陰陽術鬼!⑥
夜になった。
俺は喉が乾いて冷蔵庫を開けたが、母の作った麦茶しかなく、何となく自販機まで買いに出かけることにした。
一瞬、昼間の教師の警告が宙に浮かぶが、教師の妹と俺は違う、そんなかよわくないぞ、と振り切った。
今日の今日の忠告を軽く無視してしまうなんて。
それでも、大の男が近所の自販機まで外出出来ないのは何だかとても変だし、と玄関に向かって靴を履き変える。
近所の橋を渡ろうとしたところだ。
橋を越えると丁度自販機が三台並んでいる。
「#深追い__ふかお__#橋」という名称の橋だ。
橋に何かいる。
近付いてみると着物を来た……女だろうか。
背を向けて長すぎる黒髪を垂らしている。
何か異様な雰囲気がする。
背後まで近寄ってみた。
突然クルリと女が振り向いた。
顔がなかった。
いや、包帯でグルグル巻きだった。
避けるような大きな口だけ開いている。
そうだ、化け物に決まっている!異様な雰囲気を感じ取っておいて、俺はどうかしていた!
包帯女は青森神主の言う通り、正体を認識された俺に襲いかかって来た。
臨、兵、闘、者、皆、陳、列、在、前!
印を結ぶ。
だめだ!包帯女は俺の腕に噛みついてきた。
やはりこの魍魎に合う術のセレクトが重要らしい。
懐から霊符を取り出した。
文字ではない文様が描かれた霊符だ。
四神獣玄武の力が込められている。玄武は水の力だ。
霊符を波動の道に載せ化け物にあてる。
通常の物理法則じゃ理解できない移動の仕方だが、煽り風に吹かれるように女の化け物に向かって、吸い込まれるように化け物の身体に張り付いていく。
グゲゲッ
包帯女が頭を大きく左右に振っている。
これだけじゃ滅っせない。更に懐から水の霊符を取り出し投げ付ける。
グゲゲッ
包帯女が更に大きく頭をかぶりに振っている。
だが消える様子は無い。
まずい……だめだ!包帯女も最初より弱っているが今の俺の力じゃ三回の中では消滅させることが出来なかった。
もう一回だけ!
俺は札を使った。
包帯女はやっと消えた。
胸で息を撫で下ろしたが、唐突に俺の体全身が冷たくなってきた。
体に力が入らず、橋に倒れこんだ。
声が出せない。
金縛りのように指先も動かせない。
冬眠のように、急速に体が凍えてゆく。
これが、限界まで法力を使ってしまって起こる末路なのか……。
三回ルールがこんなに厳戒なものだったとは、甘く見ていた。
倒さずに退散すればよかったんだ。
目を閉じ、意識だけしか動かせなくなった俺の耳に足音が聞こえる。
慌てるでもない足音はそのまま近づいてきて
「おや、君はいつぞやの」
頭上で声がする。
この声はいつかの、学校前で話しかけられたジャーナリスト機洞連。
「どうしてこんな場所で寝てるのかな?」
そう言って俺の顔に手をかざす。
「ム…………、これは………………!」
「神力が…………弱っている…。……このままじゃ、死ぬぞ。いや、死なないでも…………」
機洞は何かを考えこんでいる様子。
俺のそばにかがむ気配がわかった。
「いいですか、私の神力を分けてあげます」
静かに息を吸い込む気配がする。
頬に冷たい手が触れた感触がした。
と同時に口と口があたる。
息を吹き込まれる。
いや、息だけじゃない。痺れるような浮遊感のあるエネルギーが送り込まれ……
「はぁっ!はぁっ!」
ゴホゴホと咳き込みながら起き上がる。
「君ねえ、自分の身の程は弁えて力を使ったほうがいいですよ。その分だと限界越して祓いましたね」
男は片ひざをついて眉を寄せながらこちらを見ている。
「あ、ありがとうっ……ごほっ…」
「名前、何て言うんでしたっけ?」
「かしわっぎ定児……!あの…社樹高っ…のっ…」
「霊査をしていたら、急に不穏な気を近くに感じたもので来てみたらね」
「霊…さ?」
「霊波を読んで土地を調査していた。でも面白い。定児君、君も私のように力を使えるのか。また何かあれば、取材させてくださいね。私はこれで」
そう言うと男はさっさと去っていった。
後には真夜中の冷たい風だけが残されていった。
やっぱりな。
俺の力って弱いんだな。
渉流みたいにいかねぇや。
俺は昨夜のあれでちっぽけな己の力を痛感し、今日一日同じことだけを考えてしまう。
