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陰陽術鬼!⑨


猪狩の妹ひもろぎの裸がそこにあった。

護摩の炎がミリからミクロの火の粉を散らして炊かれ時折爆発するようにパチと弾ける。護摩祈願堂のうす暗い室内に、数人の僧侶と数人の神主、そして巫女が並んでいた。

読経と祝詞が共に響く中、金龍と青森は眠れる少女のすぐ側に立ち、手を翳してエネルギーを送り込んでいる。

すると腐ったような胸元の肌の範囲が少しずつだが縮小し、元の綺麗で正常な肌の面積が広がった。


青森は額から流れる汗を片腕の白衣の袖で拭う。
「これでいい。霊障は魂の外傷。魂が治癒すれば体も魂に伴う。少しずつしか進められませんが、確実に治して目覚めさせましょうねぇ」

それにしても、と青森は一息つく。
こないだ逃した警察官を操った人間の正体がふと頭をチラつく。一通り表を巡回しても、操り手の気配はとんと静寂の闇に静まり返り消えていた。
いち早く術が破られたのを察知して素早く退散したらしい。
あれは学園長を襲った犯人と関係があるのか、無いのか…………。







「あれ?今日森野休み?」
登校すると森野が欠席していた。前山は「先生から聞いたけど体調不良みたい」と答える。

ふぅん ……ズル休みかな?



授業を終え生徒達のテンションが一斉に上がる午後。隣のクラスから渉流が俺のクラスまで来た。

「ちょっといいか?」


クラスの女子どもがキャアと騒ぎどよめく。渉流はクラスや学年を超えて、この学校全体の女に人気があるからだ。


非常階段で二人、ポケットに手をつっこみながら立ち話をする。



渉流は最清寺に預けられたひもろぎが順調に回復していると伝えられたこと等を俺に報告し、俺は森野がハマってる光の共鳴教の教祖や小鬼の話、最近出会ったジャーナリストの話や、美戸履神社が何だか気になること等を情報交換した。

「ジャーナリストか……そいつ怪しいな」

当然口移しの救助の話は俺の名誉のために伏せてある。

「何だかいい人っぽいんだけどね。魍魎にやられそうになったとこを助けてくれたし。今日も美戸履神社に行ってみようと思うんだ、これから。何だか妙に……」


「気になるか。………じゃあ俺も一緒に行くか?」


「いや!いい!渉流は渉流で動いてくれ。手分けしてこの事件を探りたい」

渉流は不本意のように眉をしかめ釣り上げ、俺を睨みつける。

「大丈夫かよお前、……………へっぽこだし何かあったら遅ぇだろが」


「ああ!そんな風に思われてたんだね!俺は!従兄弟に!!」


渉流はチッと舌打ち不機嫌そうに俺に向き直って壁を手で叩く。

「あのなぁ!俺は一応お前を守る柏木の任があるんだぜ。定児に万が一があったら俺の役目は一体なんなんだ?」

半分冗談で言ったつもりなのにマジで切れられた。
本気で心配されているのはわかるが、俺の何がしかのプライドが傷ついている。俺は女のヒロインじゃないのだから。

「と~~~にかく!一人で行ってみるからじゃあな!」


言い放つと渉流の脇をくぐり抜け走って去った。




…………早速白三祢山にある美戸履神社に来てみた。
平日だというのに相変わらず人の気配がしない。
なんだ?どこかにしばらく臨時休業しますとか、旅行に行きますなどとでも書かれた貼り紙でも貼ってあるというのだろうか?


そばに神社の母屋と見られる家があるので、思い切ってインターホンを押してみた。

が、誰も出ない。

社務所もシャッターは固く閉まっている。



しばらく敷地内をよじのぼったり窓を覗こうとしたりしてグルグル探ってみたが、唐突に背後から気配なく声をかけられた。
「泥棒かね?」


ビクッとしながら振り返ると、そこにあの教祖飯塚稲荷が立っていた。













たくっ。なんだ、あいつ……。


やってられないとばかりに自分の右手で頭をかきむしった。
「渉流君、今帰りですか」
「渉流君、一緒に帰ろー」
先生やクラスの女達が次々に呼び掛けてくるが、返事代わりにそのどれもに右手を上げてそのまま通り過ぎる。
常に万事が万事こんな対応をするからだろうか、昔から人はやたらに俺に話しかけようとする。


