10センチの空

 大人になる必要など、少しもなかったのだ。

 こんな風に気づかされて、あなたの心は少し、いや大いに、軽くなりはしないだろうか。

 きっと自分はこのまま年を取っていくのだろう。あの夏の日のまま、少年のままで。それで構わないのだ。大人になる必要など、少しもなかったのだ。だって自分は大人になっても空を飛ぶ仲間なのだから。そしてそれを忘れることなどないだろうから。

浅暮三文『10センチの空』徳間書店

 卒業、そして就職を控えた川原敏也の不安、「あのごま粒のような光の中に、ひとつでも自分の居場所があるだろうか」は、とてもよくわかる。ぼくだってなかなか割り切れない、大人になれない、彼の仲間だったからね。如才なくは生きられなかったもの。

 そんな悩めるヤング・アダルトへの処方箋のひとつは、大人になるのは決して悪いことじゃないんだよ、というアドバイス。計算・打算で生きるのは悪いことじゃないんだと。汚れることにも意味はあるのだと。

 ところが浅暮さんは、そんな言い方はしないんだね。自分の可能性を自分で閉ざしてはいけない。10センチ空を飛ぶことを、そしてその仲間を忘れないことが、大切なんだって。

 でも「空を飛ぶ」なんてナンセンスな設定じゃない? いえいえ、それはつまり、「小さな奇跡」ってことなんですよ。 

 たとえ十センチだとしても、空を飛べることが奇跡であるように、未来に向かって現在を変えることこそ、奇跡だったんです。そして理解したんです。僕が生きているのは現在。だから未来に向かっていくしかないと。(2004.01.02)

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