から手をあてていく。
定児は気力のないままにされるがまま、何も反応はない。

背の骨のなだらかな隆起を感じる。
女の体と比べ、皮下脂肪が無く、ごつごつとしていて硬い。骨の形が、わかりやすく伝わるシンプルな体。

特に強い傷が視えるのは心の働きに関与する心臓と、それから腹部。

まるで出産後の女性の子宮の疲労や傷つきのような、腹部に広がるのは不自然な変色さだった。

子宮など無いはずなのにこれは。
一体どんな残虐な虐げや拷問に遭わされたのか、想像でしか測れないが、想像の範囲を優に超える。

「だめだ、手から伝うだけでは全然足りない」

定児から反響される影響が思わしくない。

青森は躊躇せず、定児が着せられているポリエステル素材の患者衣の前を開かせ、肌に直接触り送ることにした。

定児の体温がなまめかしく青森にも伝達されてきた。


背後から抱き締める形になり、心臓とお腹の上に直接左右の手を当て、エネルギーを送り込んでいく。


「う……うああっ!!」

途中、定児が恐怖を感じる声色で震え身を捩り、青森から離れようと激しく動いた。

「定児君、大丈夫!大丈夫ですよ、私ですよ~」


定児の額と目元を落ち着けるように手のひらで暗く覆う。

「こ、怖い………」

定児の唇はガタガタと震えていた。
自分の肌に触れる、男の体の感触が怖いのだろうか。
それとも何かされると恐怖が蘇ってきたのか。

「うっ!う!」尚も定児は暴れる。

離れようか、と一瞬迷ったが、青森は定児をぎゅっと抱きしめることにした。

「こうしてるだけで何もしないからねぇ……定児くん、安心してください…………」

言葉の抑揚にも慎重になり、青森は定児の首元から告げた。
そのまま暖かいエネルギーを送ろうとしているのだが、突然青森にも思いもかけなかった定児の行動が発生した。


定児のほうから青森の体の側に向いて青森の唇に自らの唇を押し当てて来たのだ。


「んぶっ!?」


青森は目がチカチカする。

男にキスされるなんて経験はある筈もないし、それが定児相手なら、より、思ってもみない出来事だ。
慌てて引き剥がし、両肩を掴んで、自分と定児の間に、間を空ける。


「定児くん!」


見ると、定児の息は荒く、目は焦点が合ってはいない。油汗ははなはだしく流れている。肩は小刻みにプルプル震えているままだ。
自分でも何をしているかが分かってはいないようだ。

「…………!!」

寄り添っていた体を動かそうと足を移動させた時、膝が硬い何かに当たり、青森はとっさに頬を赤らめた。
瞬時に足を引っ込めたが、当たった硬い感触は、定児の血が集まった上を向く陰茎だった。勃っている。

(…………これは……、どうしよう)

焦った。
定児のオーラに映るのは、恐怖、混乱、……エキサイトする興奮、が、入り混じったもの。
確かに網の目状の肉欲が、混沌とする精神に脈動し浮かんでいる。
快楽の異様な高揚は、彼の破壊寸前の心を守るためかもしれない。
隙間を空けたのにも関わらず、定児は青森にしがみついてくる。

「……うっ……うぅっ!……ううっ……う、ううっ!!…………」

青森の胸に埋もれ、定児は涙を流していた。

心を透視して見る。
男としての尊厳を奪われた涙。

「……うぅうっ!……うぅ……う!…………うぅぅ、ううっ!……う…………っ」

一連の餓鬼孕み術によって、やはり定児の男としての尊厳は崩壊していたのだ。
青森にそこまで深くの詳細は読み取れないが、彼の男としての尊厳が傷ついている男泣きは分かった。

心細い肩の震えに、気持ちが動かされてしまう。

それならば、と、先程押し当てられた唇を、今度は自分から押し当て、口を通して癒しの気を送り込んだ。息を送り込む様に、彼の肺、胃、それから広がる五臓六腑に気を送る。全身の経路を伝い、体中を循環する様に。暖かい春の息吹が、定児の中を枝葉を伸ばして廻る。





定児の二つの臀筋肉の間を、熱くハリある海綿体が割って押し入った。

「あ……ヒっ……ぃ……!!」

定児のそこは、大きなものが突立てられ、出て行くのに慣れている感触をしているのが#労__いたわ__#しい。初対面の、後ろの性交を知らない、晴れ晴れとした、曇りない少年だった頃の定児の姿を懐かしんでしまう。
こんなに陰の猥らな記憶を体に吸い込み染み付かせた定児は、まるで体内に淫欲蟲を飼っているよう。ざわついた蠢きの欲気が、男性器を包む。
抽送は繰り返され、根元まで飲み込んではすぐに抜け出す。
腸から発する僅かな分泌と、先端から生ずる弱アルカリ性の液、互いの粘液が混じり合う。
子犬みたいにひんひん言う定児の背を抱き、さすりながら繰り返し抜いては送る。
奥に到達する度に、定児は反射的に首を引き攣らす。
男を抱くなんて初めてだが、挿入された時の体の反応は女とそんなに変わらないんだなと、青森は思った。

