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1998年のメディア事情(1) 誰がデジタルホームレスか?

1996-99年に勤め先の職場で回覧していたエッセイです。当時のメディア事情を伝えています。その後、予想以上のテンポでデジタル化が進みますが、「変わるもの、変わらないもの」が見えます。記事は当時のままです。


▼気がつけばホームレス  (1998.1)


コンピューターの中央演算チップの性能は十八カ月ごとに倍増するーー。
 
このムーアの法則が、パソコンや周辺機器の進化のスピードを決定している。実際、最近のパソコンの性能には驚くばかり。電子版ブリタニカを駆使しながらワープロが使えるし、モデム接続で世界中の美術館にも飛んで行ける。
 
地球の裏側の新聞も瞬時に読めるし、バカンスが近づけば、自宅からフランスの古城の宿泊予約だって可能だ。 
 
しかし、パソコンや携帯電話などデジタル機器を使いこなせない人にとっては居心地の悪い世の中になった。
 
日本でも「君、ワープロなんか使えなくてもやって行けるよ。ワッハッハ」と、キーボードの代わりにビール腹をたたけたのは数年前までの話。手書きの社内文書は消え失せたし、社員同士の連絡に電子メールを使う企業も増えてきた。キーボード操作ができないと、同僚の足を引っ張りかねない。 
 
マサチューセッツ工科大学メディア研究所のネグロポンテ教授は、デジタル機器に疎い人たちのことを「デジタル・ホームレス」と呼び、「お金もあり、社会的地位も高いが、デジタル機器に習熟する機会に恵まれなかった人たち」と位置付ける。 
 
三十代後半から定年を迎える五十代半ばの働き盛りの世代に多いのが米国の特徴とか。
 
これより年下の世代は、ビデオゲームで育ち、高校や大学でパソコンになじんでいる。一方、多くの高年齢層がホームレス化を免れているのは、パソコンやネットに触れる時間的な余裕があるためで、孫と電子メールを交わす、年金の管理や税金申告の計算の目的でパソコンに向かう。実際、これらの目的のためのソフトはたくさん売られている。 
問題は、社会のそれぞれの分野で、デジタル・ホームレスが中枢機能を握っていること、と同教授は指摘する。
 
「大会社の幹部が、過去の経験と知恵だけで、会社のかじ取りを議論しているうちに、若手ベンチャー企業家がネットをビジネスに生かしてる」 
 
次々とハイテク機器が登場する世の中では、うかうかしていると、すぐにホームレスになってしまう。では、どうすればホームレスにならずに済むのか?
 
「答えは簡単。子供から学べ」と同教授。自分より若い人からどれだけ学べるかで、デジタル度が決まる。
 
「歴史上初めて、知識が若者から上の世代に流れる時代に私たちは生きていることを認識しなければならない」 
(了)
 

▼「紙の」新聞がなくなる?  (1998.2)


私の同僚のアイルランド人は、インターネットにアクセスし、自国の新聞を読んでいる。ネットには時差と国境の制約がないため、モデム接続が可能な限り、世界中どこにいようと、あらゆる国の新聞が読める。ソウルにいる人が時間差なしでブエノスアイレスの新聞を読むことに何の苦労もない。
 
これらは三年前まで、どんな大金持ちでも不可能だった。 
 
また、オンライン新聞は「検索」を得意とする。過去の記事を探したり、刻々変化する金融情報をリアルタイムで得ることができる。
 
株式欄の細かな数字を目で追わなければならない「紙の」新聞は、検索ボタン一つで「過去十日間で最も値上がり率の高い銘柄」を瞬時に呼び出すオンライン新聞には到底かなわない。 
 
ネット上の新聞のこのような可能性に目をつけるのはメディア各社だけではない。ビル・ゲイツ氏のマイクロソフトは、全米テレビ網のNBCと共同で運営するMSNBCをはじめいくつものニュースのサイトを持っているし、ヤフーやアルタビスタなどウェブサイトの検索エンジンの会社も、このニュースのビジネスに大きな関心を寄せている。
 
また、広告業界にとっても、このメディアは「金のなる木」としての魅力を備えている。 
 
速報や詳報、検索能力に優れるオンラインの新聞は、紙の新聞に取って代わるのだろうか? 
 