はぁ~あ。
しっかし、神力送るってあんな口移ししかないのか……。
ただ今校内で学食を食べながら頬杖をついている。
スプーンを無駄に指で揺らしながら。
学校内を流れる噂で、森野と前山が付き合い始めた事実を今日耳にした。
とんでもないスピード発展だ。あれが小鬼の力なのか。
そこへ丁度食堂に森野本人が来たから俺は聞いてみることにした。
「お前前山と付き合ってるんだって?」
「えっもう知ってるのかよ、早いな」
「噂になってるぜ。一体どうしちゃったの、いきなり電撃交際じゃないか」
俺はおどけて聞いた。
「すっごいよな~あの飯塚稲荷先生のご祈祷!マジ効くよ~!!」
……先生まで付けちゃってさ。
「早速今日お礼しに行くつもりだよ。願望成就したらお礼は忘れないようにしないと、効果が消えるんだと!」
「やめとけって」
「一人でいくからさ~♪フンフンフフーン」
いぶかしがる俺をよそに森野は浮かれていた。
放課後になった。
昨日あれだけ自分の力に惨敗したんだ。早速修行に向かおう。
辺りは夕闇にさしかかっている。
急ぐため、学校近くの公園を通り抜けようとしたところだ。
この公園は、最初に化け物に教われた因縁の公園、「#荒稼生__あらかせぎ__#公園」という名前の公園だ。
「もしもーし、そこのお兄さん」
背後からついて回るように女が俺の後ろをつけている。
パッと見は若くて綺麗な女だが着物姿で風体が怪しい。
「私は易を売っているものです…占いですよ。たまにこの公園にスペース借りして、子供のママや昼休憩中のサラリーマンなんかを占ってるの」
確かに手には細長い竹串のような、易占いでよく見られる道具を持っている。
確か#筮竹__ぜいちく__#とかいったか。
「あなた……恋をしているわね……。誰かのことばかりを考えて、心を惹かれているわね、その人に」
そう言って俺の胸を人差し指でつついてきた。
「そんな人と、つい最近、ほんの少し前、出会ってしまったと出ているわ」
ジャラ……と手に持つ筮竹を鳴らせる。
「あら、恥ずかしがらないで。私に隠し事は無駄なの。言い訳しても無駄よ。あなた出会ってしまってはいけないほどの禁断の運命の相手に出会っちゃったのね。ほ………」
そう言ってキャハハハハとうるさいくらいにけたたましく笑って、女は公園の角を曲がり消えていった。
呆気に取り残される。
なんだよ、あの女は。占い師?ただの心のおかしな女にしか見えなかった。大口で笑う真っ赤な唇がやけに脳裏に焼き付いた。
……………………………………………………………………………。
清町にまたもや悲鳴が轟いた。
発見されたのは社樹学園の学園長だった。
その顔は、電話口で怯えるような笑い声のような声を出して震えていた、あの男である。
今度は生きながら人が腐る瞬間を目撃者も目にしていたし、学園の防犯カメラにもきちんと映っていた。
目撃者はショックで心神喪失のような状態になっている。
事件のあった学園長室前の大廊下にはテープが張り巡らされ、人型のマークがヒモで型どられ地に描かれている。
実況見分に意外な人物の姿が見えた。
青森薔山だ。
刑事や鑑識に取り囲まれていた。
「青森総代……、やはりこれは呪詛で間違いないのでしょうか」
警察はノートパソコンに防犯カメラの映像を繋いで青森に見せている。
「とても禍々しい気が渦巻いてますねぇ~……」
青森の映像を見詰める目は険しい。
青森は防犯カメラの腐り落ちる被害者の姿を指でモニター越しにトントンと叩いて言った。
「かなり強い怨霊が被害者に重なって見えます。こいつを使役してる呪詛使いがいるようですねぇ~……」
「青森総代、や最清寺の住職と同じ位の霊力の持ち主なんですか?」
青森は意味ありげに喉だけで笑った。
「んっふふふ……、ふふ……。それはどうでしょう………。私や和尚以上かもしれませんよぉ。この力………は…………!」
喉は笑っているが目は笑っていない。
真剣にモニターを睨んでいる。
刑事達はおののいた。
「では、この犯人と戦える人物はいるのですか?」
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