「ぅ……、ううはっ!」

着物の白い上衣だけを前を明かしながら着ている青森の胴に、懸命にしがみつきながら、段々声が変わっていく。
既に治療衣は脱ぎ捨てられ、一糸纏わない。
赤く熟れた窄まりがピチッと開いて、男の性器を自由に出入りさせている。

「ひくっ……うはあっ……」

動きが強さを増す度に、青森を求める熱を、声と腕のしがみつく力に表していく。
自分への動きの、更なる激化を招くよう。

定児との接合から伝わる気持ち良さの震動に、青森も次第に捕らえられていく。

定児の淫欲の表示も、血が集中し、青緑の血管を浮かせ限界まで反り返っている。
青森の手にVラインの股関節や尻を撫でられながら、奥へ奥へと突立てられてゆく。

「うはぁっ……くはぁっ……う……はっ……ん……」

青森の自身が、速く動き回る。段階を分け、深くまで堀りつらぬく。
これまでの過程によって、すっかり男根と慣れ親しんだ定児の後孔は、収縮をもって、自分を掘るものを味わっている。

「……んはぉ……んはぁっ……ンああっ!!」

定児は足を広く開脚し、脛を伸ばし、完全に青森の男性器を受け入れている。

「く……んっ!んっお!うんああっ!」

青森自身の#這入__はい__#いりに従い臍の位置が動いて、上半身が持ち上がる。

動きながら、定児の魂が修復されていくのが視える。
魂のひび割れが補修され、めくれ落ちが戻り帰り、変形も剥落(はくらく)も元に戻っていく。
剥がれ落ちて隙間の空きそうだった部分に、いたわりの風が吹き、何も漏らさないよう埋め込んでいく。
刃毀れ(はこぼれ)、波打ちザラザラとした痛められた心が、円滑な丸みを帯び、表面がなだらかになっていく。

「んふっ!んふっ!んううっ!」

男根がぶち当たる度、背を掴む定児の力が益々強まる。


「ァ、アお!……もり……!……さァん、ンンンん…………!」


淫らに貫かれている内に、段々正気が蘇ってきたようだ。
少し肌寒い室温の病室中を、熱い淫らな呼気が迫る。

定児の肉の中に潜り込み、滑る都度に、青森の粘膜から浸透する快感。
10代の鮮やかな男の体臭に包まれながら、青森は得られる快感に添うまま、腰から下を休まず前進させ、定児の屹立が、浮き出た血管と共にピクピクと攣縮(れんしゅく)し、どんどん足を広げ昂りを訴えた。

開かれた足の間の陰茎の下の後孔を何度も、何度も、陰茎と睾丸に休まずぶたれ、定児の体中の快感の点線と点線とが接続され、脳髄めがけて走る。


「ふァうあっ!!い゛っ!!…………っくゥ~~~~!!」



深奥に来て大きく痙攣し、定児は目を閉じて息を吐き達した。同時に青森の精を身の内に浴びる。
堰(せき)を切った乳液が、先端から溢れ落ちて止まらない。
治癒の気を送られながらの交わりは、通常より高い快楽を定児の身に送り込む。
当然、定児は強い快楽に達するなり、足を開いたまま失神した。
青森は定児の達する様子を、顔色を変えず、ただ汗の粒を額に浮かばして、流れ落ちる玉を首筋に伝わせながら見ていた。
抜き取られた後の開いた孔は青森の体液を零しながら、収縮を数度繰り返し、再び閉口した。



終わると、青森は定児の記憶から、さっきまでの一連の行為全ての記憶を消した。




金龍は意識不明の重体の状態が依然続いていた。人工呼吸器をつけられ、目覚めない金龍の顔を、定児はICUのガラス越しに見つめる。
侵入は許されず、バタバタと慌ただしく医者や看護師が双方の部屋を行き交うのと、金龍の血色の悪い表情を、定児は黙って見比べるように違い違いに見つめ、その顔は何かを考え、眼差しの色彩は強く、黒い瞳が覚悟を決めていた。


淫印の効果は全く消えた。
もしかして餓鬼孕みの術と、術の効果が相殺しあって消えたのかな?
ホラ、ウィルスバスターと他のウィルスセキュリティソフトが、一つのマシンの中で互いに干渉しあい働かなくなるように。
反動か知らないが今の俺はかなりの賢者だ。
もうエロい攻撃には惑わされない!



