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職務発明と職務著作  会社で作ったプレゼン資料はあなたのものか?

連載『コピーライトラウンジ』 (第4回2015年2月)
月刊「パテント」(日本弁理士会)から転載(全14回)

大学教員になるまでの25年間、記者生活を送ってました。勤め先は社団法人の報道機関。入社して驚いたのは、その給与体系です。年齢が同じなら性別や職種、新卒・中途採用に関係なく、どの部署にいても賃金は同じだったのです。

特許の世界で、「職務発明」が議論されています。「年齢が同じなら給料も同じ」を経験した私にすれば、企業内で発明をした場合、技術者や研究者が「千万円」、極端には「億円」単位の報酬を得ることには違和感があります。一方で、会社が従業員の「やる気」を引き出すのも簡単でないこともよくわかります。


◆「世紀の大発明」

青色発光LEDの発明をめぐって2004年発明者に約200億円の対価の支払いを認める裁判がありました。地裁の判決が出た夜、ある酒席で若手弁理士が興奮気味に判決を称賛していたのを覚えています。

「何せ『世紀の発明』ですからね。画期的な判決ですよね」と弁理士。

「でも、200億円ってやりすぎじゃないの。一サラリーマンだったのでしょ?」と私。

「青色LEDで企業も大儲けしたのだから、当然の額です。裁判官は、計算式を当てはめただけです。金額に根拠はあります」

「設備や人的支援はどうだったの? 会社の資産を使っているよね。毎月の給料をもらい続けてなお、200億円とは二重取りじゃないのかな。他の社員から文句が出ないかな。不公平な感じするよ」

「それってサラリーマン根性、抜け切れていませんよ。青色LEDが世界に及ぼす影響や歴史的意味を考えてくださいよ」

勢いに負けて「そうだね」と私。

この後、話題を変えました。

後になって、「青色LED訴訟、8億円で和解」という速報にも驚いたものです。一審の裁判官の「計算式」は何だったのか、釈然としない気分でした。

◆あなたのプレゼン資料、誰のもの?

ところで、知財分野における「会社と従業員」の話題では、私には「職務著作」の考え方がしっくり来ます。つまり、会社で職務上作られた著作物の権利は、特段の理由がない限り、個々の従業員に属すのでなく、会社に属すというものです。

私がいた報道の世界では、職務著作のルールに依存しています。会社は記事や写真というコンテンツ(著作物)を生み出すことを目的にしています。

普通、一本の記事は、現場記者が執筆した後、紙面に印刷されるまで、デスクや校閲、レイアウト担当者などの関門を通過し、それぞれの段階で、加筆修正されます。

読みやすくするため、字句が変わり段落が入れ替わるのは日常茶飯事です。いちいち各段階で権利を主張する人が出てきたら、仕事が回りません。

つまり、ニュースを生み出すのは分担作業の成果です。ある記者が社会を揺り動かすスクープを放つ場合でも、スクープは会社の有形無形の資産を使いながら、多くの同僚の手を経て世に出ると考えたら良いと思います。

一般の会社でいうなら、上司の指示でプレゼンのパワーポイント資料を作ることが職務著作に相当するでしょう。

パワポ資料は従業員のものでなく、会社のものだということになります。

◆「やる気」を出させるために

しかし、それでは従業員の「やる気」がそこなわれる危険があります。会社は従業員のパフォーマンスを最大限に引き出したい。一方で「どうせ会社のものだ」という考えが従業員の間に蔓延すれば、活気ある企業活動は望めません。

実は、私が勤めていた報道機関はその後に、給与面で「成果主義」を導入しました。「『(仕事を)やってもやらなくても給料が同じ』では会社全体の士気に関わる」と会社が決断したのです。

青色LEDほどの「世紀の発明」を、「記者のやる気」と同列に論じることには無理がありますが、従業員の「やる気」を考える際には参考になるかもしれません。

では、どうやって、従業員のモチベーションを引き上げればいいのでしょうか。

サラリーマン時代を振り返ると、「できる社員」には、賃金で差をつけられない場合でも、「希望の部署」「自由裁量がある環境」へ配属させるという「暗黙の」優遇策がありました。

「社長賞」「編集主幹賞」など報奨制度も一定程度機能していました。

その程度の報い方では「世紀の発明は出てこない」「発明者は国外に流出する」と反論が来そうです。

しかし、発明を巡る環境が急変している状況も考慮するべきではないでしょうか。特許ライセンスが複雑化する新時代では、画期的な発明がなされても、「営業秘密」として扱う方が有効である場合もあるでしょう。

発明を秘匿し、小出しにして「オープン」と「クローズ」を戦略的に使い分ける手法もあると聞きます。

「発明」を戦略的資産と捉えるなら、研究者と経営者との間の緊密なコミュニケーションが不可欠です。そもそも職務発明の扱いは、技術職研究職だけでなく、社内の各部署に広がりを持つ問題に見えます。

企業にいる限りソロ(単独)の仕事はあり得ないと私は思います。
(了)
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みやたけひさよし東京理科大学大学院イノベーション研究科教授。日本音楽著作権協会(JASRAC)理事。元共同通信社記者・デスク。米ハーバード大学ニーマン(ジャーナリズム)フェロー。著書
に『知的財産と創造性』(みすず書房)など。最近ではエッセイ「売れる歌、残る歌」(『うたのチカラ」集英社。2014年11月)がある。


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