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ヒストリカルフィギュアを再定義したい

前回の記事(↓)の続き。

ZBrushで作っていた旧作データをBlenderに全面移行中です。その中には実験的な習作も沢山ありますが、これもその中の一つ。女性の身体の柔らかさや骨格の可動を理解するために造形した習作「デニス・ビールマン」です。↓ 

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「これも私にとってはヒストリカルフィギュア」

と言えば、多くのヒストリカルフィギュアのツウな人達にはきっと疑問視されるでしょう。

一般的に「ヒストリカルフィギュア」とは欧州発祥の「鉛の兵隊」をルーツにもつ兵士や戦士のフィギュアを指します。その花形は中世の甲冑騎士やナポレオニックの兵士達、というのが一般的見解です。

しかし私は至って大真面目で、この「フィギュアスケーター」も一つのヒストリカルフィギュアとして造形しました。

「ヒストリカルフィギュアの表現世界は人類の歴史における人間の営み全てを網羅していい」

と考えているからです。

          ☆  ☆  ☆

私は私で勝手にオレ流に再定義していく

伝統的・一般的に「ミリタリーフィギュア」と言えば「1/35MMフィギュア」を指し、「ヒストリカルフィギュア」とはホワイトメタルやレジン製の甲冑騎士や戦士・兵士フィギュアを指します。その捉え方が本道であり、それらの表現形式こそが王道です。

私はこの旧来の概念を変えたい、もっというと、壊してひっくり返したい、という思いがありました。出戻る遙か昔からそういう思いがどこかにあり、模型趣味に出戻ってからはさらにその思いでやってきました。

理由は、「窮屈だから」です。

「いち企業が定義した1/35というひとつのスケールにミリタリーフィギュア表現が縛られる」という世界観が窮屈。ホワイトメタルやレジンという「素材」に縛られるのが窮屈。欧州発祥の伝統的ジャンルやカテゴリーに縛られるのが窮屈。特定の時代設定に縛られるのが窮屈。自由に模型表現をしたいはずのに、常に何かしらの窮屈さを感じていました。その窮屈さの元を覆したい、壊したい、と思っていました。

ただ、最近は「それが好きな人たちが沢山いる以上、別に変わらなくても良いかな」と思うようになりました。そう、マジョリティや王道は決して一人二人の力では変えられません。他人の趣味趣向も決して変えられません。変えてはいけないのです。それは一つの表現フォーマットであり、その世界で表現する人達が大勢いる。それを揺るがす事や変える事は多くの人の楽しみを奪うことになるからです。

その代わり、私は私で、自分が窮屈に感じるものから離れていけばいい、と考えを変えました。

既に確固たるものが確立された1/35MMや伝統的ヒストリカルフィギュアの世界から離れて、好きなことをやれば良い。

という思いに至りました。

まとめ

というわけで、このビールマンスピンの造形にはそういう考えが込められています。以前から私の作品は全てそういうメッセージを込めていたつもりですが・・・まぁ、伝わりませんね。ただ単に造形してアップしただけでは作者の本当に意図するメッセージはなかなか伝わらないですし、説明なく分かってもらおうと思うこと自体おこがましいですよね。

というわけで、メッセージって言葉にしないと伝わらないと感じているので、説明臭くなりましたが、あえて書いてみました。

ではまた。

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【追記・補足】そもそもヒストリカルフィギュアはニッチ中のニッチ

ミリタリーフィギュアは聞いたことがあってもヒストリカルフィギュアは聞いたことがない人が多いでしょう。模型を趣味にする人ですら知らない人が多い、あるいは作品を見ても理解できない、という人も多いです。

実際、そのような言葉を聞きました。以前模型イベントに参加した際にヒストリカルフィギュアのコーナーで作品を展示しました。するとあるモデラーが「ジオラマや戦車は専門外だけど理解できる。けど、ヒストリカルフィギュアだけはよく分からん」という事でした。

海外、特に欧州発祥であること、甲冑騎士やナポレオニックの兵士、中世の戦士などが王道でありメインテーマであること、などなどが「よく分からん」と言われる原因なのかもしれない、と感じました。

ヒストリカルフィギュアはもっと進化していい。その本質や根本にあるものは「人類の歴史と営み」。ならば、もっとテーマが広がっていい。現代に通じるヒストリカルフィギュアの進化があっていい、というのが「再定義」という言葉の裏に込めた思いです。

たぶん、伝統的ヒストリカルフィギュアは日本では永遠に流行らないまま、知られないまま一部のコミュニティやファンだけの中で死んでいくと思います。それはヒストリカルフィギュアよりも比較的メジャーであるミリタリーフィギュア模型も同じ道を辿る可能性があります。形を変え、違う付加価値を与えて変化していかないと、若い人が興味が沸かず受け継がれないものは淘汰されていくのが世の常だからです。





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