マシアス・ギリの失脚

 いや、難しい小説でした。池澤夏樹さんの『マシアス・ギリの失脚』(新潮文庫)。解説でも「柄の大きい」と形容されていたけれど、混沌とし、かつ奔放でもあり、それでいてなかなか論理的な小説なんです。

 ぼくの貧相な読書歴の中ではガルシア・マルケスに近い位置を占めそうなんだが、ぼくは『百年の孤独』1冊以外はラテン・アメリカの小説世界を知らないんで、断定は出来そうにありません。でも、分厚いながらも一気呵成に読める、物語性豊かな傑作であることだけは確かです。そしていつものことながら、箴言・警句に満ち満ちている。

この世界では、個人はきみが思っているほど個人ではないよ。(546頁)

池澤夏樹『マシアス・ギリの失脚』

 第3世界(?)が突き付ける氷の刃。どう答えよう? どう答えられよう?

 確かなのは、ナビダードと近代文明国家のはざまにあって自らのアイデンティティを失い、樹海に身を投じたマシアス・ギリ大統領の「死」です。彼は結局、個人を超える「何か」に飲み込まれたのかもね。その「何か」の正体は、ぼくには分からないけれども。

 お話としては、土着の力・呪術の力がマシアスを追放したことになっています。でも決してそれだけではないのでしょう。池澤さんはもっともっと大きな力、大河のうねりを見つめているような気がします。

 現代世界はあまりにも複雑で、陰の世界の復習劇が表の世界の経済学や科学技術とからみ合っていたりする。厄介な時代になったものです。(2002.08.16)

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