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陰陽術鬼!⑧

猪狩先生と連れ立って歩いている。
これまでの経緯を簡単にだが説明した。

「青森神主か。あそこの人は神道といってもほぼ陰陽道でしょうね」

「まさか猪狩先生がそんなにそっち方面にかけて詳しいなんて全然思いませんでした」


「私の両親も昔とある神社をやっていました。今は両親亡くなりましたし、その神社も寂れて宅地造成のため取り壊されましたが。今は中学生の妹とアパートで二人暮らしです」

「じゃあ、先生は一人で妹さんを養ってるんですね」

人通りのない通学路だ。

急に猪狩先生は煙たそうな顔つきをして立ち止まる。


「………………あそこに怪しい者がいます、定児君」


目を凝らすと浮かんでくる、双つの影。
双子?
人魂のように炎のような揺らめく黒い波動が登っている。


「我々に対して強い邪気を放ってます。このままだと襲ってくる。何もしないと取り憑かれる。定児君は戦える?」


俺の返事を待たずに、双子霊は襲ってきた。


先生は詠唱している。

「極めて汚なきも

滞(とどこおり)無ければ穢れなきとはあらじ

内外の玉垣(たまがき)清浄くきよしと申まをす

一切清浄(いっさいせいじょう)の祓い!

ひふみよいむなやここのたり、ふるえゆらゆらと、ゆらゆらとふるえ!」


双子霊の一方が俺に向かう。

俺は素早く札を懐から取り出し放った。


「食らえ!」


猪狩先生と俺の相撃で、双子霊はあっけなく消滅した。


「危なかったね」

「一体なんなんすかね」

息をつく二人。


だが背後から双子霊は再生していた。
双子霊は一方が倒されても一方さえまだ妖力が残っていたら、二人とも再生可能らしい。
多分仕留め残したのは俺だ!


「糸繰金棺飛遊(いとくりきんかんひゆう)!」


振り向くと金色の小さい棺が一つ浮かんで棺の蓋が開いている。
そこから金色の糸が発射されて再生した双子霊を縛り付けている。
まるでカンダタの蜘蛛の糸のようなお釈迦様が伸ばす糸みたいだ。

「唐操金棺飛遊(からくりきんかんひゆう)!」

唱え主は両腕を交差し、まるで見えないハープを弾くような不思議な動作をする。

そのまま光の糸は唱え主の動きに連動し蜘蛛の糸のようにがんじがらめにしていく。

「猪狩先生!定児!何やってるんだ!!」

渉流だった。



「雷剛杵(らいごうしょ)!」


渉流の手から発せられた雷のようなエネルギーによって、双子霊は二体とも、一気に完全に消滅した。


駄目だ、……渉流を越えられる気が、永遠に俺にはしない。
化け物に遭遇する度、素直に渉流の後ろに隠れていたい。
渉流!カッコイイ!
俺の気分は単なる一ファンになった。
ふるえたね。













俺と、先生と、途中から合流した渉流の三人は、日が落ちる前に先生のアパートに到着した。

アパートは綺麗な白い外観で、二階建ての建物。
先生達の部屋は広さ2DKほどであるらしい。


先生に続いて中に入ると、生活感漂うインテリアが目に映る。

「奥の部屋に妹は寝ています」


俺と渉流は顔を見合せ頷きあい、奥の扉を開ける。

ベッドに寝かされている少女がいた。

妹のひもろぎは、ショートカットの髪に、青色のパジャマを着ている。
チェック柄の寝具も、小花柄が散りばめられた室内も、実に年頃の女性らしい雰囲気だ。


おもむろに猪狩が妹のパジャマを脱がせる。


「うわっちょ!先生!」

慌てる俺に、動揺せず険しく見つめたままの渉流。


猪狩はひもろぎの喉元から肩までの肌を俺達に見せた。

それは腐敗して灰色や茶や赤黒くに変色している肌だ。
爛れ粘つく糸を引いている。

「く、腐ってる」

ベッドから離れている俺達の距離にまでツンとした臭いが漂ってきた。


「腕の一部と、足の一部もだ。医者もお手上げだ。薬も何も効きゃしない。これは霊障だからね」


「先生、このことは最清寺の人間や真悳神社の人間に知らせていいかい?」

渉流が落ち着き払って聞く。猪狩は頷いた。


「妹はね、私以上の能力者なんだよ。幼い頃からどんな禍々しい妖魔も祓えた強気な娘。妹はあの晩、何かと出会い、そして対決したんだ。恐らく学園長を殺した人間と同じ相手」