へっぽこでへたれでヤワで、子供の頃から自分勝手な突っ走った単独行動を取りがちの俺の従兄弟は、俺から逃げるように消えちまった。

ガキの頃はああして勝手に何かやる度下手うって、泣いて、結局は自分がいつも何とかしてやったものだ。

 
人の群れをかき分けて俺は校舎を抜けた。

定児はちょっと放っておくか。

猪狩の妹の様子を見に山へ行くか、と丁度公園を抜けようとしたところだ。
妙な気配を感じる公園だ。無意識に身体中の気の警戒が高まる。


「そこの格好いいお兄さぁー…ん……」


粘りつくような耳触りの声が聞こえた。



「あなた、とんでもない変態ね。幼い頃から一緒に過ごしてきてた、まるで弟のような存在を、心の底では好きだなんてさ」


「ハ?」半笑いで主のわからぬ声に聞き返す。



「自分で気付いてないの?鈍感くーん。フゥーン、子供の頃からの守ってやりたい使命感や情愛感が、いつしか思春期の多感な感情や性的衝動と絡まって、恋愛に近い感情へと昇華されちゃった感じなのかしらぁん」




俺は鞄を足元に放り投げた。


「テメぇ……、何だかわかんねぇーけど俺の心を読んでるな…………?」



キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!!!!


突然打って変わった激しい笑い声が公園中に響いた。
気配から間違いない、人間では無い。



「出てこい、即地獄に送ってやるぜ」


俺は両手で合気道の手刀の構えを取った。




「出てこないなら………」


感覚を研ぎ澄ませ、目を瞑る。
すると空間に漂う流れの歪みの異相をより強くつかみ取ることが出来る。


「そこだ!……雷剛杵!!」


落雷したような音と衝撃が響いて、敵さんがとうとう姿を現した。


女だ。口が裂けたように大きい。



「ふふふ………私は見鬼姫(けんきき)!!!!」


そういうなりほぼ顔の下半分が口であるかのように一気に裂けた。口裂け女か。



向かって大きな口で噛みついてきた女をかわしカウンターで蹴りをくらわせる。人間であれば一発で顎を砕ける一撃だ。


「魍魎か、散らしてやろう!雷剛杵!」

近距離で波動を打ち込む。


女は蹴られた体勢を取り戻すなりふっと消えた。
雷剛杵がスカッと空振りに終わる。



「キャハッこの街の人間はもう終わりだよ……もうすぐ……」


最後の言葉だけを微かに響かせて。
もうすぐ?
地に落ちたカバンをパンパンはたきながら、魍魎の消えたほうを睨んで反芻した。

「もうすぐ何が起こる」





「あなたは………」


「この前祈祷を頼んだ森野君のお友達ですかな。覚えてますよ。あんた私の小鬼が視えていたからね」


間違いなくこいつは、あの光の共鳴教とやらのインチキ臭い教祖だ。こないだとは打って変わって、今日は宗教っぽい法衣を着用した格好をしている。
気を取り直して俺は尋ねる。

「ど、どうしてここに?」



「ここは私の敷地です。譲渡されたんですよ、神社も、土地も、裏の白三弥山の権利書類も一式、ここの神主一家からね」


「えっそれで神主の一家はどうしたんですか?」


「引っ越したらしいですよ、こないだ一家揃って」


「どこへ?」


「さあ」


飯塚稲荷は肩を竦める。

背筋がゾクリとする。

この教祖は、体中から自分を威圧するような気を放っている。それに俺の中の警戒の鐘がさっきからガランガラン鳴っている。まるで火事を知らせる半鐘のように。

早くこの男の前から立ち去らないと、取り返しのつかないことになるぞ、と。



「はは……そうですか。じゃあ俺はこれで」

「君もたまには私達の本部に来てくださいよ、森野君は毎日来てますよ」


はぁ─────!?森野はいつからそんなズブズブになってたんだ!??

