魂囚の館 〜白い異紙片〜②


「418体の霊がどうにかならない限り、帰ろうと屋敷から出て、あの森に入るのは大変危険な行脚になりましょう。せめて明日の夜が終わるまでは、屋敷から出ないことです」


執事はそう告げて出て行った。
部屋に一人きりになった。

誰かによって置かれたマリーゴールドの手折られた花は、窓を開き外の草むらへと投げ捨ててしまった。
窓を閉じ、今日は夜すら目に映らぬよう、鎧戸までもがらりと閉じる。

完全に部屋を閉じてやった。


今夜はもう、あの黒い単眼の魔物は忍び寄れまい。




こうして夕方になる前から部屋に籠ると、自分はまるでアルゴン(怠惰)の原生動物と化し、一切が手持ち無沙汰となる。
それか鉢の植物の様に、部屋に置かれて居るだけで、とんとやれることがない。




ふう……。退屈だ。吸い込む空気も、視覚的に気流の逃げ道が無い様は重苦しさを抱いてしまう。











そしてしばらくの時間が経った。
もう日も暮れる刻に差し掛かるあたりか。


結局何もすることがなく、ベッドから足を突き出しながら、空中を眺めぼんやりとだけしていた。



ガタ、ガタ、ガタン



窓が揺れている。
驚き、体を起こし、そちらを見る。
……風?



ガタンガタンガタンガタン



様子が違う。
風が鎧戸にぶつかっているのじゃなく、まるで誰かの太い両腕によって戸を揺さぶられている光景が頭に浮かぶ音だ。

「うわぁ!」

僕は怖くなって、布団を被りベッドの中に逃げ隠れた。



ガタンガタンガタンガタンガタン



その間も鎧戸を壊そうとするような推し入ろうとする音は聞こえ続けてくる。

震えてうずくまるしかなかった。



念仏を唱えたくなる。















………………………。




…………………………………。




………………………………………。







脚をさわさわと触る感覚がし、覚醒に導かれた。
どうやらあのまま怯えながら意識を消失したらしい。


ひんやりと肌を風が通り抜ける。
いつのまにか、下肢の衣服は足首にまで脱がされていた。


「ん゛ッッ!!!」


いきなり長い指が予告なくねじ込まれてきた。
うつ伏せに寝ていた僕の、天井に向けた尻の間に、突き破るように指が入り込んでいく。


どうやって部屋に入り込んだのか、きっと昨日と同じ、あの単眼の化け物だ。
怖くて目を開けられない。



「…………ンッっ、ンッっ!」


昨夜の様に緩徐な動きは見られない。
ゆうべ最後まで突き込みを遂げ拡げきったことに安心しているのか、初めから奥までねじ込まれている。
指の動きは瞬く内に激しくなる。
無遠慮なほどに突き入れられ、グリグリ弄ばれる。
そんな場所で感じるわけにはいかない。
だが気持ちとは裏腹に、僕の前の部分まで、後ろをいじくられる度様子がおかしく立ち上がりつつあるのがわかってしまった。

女性経験ならまだしも、あらぬ所だけを開発されるわけにはいかない。


「…………ンッぁア……っ!!」

指の動きはあまりにも容赦が無い。
ドライバーがネジを回し外す様に荒々しく指を突き回してくる。
前にそそり立つものを内側の後ろからダイレクトに押され、あまりにもな感覚に泣きそうになる。

