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ーでもあんなふうには

 夜のしじまを走る電車。車内には数人の乗客。その中の1人の女性。

 女は、窓ガラスに映る自分の姿を見て深いため息をついた。地味な容姿、ノーメイクで実年齢よりもうんと老けて見える顔立ち、低い身長、小太りの体。こんな風に生んだ母親を何度恨んだかわからない。

 電車が駅で停車した。ドアが開き、乗りこんできた女性に女は思わず目を向けた。息を飲むほどの美しい女性だった。モデルのような小さな顔に高い背丈、容姿は端麗、ひざ丈のミニスカートからは長い脚がすらりと伸びていた。男どもにちやほやされ、毎日のようにコンパに誘われ、何も考えずにホテルについていくような尻軽女に違いない。女は窓ガラス越しに彼女をにらみつけ、心の中で悪態をついた。彼女は男性ばかりの車内に少しちゅうちょしつつ、女の姿に安心したのか、女の斜め向かいに腰を下ろした。

 同じ女性とは思えないくらいの美しい容姿。見れば見るほど魅力的に思えた。決して濃くはないけれど、彼女の魅力を最大限際立たせているメイク。高そうな洋服にハイヒール。ブランド物に違いない。でもどうせ男に貢がせたんでしょう?女は自分の容姿に目を向けた。25年間、1度もメークをしたことがない。ヘアサロンには生まれて一度も行ったことがない。枝毛の多いぼさぼさの頭。年季の入った、チェックの長袖のシャツにはげたジーンズ。足元のスニーカーは薄汚れている。スプリングコートは何年前に買ったのかなんて覚えてない。学生時代の友だちはみんな陰キャで、誰にも彼がいない。誰かに彼ができそうになると欠点を見つけて付きあわせないようにする。若い男性に道を尋ねられただけで動悸が止まらない。ホストのような頭の男性とは目も合わせない。彼女は女の視線を感じたのか、女をまじまじと見た。女はとっさに目をそらした。馬鹿にされてる、そう思ったからだ。物憂げに彼女が首をかしげると、長くてきれいな髪がさらさらと肩をこぼれ落ちた。高いお金を取られるヘアサロンに行き、シャンプーとかだってうんと高いものを使っているに違いない。

 彼女は女をまじまじを見た。ため息をついた。憧れのビューティアドバイザーになり、デパートの化粧品売り場に勤務して3か月。上司に毎日呼び出される。仕事のミスならば構わない。だって愛の鞭は私の技術や力量を向上させてくれるものだから。だけど上司の言葉はいつも同じ、『お客様は美しくなりに来てくださってるのよ。あなたがそんな容姿では、お客様は不愉快じゃないかしら』生まれ持った容姿を非難されても困る。それとも見栄悪く整形をしろっていうのかしら。仕事でもプライベートでも履き続けるハイヒールのせいで足は太くなってしまった。足を細くするために、マッサージサロンには毎週通っている。慢性的に腰痛になり、整体にも行く。学生時代から彼は途切れたことはない。でもそれはそれなりに努力しているから。並んで歩く彼が嫌な思いをしないようにシーズンの服装を着る。毎シーズンごとに服を買い替える。太らないように無理なダイエットをして、いつでもきちんとメイクをする。はあ、とため息をついた。満員電車に乗れば痴漢に遭い、暗い人寂しい夜道を歩けば裸にコート1枚のおじさんに汚いものを見せつけられる。日常茶飯事。彼女は斜め下に目を向けた。そこにはくたくたのスニーカー。あんな靴を履いて毎日を過ごしたらどんなに楽だろう?ノーメイク、ヘアサロン、シャツ、スニーカー、ジーンズ、コート・・。彼女は深い溜息を吐いた。


ーでもあんなふうにはなりたくない。今までどんな人生を歩んできて、この先どんな人生を歩んでいくのか想像できる。これはこれで楽ちん。これはこれで気に入っている。期せずして視線を合わせた2人は愛想笑いをした。


❇️読んでいただいてありがとうございます。街中できれいなお姉さんを見ると、うらやましいなと思います。でも、家の外ではそれが彼女の基準になっているから大変だろうなあとも思います。常にメイクして高そうな服を着てハイヒールを履くなんて、無理!!ダラダラな服装が一番!!