「機会があれば───!」


俺は脱兎のように駆け足で逃げた。













「そうですか……けんきき、という魍魎」


「倒し損ねました」


ムッツリとした顔で不本意そうに、渉流は金龍に答える。

「渉流君でもスムーズに行かなかったんですねぇ」

パラパラと文献らしき物を調べながら青森が言う。

最清寺の境内である。涼しい風が、開放された境内を吹き抜け、三人を時折内輪のように扇いでいる。

金龍は告げる。

「渉流君、今回の呪詛殺人、この街で思い当たる一族が浮かんできましたよ。#諸宮__もろみや__#一族」


「諸宮一族!」

渉流の眼光が鋭く走る。


「ええ。ただし諸宮の一族は既に全員亡くなっています」


金龍の話によると、清町市には、この国の政治中枢にまで名を轟かせるほどの呪詛に強い一族がいた。
その一族は集団、一つの宗教団体と呼べるもので、血族の家族以外に多数の信者達と共に生活をしていた。
呪詛と呪詛返しに定評があり、そこには日々政敵打倒を願う政治家や会社成長を願う企業家が足繁く通うほどだった。
それが諸宮一族だった。
元々他の地域に定住していた諸宮一族は、とある議員の申し出でこの清町市に総出で移り住んできた。
この街はどんな企業も栄えない。街全体が衰退している。発展の遅れた田舎都市だと、諸宮一族を優待して招いたのだ。
諸宮のところに足繁く通った議員や企業主はあまねく成長し、出世をした。
諸宮の力を借りて誰しも一角の人間になる。
その一族の一人の子供は、どんな大人やそこらの術者をも遥かに凌ぐ甚大な力を持っていた。
諸宮の力はその子供の力といっても過言ではない。
生きている人を一瞬にして腐らせるほどの強い呪力。
そこまでの強大な禍々しい力は、人に不信と恐れを抱かせるのだろうか。
ある日、諸宮の面々が住んでいた建物は大火事を起こし焼かれてしまった。
もちろん中の居住者に生き残りなど誰一人居なかった。諸宮の家族も、信者も。
建物の出入り口や窓は不自然に塞がれていた。
このことから、諸宮と揉めたお偉いさんの顧客達の嫌がらせや報復ではないかと噂された。
警察が不自然な点があるにも関わらずろくな捜査をせずすぐに打ち切ったことにも、人の疑いの噂に拍車をかけた。
しかし、年月が過ぎれば街の人間は諸宮なんて名前すら、記憶の底に薄れていった。





「力を持った子供の名前は、諸宮#修聖__しゅうせい__#。父親の名は諸宮#花涼__かりょう__#。この事件と何らかの関わりがありそうです」


青森はひらめいたような顔をしてニコニコ笑った。


「それじゃあ!諸宮修聖をあの世から口寄せして話を聞いてみることに致しますか」







……しばらくして。仏像の並ぶ本堂に場所を直した青森、金龍、渉流の三人は、諸宮一族の霊を呼び出してみることにした。


「私が口寄せますので、お二人にはいざという時の抑えの役割を担って貰いたい。霊の怨念が余りにも強力過ぎる場合、私が体を乗っ取られる事態も充分有り得ますので………。ま、お釈迦様の仏像やらが睨みを聞かせて見守ってるここなら大丈夫でしょうけどぉ」

青森は二人の顔を見渡しそう答えた。


「承知した」
「わかりました」


青森は神妙に手を合わせる。
「まずは諸宮修聖の父上から呼び出してみますか」


青森はそのまま頷くと経文を発する。口寄せの為の経文であろうか。トランス状態に入るためのような抑揚の無い長さが延々と続く。


青森の周りの空気がどんどん変わっていく。淀みのある空気へと。


濁った重々しい空気が渦を巻くように取り巻いていく。



青森の体の力がガク……抜けた。


金龍は「来たか」と呟く。




「あぁあぁあぁあぁあぁあぁあ」



それはいつもの青森の声ではなかった。





地の底から響くような怨霊のおどろおどろしい声。


金龍が尋ねる。


「お前は諸宮花涼か?」



「あぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあ」



怨霊は答えない。



「ニクキ・・・・・・ニクイ・・・・・ニクイ・・・・・ニクイ・・・・・」



「強い怨念ですね……」
渉流は呟いた。




「あぁあぁああぁあぁあああぁあぁあ……
ヒョウドウ……トリデ……ミヤマ………トクガワ…………タシロ…………」


「殺された人達の名前ですね……」
「たしろ?」

渉流と金龍和尚が怨霊の発話を慎重に判断する。


唐突に青森が唇を噛んで血を流し始めた。


「危ない、神主の体から霊を離します!仏のご加護あれ!」


そう言って金龍は青森の背中を長数珠で何回か力強く叩く。


「マーラよ、加護ありて去れ、降魔!」


しばらくすると周りの空気が変わった。


呼び寄せる前の穏やかな空気へと。



「あれは花涼でしたか?」
渉流が尋ねる。
青森は「ええ。そこらの低級霊とは重さが違う。凄まじい怨気だ。怨霊化している……」
息を荒く吐きながら答えた。

「俺もそう思います」
確認のため尋ねただけで、渉流もまた本人だという念の手応えを掴んでいたらしい。

和尚も頷き、唇の傷を拭き取るよう懐から茶巾を取り出し渡した。

自分の唇の端に滲む血を茶巾に押し当て移しながら青森は
「続けて、諸宮修聖の霊も喚び出しましょう」と睨んだ。



静けさを取り戻した空間で再度三人とも意識を集中する。青森の長い経文がまた唱えられる。


だが時間をかけても、ついぞ諸宮修聖の霊はその場に現れなかった。









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