どうせ濡らされもせずにまた入れようとする筈だ。
これから迫る苦痛の恐怖に怯えながら、這い上る炙り火の快感にも打ち震え、無造作に回される指をぎゅっと締めてしまう。


我慢していると、いつしか硬球の様に硬い溶鉄の槌が、下肢の間にぴたりとあてられるのがわかった。

「ぐっ……!ふぅっ……」


火のついた痛みを予感して目に涙が浮かぶ。

狙い定める無音。

次の瞬間、そいつは呼吸が止まるほど粗暴に押し入ってきた。

やはり痛い。焼けつく痛みを引き摺る場所に、また焼けつく痛みが新たに刻まれる。



のしかかられた重い体は、確かに硬い甲羅状に覆われている。
単眼の化け物は、どうしてそうまで僕めがけて狙い、後ろに入ろうとして来るのか。


「痛っッ……ふうンッ!あっ!あっかあァッ、あ!」


まったく滑りの悪いそこを強引に力で押し込み引き抜いている。


すぐに終わる様子などまったく無く、単純な動作を繰り返す。

めり込んでは下まで抜かれる。


「アッぁああっ」


痛いのに同じ動きを力強く繰り返されている内に、ヒリヒリと焼けつく中を引っかかっていくような快感が生まれ背中に広がってくる。



「あっくっ」




愛欲の塊の部分を直接鈍器にどつかれている様な快感は耐え難く、一度顔を出してしまった快感は有無を言わさず全身に波及する。


もう自分を抑えられず、目を閉じたまま、化け物の動きに身を任せきった。



「うンッ……あ……っ!!………ぅゥ、アっ!!」

「ぁア、んッ!!ああ!!」

「くっ、あ、ンッ!!あぁ!!」



駄目だ、飛んでしまう。呼吸が薄くなり血の気が引く。
これだけの大槌を体に埋められ、体の中を掘り起こされている。
長鍬(ながくわ)が、体内を押し寄せてくる。
異形の生命の男の化身を人間の男の僕が後孔によって受け入れている。
倒錯した快感が迫る。


「…………ぅぅウ! あァァ……!! あァァ……っ!!」

「ウッ…… ウッ…… あぁアア!!」

「あゥっ……はあぁ、ああアあッーーっ」


鳴き漏れる呼吸へと変わっていき、化け物は満足気に、更にこちらを追い詰める鳴動へと動きを変化させ、腹の底を震源地にする震動を味合わせた。


「ああっ  い、いく…………!っあぁーーー!」


音を大きく鳴らしながら掘り起こす化け物の動きが止まり、シャワータンクの精嚢から、自らの精子を引き上げ、こちらの体に送り込んでいるのがわかった。


……出されている……!頭に浮かび意識した途端に僕は、堪えられないとろとろとした白液を溢れ出させシーツに染み込ませた。






コト、が終わると僕はやっと目を開け、黒い塊である化け物を押しのけ、部屋を出ようと走った。
履いていたズボンをずり上げベルトを引き摺りながら、後ろを一回だけ振り向くと、不自然にも侵入経路である筈の窓は壊されておらず、開いてもいなかった。
そしてやはりベッドにはあの単眼の化け物が乗っていた。

勢いよくドアを閉めると廊下に出る。
部屋の真前には執事が置いたらしき、食事皿や水入れの乗せられたワゴンが置かれていたまんまだった。
扉の真前にあったそれに、足がぶつかりそうになり慌てて避けた。

廊下を走りながら横の窓を見ると

「!?」

驚き、ガラスに張り付いて外を見る。



暗くて良く分からないが……

真っ黒な風景の中に浮かび上がる白く長細い人の大きさのものが、何体も、何体も、屋敷を取り囲む様にしてぐるっと立ち、どれもがユラユラ体を揺らし立っている。
倒れそうで倒れない不自然な動き。

何……10体……いや、何100体。

数えきれないほどの白い人影にここは取り囲まれている。



冷や汗を垂らしながら、窓枠から離れ廊下を走り直す。

所々に彫像や鎧が飾られた、長く、道筋を誘導するための通路灯に照らされる薄暗い廊下。

息を走りながら駆け、廊下の曲がり角に差し掛かった。


人とぶつかりそうになった。


慌てて走りに急ブレーキをかけ、身体が突っ張り尻をついて後ろに転ぶ。


転んで顔を見上げた先。ぶつかりそうになった人は頭から首しか無い人間だった。

長髪の長い髪が何もない首から下を揺れている。
人間ではなく、首だけの亡霊だ。



「うわぁーーーーッ!!!」



首だけの亡霊は眼窪から溢れ落ちそうな目をし、口を裂いてニッと笑う。

立ち上がり目を瞑りながら一気に亡霊の脇をすり抜けて曲がり角の向こう側まで走る。



夜は亡霊だらけの邸なんだ!




