【V@SS】恋戌くろえの朝(前半)
※この作品は同人誌THE同人VIRTUALメイド喫茶評論本 SUMMER 2022に寄稿した作品の前半です。全編は是非掲載本をお読み下さい。
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ワンッワンワンワンワンワンッ
庭の向こうで居候の犬が吠えている。人間界で言うところの鶏のごとくけたたましく朝だ
起きろと言わんばかりに
「ぅうん………あと5億分…」
起きるという現実から逃避しようとお約束のようなセリフを億にかえて抵抗する。ちなみに5億分は約951年,これは寝過ぎである。
『姫ー!起きなさいー。そろそろ起きないと遅刻するわよ』
聞き慣れた声に声をかけられた少女、恋戌くろえは重い瞼をこすり起き上がる。彼女はワンダーランドという国のパン屋の娘であり、バーチャルあっとほぉーむカフェのメイドである。
「はぁーい、ふぁぁぁ、もう朝かぁ・・・」
平日の朝、香ばしいパンのかおりが鼻をくすぐる。平日は基本的に魔法学校の授業がある、そして家業の手伝いもある。とはいえ、眠い。お給仕が始まる前はワクワクするし、お給仕中の時間はあっという間に過ぎるのにどうしてこの時間はこんなにも憂鬱なのだろう。そんな答えがわかりきっていることに対して自問をする。
「でも、ご主人様やお嬢様も日々頑張ってるし、わたしもしっかりしなきゃ・・・!」
パンッと頬を叩いて気合を入れる。心地の良い布団からなんとか脱出し、制服に着替え、そしてエプロンをつける。エプロンはメイド服のもの、ではなくKOINU BAKERYとプリントされているシンプルなものだ。階段を降りると先ほどの声、彼女のママがひょっこっと顔を出す。
『おはよう、姫。顔洗ってきたら焼き上がったパンの陳列お願いね!」
そういってまたパタパタと姿が消える。パン屋の朝は忙しい、お給仕やお屋敷のお仕事で夜は自分の時間を作っているが朝はお店の手伝いで忙しい。しかし、起きたての程よい空腹感で焼きたてのパンの香りに包まれるこの時間もまた別の幸せな時間だ。パシャパシャ
と顔を洗い、ブルブルッと顔を振って目を覚ます。ワンダーランドの洗面所は犬仕様になっており、濡れた頭を思いっきり振っても四方が珪藻土のような壁で囲まれておりびしゃびしゃになることはない。・・・そのかわり鏡は別の場所なのだが。人の世界であればこのあたりコンパクトにまとめられていて便利なのになぁ、と思う。
『おーい、お嬢ーたのむー!』
パパの声が厨房の奥から聞こえる。
ー”説明しよう!恋戌くろえは現在進行形で親に『姫』『お嬢』と呼ばれているのだ!”ちなみに恋戌くろえからは未だに両親のことをパパ・ママと呼んで……!?”ー
(「わたしの黒歴史をさらっと解説するなぁぁぁ!!!」)
華奢に見える恋戌くろえの右手が目にも止まらない速さで対象を襲う。武芸に秀でた者であれば拳の軌跡と空気を切り裂く音くらいは見えたかもしれない。そして目に見えるはずがない相手を捉える。
ー”うぉぉぉ…!”ー
確かな手応えと共に目には見えない”ナレーター”とやらを屠る。
『(パンパツッ)よしっ、ついでの準備運動終わりっ』
それもまた日常である。
(閑話休題)
毛並みを整え、三角巾をキュッと結んで厨房にはいる。
「クンクンッ、あ!クロワッサンだ!」
バターの香るクロワッサンの香りが目の前に広がる
”ぐぅぅぅ”
盛大にお腹の音がなる…
ーーーつづくーーー
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