陰陽術鬼!④
➖➖➖➖長屋王…………。➖➖➖➖
その名を「長屋王(ながやおう 又は ながやのおおきみ)」といい、飛鳥時代から奈良時代に存在した皇族である。
長屋王は第40代天皇・天武天皇の孫にあたる人物。
時の権力者である藤原鎌足の次男・藤原不比等に次ぐ位置に、早い段階で駆け上がった事実から考えても、当時の長屋王に特別なスポットライトが当たっていたとわかる。
さらに藤原不比等が亡くなると、そのポジションを引き継ぐほどの時の権力を得た。しかし、藤原不比等の息子たち・藤原四兄弟はこの出世をよく思わなかった。
藤原四兄弟は自分たちが権力を持つために妹を皇后にさせようとしますが、これに反対したのが当の長屋王。
天皇は複数の配偶者を持ち、中でも皇后は特別な存在。しかし、皇后になるには相応しい身分が必要でしたが、藤原氏は皇后を出せるような家柄ではなかった。そういった政治のゴタゴタから、「長屋王の変」が起こる。
神亀6年(729年)、下級の官僚によって、「長屋王が妖術によって国家転覆を狙っている」との密告がある。
長屋王は弁明する機会もなく、家族と共に自害してしまう。この自害は強要によるものなのか、自ら進んで実行したのかは不明。
これが「長屋王の変」。その後、妹を皇后に立てて権力を持った藤原四兄弟。しかし、藤原四兄弟の栄華は思いのほか早く終わりを告げる。
長屋王が自害した後、天平7年(735年)に疫病が流行するようになり、天平9年(737年)には藤原四兄弟が相次いで病気で亡くなる。この出来事をきっかけにして、長屋王の祟りではないかと囁かれるように。
こうして京は長屋王の怨霊が吹きすさぶ魔の都となる。
平安時代に編纂された「続日本紀」という書物には、密告した下級官僚のことを「長屋王を誣告(ぶこく・人を貶める)した人物」と記しています。すでに当時から、長屋王が無実の罪を着せられたことは周知の事実だったようだ。
家族共々葬られた長屋王の怨念。
そんな長屋王の呪いは、現代でも続いていると、まことしやかに囁かれている……。
一呼吸置いて渉流が言い放つ。
「長屋王って知ってるか?」
「長屋王?」
「そうだ。菅原道真・平将門・崇徳院の前に、日本で初めて怨霊になった皇族だよ。「#長屋王__ながやのおおきみ__#」」
うなだれて答える。
「知らない……日本史に興味が無いもんで……」
「無実の罪で一族まとめて自害に追い込まれ怨霊化した。一説には、自害じゃなく殺されたんじゃないかと言われている」
渉流は俺を見据えてはっきりと告げた。金龍和尚も、厳然と笑顔無く俺を見据えている。
「長屋王の荒ぶる#御霊__みたま__#は、お前の中に棲んでいる」
「ええっ」
後ろにずっこけそうになった。
「ちょっと待てよ、17年間生きてるけど一度も俺の中に何かが入るような違和感感じたことなんか一度も無いぞ?なーんも入ってないよ」
二人の前で両手をブラブラさせておどけて見せた。
「柏木の秘術で封じ込めているからな」
「俺は霊感0だよ?お前と違う」
「視えるんだよ。定児は本当は。お前に俺と同じ力はある。封じられているから、子供の頃から視えないようにされてるだけだ」
思考が追い付いていない。怨霊が俺の中にいるって一体どうしてそんななってしまったんだ?
「平安のその昔から代々続く柏木の本家はな、お前のために存在しているんだ。お前を守るためにな。お前の中には凄まじい怨霊が眠っているんだぜ。平城から平安まで京を恐怖に脅えさせた、神にも近い怨霊が封じ込められている」
なんと!
「平安の世から、幾度も陰陽師や法士達が退治してきようとした。その度に長屋王の荒ぶる魂は人から人へと渡り移り、この現代、荒ぶる魂は赤ん坊だったお前を選んで入った。すぐさま霊波によって察知した本家は、その赤子を引き取ったのさ。我らの手でお奉りし、封じ込めるように。そして……お前の中の怨霊の力を利用しようとする者から守護するように」
なんたるデストラクションな話。
まるっきり真実味を帯びていないが、昨晩の鬼のような化け物の姿や、渉流の使った非現実的な秘術の光景が脳裏に浮かび、疑う余地はないとわかっている。
詰めるような渉流の口振りに気圧されていた俺。
「ここから先は私が説明しましょう」
和尚が穏やかな口調で割って入った。
「最近私達が住んでいるこの清町で怪奇事件が多発しています」
シンマチカイキジケン?