階段を目指し、何とか他の人が居る部屋へと避難しようとした。

やっと階段に辿り着き、今すぐ階段を駆け降りようと走り寄った瞬間。





『ピチャリピチャリ……』





妙な音がする。


階段は後一歩のすぐ目の前だが。


寄せばいいのに、妙な音がする方向に耳が気になって仕方ない。





『ピチャリピチャリ……』





音はあの、突き当たりにある青い扉の中から聞こえてくる。



二階に降りる前に、一瞬だけ、あの青い扉の中を見てみようと思った。





扉を恐る恐る汗を垂らしながら開けてみる。

金色メッキのドアノブを回し開いた。


軋み音は少なく、静かにドアを開ける。

薄暗い。月明かりだけに照らされている室内。


薄暗い中に……大きな何かがユラユラと揺れている。
時計の振り子の様に。
ユラユラ揺れている。


人の大きさの振り子……?


やっぱりそれは人だった。
天井から逆さに吊るされた女の身体。喉は裂かれ、ピチャリピチャリと血が床に流れ落ちていた。

音の鳴らない雷が光った。

一瞬の金光が、暗闇に紛れて振り子女の側に黒装束の男が立っているのを浮かび上がらせた。手には女の首を引き裂いたであろう血に濡れた山刀を持って。
髪型はオールバックに撫で付け、
こちらを睨む目は異様に黄色く光り輝いている。


その顔は……。

その顔は…………。


「ギャアアアアアアアーーーーーッッッ!!!!?」




部屋から翻し、慌てて廊下に逃げ、階段を走り降りた。








「…………ハァッ………ハァッ……ハァッ」


2階に降りた。人はいるだろうか。


浴場の扉を通り過ぎる。


寝息すらどの部屋からも聞こえてこない。



通り過ぎた窓に白い人の顔が一瞬へばりついていた。



「!?」



振り向いて見直しても何もいない……。




近くの扉に手をかけ開けようとする。

ガチャガチャとドアノブが空振りするばかりで、微塵も開かない。鍵が閉められている。


もう一つ隣にある扉のドアノブに手を伸ばすが、同じく開かない。



背後の自分が降りてきた階段から何やら見てはいけないものの忍び寄る気配がする。

危険な人影が緩慢に降りてくるような……。


慌てて、開かなかった扉の真正面にある赤い扉のドアノブを掴んだ。

ドアノブは内側で引っかからずスルリと開いた…………。




「………………つッッ!?」




開いた赤い扉の内側では、さっき青い扉の中にいた黒装束の男が、今正さに、ベッドにくくって磔けた見知らぬ男の首を、山刀を振り上げ落とさんとしている光景だった。
一瞬の内に三階の部屋から瞬間移動したように。


波飛沫のように大量の赤い飛沫が飛び散る。



鮮血が壁に降りかかる中、男は山刀を殺した男の喉に食い込ませたまま、扉の側にいるこちらに振り向いた。

黄色い怪光を放つ目と目が合う。


こちらに向かってくる。


グルリ、と僕の目は天井を上向き気絶した。









……辺り一面には、マリーゴールドの花が、マリーゴールドの花だけが咲き乱れている。



ざわざわと風に揺らぎ、絨毯の様な橙色の花畑は、森の中鮮やかに咲き誇っている。



マリーゴールドの花畑を踏みしめる。
靴が踏み潰す。



急に花畑の中から白い腕が出てきて、僕の足を足首から突然掴んだ。

花畑の中から生まれ出でるみたいに
マリーゴールドの花群を割って、散らばる花びらの中白い女の顔が飛び出す。

目は爛々と狂気に満ちている。


【絶望】


女の口は告げる。



【絶望】



女の口は開き、血走った目が僕の目を見て繰り返す。

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