明日へ祝福を
ホームセンターへと軽自動車を走らせる。こんな日もいつか迎えることがあるかもしれないと、車を購入しておいてよかった。あなたはいつも流行りの音楽を聴いていた。捻くれ者の私は誰も知らないような音楽をネットの海から掘り起こして文化人気取りするような人間で、街中でよく聞くような音楽を馬鹿にしているところがあった。耳に残りやすいキャッチーなメロディーに捻りのない歌詞。しかしそのような音楽を好んで聴く人は、恐ろしいほどに心が真っ直ぐであるのだと、そのような曲を馬鹿にして知識を肥やすことだけが音楽の正しい鑑賞法ではないのだとあなたと話して初めて気がついた。まさか私がドライブ中にヒットチャートど真ん中の音楽をかけて心を癒す日が来るだなんて。
バーベキュー用の炭を少し多めに購入した。炭って案外重いんだな、男手が欲しい。でも今日のことは私が決めたのだし、これくらいは一人で頑張るか。バーベキューってあんまり好きじゃないからこんなものを自分で買うのは初めてだ。快適でない場所で素人が調理したものより焼肉屋の方が良くないか。でもあなたとなら楽しいかもしれないって、もっと早くに気がつけばよかった。
車の窓を大きく開けて進む。汚れてしまうかもしれないから迷ったけれど、今日は一応あなたとの思い出の品をできるだけ身につけてきた。初めて一緒に行った旅行先で浮かれて買った南国っぽいワンピースとか、お揃いのネックレスとか。ファミレスでふざけて買ったギラギラの指輪は、サイズがぶかぶかだから鞄に入っている。こいつを左手の薬指にはめてみたい人生でした。今日プロポーズしてくれたって全然大丈夫なんだけど、まああなたってそういうタイプじゃないよね、なんてことない日にベタなサプライズで喜ばせようみたいな。まあそういうところがめちゃくちゃ好きなんだけど。あっでも私が一回これいいなって言っただけの時計、ちゃんと覚えてて去年の誕生日にくれたよね。サプライズしてくる男とか無理って思ってたけど、そういえばあなたにもされてたのか。結局何をされるかじゃなくて、誰にされるかなんだよな全て。あなたのことを考えながら一人でドライブする時間ってなんて贅沢なんだろう。目的地はあっという間に近づいてきた。
景色の良い場所に車を停める。炭に順番に火をつけていく。数が思ったより多いし、なかなかスムーズにいかない。結構めんどくさいな。まあでもこれであなたとの約束を守れるのならば。
大きく深呼吸して外の空気を吸う。人生ってほんと最悪だって思ってたけど、あなたに出会ってこんなに清々しい気持ちで今日みたいな日を迎えられたのなら大逆転だな。
軽い気持ちで「死にたい」なんて言ってはいけないってあなたと約束した。本気で死にたいと思ってしまったあの日に、その言葉を口にしてしまったのだった。
「そんなこと言うなら、本当に死ねよ」
あなたは、怒ったような、それでいて悲しんでいるような、聞いたことのない声色で言った。
「死ぬよ」
あなたは黙った。長い長い沈黙の後で、約束を破ったら俺がお前を殺すよと言った。私がわかったと答えて、会話は終わった。
車の窓を閉めて、助手席に腰掛ける。少し多めに飲んだ睡眠薬が効いてきた。
土曜日、23時53分、意識が熱いコーヒーにたっぷりと入れた砂糖のように溶けていく。微かに、海の音が聴こえる。
あと少しで、あなたとの約束を守り切った日曜日が始まる。
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