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がんと『経済的毒性』

今日は『経済的毒性(Financial Toxicity)』についてのお話です。

抗がん剤には毒性あり、それが副作用となって現れることをご存知かと思います。

抗がん剤は高額なものが多いですし、数種類組み合わせて使用されることも増えてきていますので、1回の治療にかかる薬剤費用が数十万円~数百万円なんてこともあったりします。
オプジーボ」の薬価が話題となったこともありましたし、白血病治療薬「キムリア」の薬価が3349万円と超高額でニュースになったのを覚えておられる方も多いかもしれません(その後少し減額となったようです)。
そして何より、それらのクスリを使用することで、がんを長期間制御することが可能となってきました。つまり、そのような高額な薬剤を長い期間使用し続けるようになってきているということです(「キムリア」は1回のみの使用ですが)。
国民皆保険制度などのおかげで、使用したクスリの価格をそのまま患者さんが支払うわけではありませんが、何ヶ月、何年と高額な医療費を支払い続けることに負担を感じる人は増えてきている事実があります。
そのような経済的な負担も抗がん剤の毒性(有害事象)として扱いましょうという風になってきており、『経済的毒性(Financial Toxicity)』と呼ばれています。

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▼経済的毒性(Financial Toxicity)の影響
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経済的毒性(Financial Toxicity)は、実際にどのような影響があるのでしょうか?
①金銭的な問題
②精神的な問題
③治療に向かうコーピング(ストレスへの対処行動)の問題

これら3つがあるとされています。
それぞれもう少し詳しく見ていきたいと思います。
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▼①金銭的な問題
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医療費負担による直接的な影響です。
2010年開催の日本がん治療学会で、東北大学の濃沼信夫先生が発表されたものからの引用です(https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/gakkai/sp/jsco2010/201011/517251.html)。

自己負担額の平均は101万円。保険などでまかなわれる償還・給付額の平均は62.5万円であったとのことです。

平均値同士ではありますが、差額の101-62.5=38.5万円程度が実際の自己負担額と推定されます。
特に抗がん剤治療を受けた方では、自己負担額の平均が133万円、償還・給付額の平均が75万円とのことで、差額の58万円程度が実際の自己負担額と推定されます。
そしてさらに、このような経済的な理由でがん治療を変更・断念した患者さんは約3%存在したとのことです。
このような医療費の自己負担のため、アメリカほどではないですが、自己破産せざるを得なくなったり、借金する方もいらっしゃるようです。
また、がん治療によりそれまでの仕事を中長期的に休職したりや退職したりする必要が生じることで、社会的に生産性が低下してしまうことも経済的毒性の一つとされています。

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▼②精神的な問題
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医療費の支払いで折角老後の資金として貯めておいたお金がどんどん減っていくような状況は、かなりのストレスであることは容易に想像されます。
もし借金が必要となれば、その申し入れや返済などもまた大きなストレス源になることは間違いないです。
がん治療が始まったため、仕事を辞めざるをえなかったり、辞めないまでも収入が大きく減ってしまう方も多く、将来の金銭的な不安を感じることも多いと思います。
「この治療はいつまで続けなければいけないのでしょうか?」という質問を良く受けるのですが、そのような質問をされる方の多くは医療費支払いへの不安があるのかもしれません(この文章を書きながら気がつきました)。
医療費を支払うために、着るもの・食べるものにかけていた支出を控える方は多いようですし、外食や旅行、映画鑑賞など趣味やレジャーへの支出を減らして対応する方も多くいらっしゃるようです。
手術や術後補助化学療法のような、ある一定期間で終了するがん治療であれば「その期間だけガマン」という考えもありかもしれませんが、進行がんで抗がん剤治療を続けていく必要がある場合などは、「生活の楽しみ」を減らしてまでがん治療を受け続けることに疑問を感じる方もいらっしゃいますので、簡単に解決できる問題ではないなぁ~と改めて認識しました。

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▼③治療に向かうコーピング(ストレスへの対処行動)の問題
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医療費に対する対応方法として、内服薬を減らしたり、処方されたクスリを受け取りにいかないということをなさる方がいらっしゃいます。
また、予定の来院日に来院しないなどもあるようです。
これらの行動は、経済的な理由であると医療者側が知っていれば「仕方がない」行為とされるかもしれませんが、医療者が把握していない場合には「あの患者さんは今日も来院しなかった」「どうやら処方薬を受け取っていないらしい」「クスリを処方しても勝手に飲むのを止めてしまっているようだ」などと『困った患者さん』として認識されてしまっている可能性がありますので、お互いに注意が必要です。
患者さんから3週間毎の治療を4~5週間に1回にしてほしいなどの申し出も良く受けるのですが、治療効果が減弱する可能性は高く、がん治療医としても安易に「良い」ということはできません。

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▼まとめ
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僕はこれまで、がん治療には高額な医療費はかかるが、国民皆保険制度やその上で高額療養費制度もあり、生命保険もありで、実際の自己負担額がこんなにも高額になっていることに残念ながらあまり気がついていませんでした。
そもそも、患者さんからドクターにお金の相談をするのは、かなり勇気がいることでしょうし、僕にも何らかのメンタルブロックがあったのか、『お金』の話は、今まであまり積極的に取り上げてきておりませんでした。
これからは、患者さんとも積極的に「お金」の話しをしていければと思いました。

今回も最後までお読みいただきありがとうございます。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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