パソコンやネット専用機の値段が劇的に下がり、あらゆる家庭やオフィスに浸透するにつれて、紙の新聞はなくなるのだろうか?
 
このような問いに対し、小説「薔薇(ばら)の名前」で知られるイタリアの記号論学者、ウンベルト・エーコ教授は「新しい技術は、古いものを駆逐しない。われわれは古い道具を常に必要としている」と話す。
 
新聞や書籍の未来について、「印刷や出版物はグーテンベルク以来五百年の歴史を持つ。金づちやナイフ、フォークと同じように、生活に入り込み、われわれの手になじんでいるので、簡単に消え去ることはない」と予見している。 
 
一方、米国ボストンのメディア・コンサルタント、ジョン・コチーバ氏は「テレビが一般家庭に普及し出した四十年前から、新聞の死が盛んに議論されたが、新聞が姿を消す兆候は見られない。私たちが新聞を愛好する大きな理由は、漫然とページを繰っていて、思いがけない記事を発見することだ。ネットの新聞はこの点が弱い」と話している。 
(了)
 

▼USAトゥデーの経営戦略  (1998.3)


発行部数低迷に苦しむ米国の新聞界で、USAトゥデー紙が順調に販売を伸ばしている。一九八二年、全米初の一般向け全国紙として登場、カラーやグラフィックスを多用し「読みやすさ」をアピールすることで、テレビ世代の読者を獲得してきた。 
 
しかし、部数を食われ続けてきた伝統的な新聞陣営は、同紙の当たり障りのない記事スタイルを、ハンバチェーンに例え「マック・ペーパー」と精一杯皮肉っている。 
 
同紙は一人勝ちを続け、今では部数二百万に届く米国最大の一般紙に成長した。好調な伸びの秘けつは「徹底して読者の声を聞くこと」と「スポーツニュースを重視すること」という。 
 
長野冬季五輪のために来日したトム・カーリー同紙社長は、東京都内で自社の経営戦略について講演した。
 
「創刊当初は不振だったトゥデー紙の販売に弾みがついたのは、八四年のロサンゼルス五輪。米選手の金メダルラッシュが部数拡大に結び付いた。それまで、全国紙的な性格から特定の野球やフットボールチームを応援できなかったが、五輪で『米国勢』という国民的チームを得た。これが大きい」 
創刊以来、右肩上がりの成長を遂げ最近五年の販売実績は、年率一〇%を記録。広告収入は過去二年で一気に四〇%伸びたという。おかげで、記者を増やし「記事の質向上に努めている」とか。 
また、最新技術の導入にも極めて積極的だ。「ロス五輪(1984年)では、写真の電送から印刷まで五時間かかったが、長野冬季五輪(1998)では三十分以内に短縮。シドニー五輪(2000)では十五分を目指す」 
 
徹底的なコストの理論を貫く。
 
「スタンドやホテルへの配達にかかるコストを一部当たり八セント、宅配は一部三十セントとはじき出した。このため、なるべく多くの新聞を、量をさばく販売代行拠点に届けることで、経費削減を実現している」 
 
設備投資はどうか?
 
「トゥデーは全米一、二の発行部数を誇る新聞だが、自前の輪転機を持たない。(大型設備に)先行投資はしない。いつでも最新の技術を導入するためだ。需要に応じて、印刷拠点を自由に変更することも可能だ」 
 
また編集面では「一本当たりの記事を短くし、三十分以内で新聞が読めるように工夫している。多くの読者は早い生活テンポに追われ、短時間で読める新聞を歓迎している」。 
(了)

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