「学園長だけじゃないな。この町を恐怖の渦に巻き込んでいる諸悪の根源、だ」

渉流が、震えた声の猪狩に被せて返した。


「妹の神力は全て吸いとられている。このまま目覚めないかもしれない。そして置き土産のように残されたこの呪いが、いつか妹の体全体を包むかも……」

「そうならないように、青森神主と金龍和尚にも見てもらいましょう!」

俺も励ますように言った。


猪狩はこちらを見て不安な眼の色で小さく微笑むとこう言った。

「妹が目覚めたら、一体どんな術者と戦ったのか、少しは正体のヒントが知れる筈だよ…………。なあ、ひもろぎ。教えてくれ。おまえはどんなやつに………」

そう言って猪狩は眠る妹の頬を撫で下ろした。









猪狩の妹は最清寺へ預けられた。
そこで真悳神社関係者と協力しあい、治癒の祈祷を毎日行うようだ。


そういえば清町には気になる場所がある。
最清寺のある吐黒山の対角線上にある真反対の山、白三祢山(しらみねやま)。
その白三祢山近くにある美戸履(みどり)神社だ。

今日は日曜だし、学校も何もない。
修行も今日はお休みして、美戸履神社に向かってみようか。

朝歯磨きをしながらそんなことを考え、すぐさま支度をし実行に移す。

「あらどこいくの?」

「白三祢山!」

「遅くならないよう帰ってきてよ。母さん達も渉流君や本家から夜はあまり出歩かないようにと言われてるんだから」

「わかった!」


玄関先で母さんに話しかけられたが生返事で返してスニーカーに履き替えさっさと家を出た。


同じ市内だがやはり電車を使ったほうが早い。
電車を使った。

ガタンゴトン揺られながら窓の景色を見てみる。平穏でのどかな住宅街の屋根の連なり、奥に構えるビル群。先進的な変化等ちっとも押し寄せていない昔から代わり映えの見られ無い地方都市。
だが自分の中の制限を和尚達によってゆるやかに解除された最近の俺には確かにわかった。この風景に、底知れない暗黒が空気の中に息を潜めじっと隠れ住んでいると。
街の吐息は二重になっている。人間のものと、魍魎妖魔悪鬼と……………。




美戸履神社についた。真悳神社と同じくらい規模の大きい神社だ。なのに何故かガランとしている。人っ子一人いない。お守りを売るような社務所も開いていない。

美戸履神社の神木の下に見覚えのある黒髪の背の高い人物がいた。
近寄ると向こうもこちらに気付いた。

「ああ、奇遇ですね」

「こんにちわ、こないだはありがとう」

機洞青年だった。前回の救済の謝辞を開口一番述べる。
何か棒読み的な感謝になっちゃった気もするが。


機洞は腕を組みながらこちらを見ている。

「ジャーナリスト、って言ったよね。機洞さんはどれ程のことについて知ってるんですか?この街の……」
「どれほどって?」
「つまり……、この街で沢山の人が謎に死んでるって知ってる?」

機洞はなんだそんなことかとばかりに「ジャーナリストの端くれなら今その事件を知らない人はいないよ」と軽く笑って答えた。


「原因について調べて何かわかりますか?」


「原因………私なりの見解でいいかい?」「はい」「怨霊だよ」

わっ

いきなりド直球に返ってきたが、そうだな、機洞さんは前回のあれでわかる通り、霊能力者だもんな。


「この市はね………恐ろしい場所ですよ。この市全体が墓場だ。どこにいっても、大量の人がおぞましい無念死を遂げている土地柄だ。呪われている清町市ですよ。特に怨霊ポイントと呼べる場所が二点ある。吐黒山と君の通う学校。社樹学園。君達の学校は正に墓穴の上に建つ学校だよ。戦だけじゃないですね。怨霊によって沢山の人が殺され、都より外れたここに埋葬されている。奴婢も沢山殺されて埋められている。生け贄の人柱も、沢山………」


「ちょっと待ってください。吐黒山は俺もよく行きますけど、パワースポット?と呼べるくらい神聖な空気のする、とっても清々しい場所ですよ!」


渉流御墨付きのね。NO霊能時代の俺だって、あそこにいくと、自分が浄化されるような爽やかで清浄な空気に包まれ、気持ちが良かったものだ。まさに空気清浄山。

男はボトムの両ポケットに両腕を突っ込み笑った。

「フッ。ええ封印されてますね。吐黒山は封印の結界が張られている。余程腕の立つ法士がいると見える。よく考えて下さいよ、吐黒山という名前の由来…………、元々は人壠山(とぐろさん)。人は人間、壠(ぐろ)は積み重ね。つまり人間の死体が沢山積まれていた山ですからね、あそこは」


ゾクッとした。
腕の立つ法士という言葉で、和尚や神主の顔が浮かぶ。
彼らはこの街で一番どす黒い場所を一番綺麗な場所にしていたのか。

「多分ね、一連の事件は、街の封印がどこかで綻び、この街に眠る怨霊が少しずつ目覚めはじめたことで引き起こしてるんですよ。自分達だけの街にするためにね」


顎に指をあてながら機洞は自論を語る。

「皮肉ですね。こんな町が「清」町だなんて。きっと後世の人が反対の意味を名前に用いることで、魔を祓おうとしたんだろうな。それも一つのまじないだ」

この街で育ったが、そんな経緯があるだなんて全然知らなかった。

「君の学校の下も、恐ろしい怨霊どもが眠っていますよ。
なかなかに興味深い街だ。しばらくウィークリーマンションを借り続け滞在するつもりです。じゃあ仕事があるんで、これで」


男は立ち去った。














………………定児が男と話している同時刻。


光の共鳴教教主飯塚稲荷のマンションにあるオフィスの中には沢山の信者が集まっていた。
皆揃って膝立ちをして、合唱のように経文を唱えている。
その中の一人に森野芳太郎がいた。

森野は一心不乱に自分の頭上に手を合わせ、どこを見てるのか定まっていない目付きで、読経に参加していた。


次第に口元の端から泡がブクブクと吹き出し、膝はガクガクと笑い震え、読経の声がブルブルと恐ろしくブレていく。

エクトプラズムのように森野の口から何か白い煙が抜けた、と同時に、彼は白目を剥いて昏倒した。

他の信者も同様に倒れている。

信者達から出た煙は稲荷の元ひとところに集められ、稲荷の体に吸い込まれていった。








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