俺は青森神主のおかげで、嘘みたいにカラッカラに元気だ。
あの晩顔に「いたかったよ」「信じられる?すんごくいたかったよ」「機洞は鬼」と書かれてある、病院のベッドに横たわる満身創痍の自分に、神主が全力を振り絞ってかけてくれたヒーリング。
随分酷い目に遭わされた記憶が本来植え付いてある筈なのに、特に思い返して「ウアァーッ」となるようなことも無ければ、落ち込んだりもしない。
機洞ビルの出来事は、何があったのかちゃんと記憶にあるけれど、かなり昔の出来事のように心に刻まれた印象が遠のき、アルバムの思い出のように薄れている。


それにしても、金龍さんを重体にし、学校を襲い、俺へ仲間になれと誘い叶わぬと餓鬼孕みの術を使って拷問した機洞、許せねぇー!

徹底的に決着を付けよう。




病院のロビーを抜け院外に出ると、そこにはひもろぎ、渉流の両人が、俺を待ち受けて立っていた。
ひもろぎがスカートをひらめかせ、何事にも怯まない瞳を持ち、俺の元に近寄ってきた。
「定児サン、奴の居場所なら、わかるよ。もう、全然隠してない。
「早く俺の元へこい」とばかりにヤツでしかない強烈な気を放っている。
狼煙のように、天まで滾らせて。
居場所を知らせて、待ち受けている」

「それが機洞はどこにいると思う?」

渉流はニヤリと笑う表情で、アガベ・ユタエンシス・エボリスピナの極棘のように、視界に映っていると錯覚するくらいの尖る怒気のシャドウを全身から燃え立たせ、眉を寄せ、忌々しさを含めての一言を放った。
怒りが一周回っての不穏な笑みだ。


「吐黒山、にいやがるぜ」


一陣の風が三人の立っている場所を洗うように突如吹き上げる。


いつかの機洞との美戸裏神社の御神木の下での会話が、風によって揺らされた木々のざわめきと共に思い返された。


「この町はね……恐ろしい町ですよ……


呪われている清町市ですよ……


特に怨霊ポイントと呼べる場所が二点ある……


吐黒山と君の通う学校……」


ざわざわと風が歌うように、機洞の声も俺の脳裏をさぁーっと通り抜け吹き渡る。


「清町市最後の封印を、解くつもりなのか……あいつ……」








山の結界が破られた。
真悳神社の中に座る青森は既に察知していた。

特に金龍と自分とで二人で張っていた、最清寺と真悳神社の代表だけに、代々継承されてきた山の結界だ。

金龍不在のまま、自分一人だけで機洞との攻防に耐えながら維持できる結界だと自信があったわけではない。

それにしても魔多羅の力は恐ろしいものよ。
青森は前回の封印が解き放たれた社樹学園の姿を思い返した。

あの時は定児の長屋大王の力が初めて解放され、発動され、学校を埋め尽くした怨気は跡形も無く一つ残らず消えたが、今回も同じように現象は無事踏襲するだろうか?

長屋大王だって、怨霊。怨霊の王。
本来は人間の消滅を願ってるんじゃないですかねぇ。
神の力を帯びる者があらゆる人を滅ぼさんとし、それを怨霊の長の力を借りて討とうなど。

青森は皮肉めいたおかしさが心に急にふってわいたが、気を取り直して、今はどうするべきなのか、に意識を前に向けた。



ヤツは金龍や青森でさえも侵入を禁じられて封じられている、吐黒山の山の隠し戸の中にいる!


神社や寺があるこちらとは逆方向の、反対側の山に隠されている、立ち入り禁止の吐黒山の神秘なる洞穴。

古代の儁才(しゅんさい)の器である大祖が礎を築いた結界により、複雑な、寄木細工のような、手品のような防壁が幾重にも張り巡らされ、常人はおろかそこらの秀でた霊能力者の目にも決して届かない入り口を。

容易く破り果てた機洞め。


青森は白衣の袖を勢いよく翻し、目の前にある神鏡に向い何がしかの力を受け取る。









人も寝入る夜の0時。


力を集中させたそれぞれの能力者達の姿は、闇に紛れたように、何の抵抗も受けず、妨げなく吐黒山の誰も入り込めなかった禁忌なる神域の前へと歓迎されるように辿り着いた。

後ろの森は妖気を帯びて笑う。
既に結界が破られた影響が、顔を出し、いつもの吐黒山を変え始めている。






ここを開ければここから先は、人間の住むこの世ではない。












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