「人が一夜にして腐って溶けて死ぬ………科学では何も原因が解明されない、呪詛と見られる事件です」
「一夜で溶ける?ですか」
「ええ。底知れない力の術者ですよ……かけている人間は……。これほどの呪詛は並大抵じゃ不可能」
「そんな話、俺は知りません。新聞でもニュースでも聞いたことが無い」
「ええ、あまりに信じがたい話だ。そして殺害されるのはこの町の要人ばかり。報道管制が敷かれています。この事件を知っているのは国と、警察と、そして私のようなこの町の法曹界の高僧と神社総代ばかりだ」
「俺は和尚から修行中に聞いて知っていたがね」
渉流が口を挟む。
「定児君、あなたは私の寺とそれから真悳神社の神官の下で、これから毎日修行をして貰います。私達であなたの封印の秘術を少しずつ解いていき、あなたの法力を解放する。あなたの中の荒ぶる怨霊をあなた自身の手でコントロール出来るようになって貰う」
にわかには信じがたい話だが、渉流の不思議な力は十分理解している。
「でないと長屋王の#荒御霊__あらみたま__#が狙われているということはあなたの命が狙われているも同然ですよ」
「わ、わかりました」
呆然としながら聞いていた。今更ながらに気付いたが昨日傷ついた身体のあちこちがちゃんと手当てされていた。
「こんにちわ~私、真悳神社のものです~。おやまぁ、誰も出迎えがいない。勝手に上がりますよお~」
そこへやけに間延びした呑気な一声が遠くから響いた。
玄関口の方からだ。
和尚や俺達が次々に振り向く中また誰か現れた。
「初めまして、私は真悳の神主、#青森 薔山__あおもり しょうさん__#と申します。これから毎日よろしくお願いしますねえ~。こう見えて私はスパルタですよ~」
まるで女のような外見をした可愛らしい顔の男だ。
長い髪を後ろで結んでいる。
服装は神主らしい装束で、白衣に紫色の袴という#身形__みなり__#だ。
この少々風変わりな青森神主は、俺を見詰めるとニッと笑った。
「なかなか#鍛えがい__・__#が……」
その日から俺は毎日学校から返ったら二つの神社仏閣に修行に通うことになった。
放課後はせっせと吐黒山まで直行するのだった。
「そう、臨、兵、闘、者、皆、陳、列、在、前」
印を組みながら和尚は説く。
ここは寺の敷地を離れたほぼ吐黒山の山の中だ。
「定児君、大事なのは経文や、呪文の文句を正確に放つことじゃない。下手したら呪文なんか何でもいい。君の力、法力や神通力と呼ばれるものを力強くその上に乗せることだ」
どうやら見えざる世界というのは、精神の力がものを言う世界らしい。
「これは必ず教えなきゃならない。力には限りがある。君がその力を使えるのはまだせいぜい三回までだろう。もしそれ以上の回数術を使い、力を使い果たしたら、君は生きる屍になり廃人になる」
なんと!
あっぶねぇ、何て言う力なんだ!生命力そのものだと言うことか!
「法力とは霊力、生命力…………。失えば人間は精神を働かす事が出来なくなる。霊能者同士の戦いは法力と法力同士の戦いだ。呪詛と呪詛返しの決戦に破れて、負けて寝たきりになる霊能者も少なくない」
三回までしか術を使えないとは、結構な縛りだ。
「定児君、いいですか~」
青森神主が間延びした声で講釈する。
和尚の修行が終わったと思ったら、すぐさま青森神主の講義を受けに神社へと走った。
「あなたはこれから封印が緩められ、神力が上がるにつれ、どんどんこの世ならざる者、魍魎を目にする機会が増えます。魑魅魍魎は見られていることに気づくとあなたに牙を向きます。そうなるとどうなるか~」
「魍魎には性質があり、効く術法と効かない術法があります。放つ波動が違いますからね~。定児君が昨晩合戦した餓鬼に代表される鬼系には火の術法、人の姿に近い幽系には水の術法、もはや妖怪としか言いようがない無数の人の念の集合体である化け物には力をそのままぶつけて散らして破壊してください」
「渉流君の金棺飛遊術や、和尚から教えてもらった臨、兵、闘、などの印がそれですね。ただし威力はあなたの残存の神力によって変わります」
コホン、と咳払いして向き直る神主。
「そこで私の人形術を教えます。常日頃から念を込めて紙のヒトガタを数枚持っておくこと。こちらがあなたの代わりに戦ってくれますよ~。さあ、まずは私の札術の習得ですよ。霊符は普段から心を込めて一枚一枚自分で書きましょう。必ず集中して念を込めること。さもなくば「符を書いて効なく鬼に笑われ・・」」
こうして俺は一通りの術法の基礎を教わった。
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その頃………
コンコン
「市長、秘書の髙梨です。失礼します」
女の秘書がカールした色素の薄い髪の毛を揺らしながら扉を開けた。
「ひっ ヒイイイいいぃぃ~ッ」
本来、秘書の上司が座るべき椅子、そこには見るも無惨な腐乱死体が座っていた。
「どおしてっ!さっきまで!元気で!!部屋に向かわれたのにッッ!」
秘書は頭をかきむしりながら取り乱している。
「呪われているんだわっ!本当にこの町は!!呪われているんだわ~ッッッッ!」
狂乱した女の声が、清市市庁舎に響いた。
「知ってるか。助役の髙梨君が第一発見者だったらしいぞ」
電話機の向こう側に話しかける、恰幅に威厳ある男。
「ああ……鑑識の結果、確かに清町市市長、美山元弘だった。鳥出議員、兵藤社長、渡久川署長、美山市長……」
受話器に顔を近付けて男は言う。
「次に狙われるのはお前だろうか、それとも俺かな………」
その声は怯えているようにも、笑っているようにも聞こえた。
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