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小説≪⑥・明日は海の日。なっちゃんと出会った日・⑥≫

「あおいさん、見て」
    次に一緒にご飯に行ったとき、ももちゃんは何かに気がついて欲しいとばかりにいつもよりも距離を縮めてきた。
「あ、えと・・」
  もごもご言うぼくに、口先をとがらせた彼女は首を左右に振った。耳元を見た。
「自分で選んだの」
  ふたまたのさくらんぼの形をしているピアスがそこでゆらゆら揺れていた。
「よく似合うよ。自分で選んだんだね。すごいね、すごいね」
   矢継ぎ早に言った。子供扱いしたことに怒ったかなと少し後悔したけど、彼女がそれに気がついている様子はなかった。
「ひとりで買いに行くって言ってるのに、お母さんがついてきて、ももちゃんには別のがいいって言うのよ。あおいさんにほめて欲しいから自分で選ぶ。うるさいから黙っていてって言ったら帰りまでずっと黙っていたの。少し悪いことしたかしら」
  ももちゃんは少し悲しそうな顔をした。
「いや、違うよ。ももちゃんが成長したって喜んだと思うけどね、ぼくは」
  そうだといいな。最大なる願望だ。あおいさんがそう言うなら、きっとそうね。そうに違いないわと口にした。
「今度はぼくのなにかを選んでよ。うーん、ええと、何がいいかな」
   悩むぼくを真似て、ももちゃんもうーんと腕を組んだ。それがあまりにもかわいくて、ぼくはくすくす笑った。
「・・ネクタイはだめ?」
   ぼくよりも先にももちゃんは口を開いた。
「いいね。そうしよう。毎日使うものだし」
   あ、ネクタイ、と思った。
「あおいさん、いまから買いに行きましょうよ。伊勢丹にお世話になっている販売員さんがいるの」
  あ、  伊勢丹、と思った。
「あ、あんまり高いのはだめだよ。ぼく、そんなにお金持ってない」
「ブランドや新作とかにこだわらなければ大丈夫よ」
  ももちゃんはどこかに電話をかけた。その知り合いの方だろう。しばらくすると相手がオッケーしたのか、ももちゃんから笑顔がでた。カードが上限いっぱいにならないだろうか。そしたらもう何も買えなくなってしまう。それは困る。コンビニでお弁当かなんかを買ったときに、引き落とせませんなんて言われるのはいやだ。引き落としの日が怖いよ。

    伊勢丹のネクタイっていくらするんだろう。グッチとかポール・スミスとかアルマーニとかあるけれど、一番安いのはどのメーカーだろう。上の空で歩いていたら転びそうになった。
「あおいさん、大丈夫?」
   何もないところで、けつまずくなんて恥ずかしすぎる。
 「あ、うん。ありがとう」
  にこっと笑顔を向けたももちゃんは、
「手を握りましょ。そしたら転ばないわ」
  手を差し出した。
「でも、ぼくが転んだらももちゃんも転んじゃうよ」
   ぼくのせいで、 ももちゃんが怪我をしたら困る。顔なんて特に。そんなことになったらご両親に殴られるだろう。病院送りになっても文句は言えないな。ちゅうちょしているとももちゃんはさっさとぼくの手を握り、
「だったら転ばなければいいのよ。それにあおいさんと転ぶんだったらそれでいい。怪我してもなんとも思わない」
  そう勇ましく言った。ももちゃんってこんなに強い人だったかな。女性は母親のアドバイスを拒否したってだけでこうなれるのかな。ももちゃんだからかな。
  「あのね」
ももちゃんはぼくの顔を見上げながら言った。
「あおいさんと初めて会った日の夜、ご飯を食べながらお父さんとお母さんとあおいさんの話をしていたの」
「悪口?」
「ちがう」
「ご、ごめん」
   口を尖らせた彼女はとうとうと話し始めた。  
「お母さんはね、あおいさんの友だちみたいな積極的で、たよりがいがある人がいいって言ってたの」
   そう言われたのはこれで何度目だろう。もう慣れたけど。ぼくは消極的で頼りがいがないって思われてたのか。遠慮深くておとなしいだけなのに。似たようなことは今まで何人もの人に言われてきたけど、お付き合いしている相手の親御さんに言われるのはこたえるな。
「彼に別の誰かを紹介してもらったら?とも言ってた」
   ぼく、ご両親に最初から好かれてないじゃんか。
「でもわたしはあおいさんがいい。あおいさん以外の人とは付き合わないって言ったのよ」
   いままで自分から告白したことなかったからやりかたがよく分からなくて。だからずっとどきどきしてたの。全然寝れなくて。デートの日、わたしの目が赤かったでしょう?ももちゃんはぼくの目を見ながら言った。目、  赤かったかな。
「あ、うん。そうだったね。うん」
   帰りに、ひとめぼれしましたって言ってくれたっけ。どうしてこんなにいい子がぼくを好きなのか分からない。
「おと、ももちゃんのお父さんは何て言ってるの?」
  今度は困った顔をした。
「お父さんは誰でもいやみたい。むかし、お付き合いしていた人の話をしてたときにいつも嫌そうな顔をしていたわ」
  ぼくだから嫌ではないということに少し安堵した。
  「だからつまり、わたしにも意志がきちんとあるってことよ。あおいさん」
  「・・ごめん」
    心にあった言葉を深く考えずに言っちゃったけど、ももちゃんを傷つけてたんだ・・。今度からは口に出す前に前頭前野できちんと考えよう。でなければそれがある意味がない。今度よく切れる刀を買ってきて、首を誰かにすぱんと切ってもらおう。見た目が悪ければ、頭と同じくらいの大きさのダンボールをガムテで首にぐるぐる巻きつけたらいい。 それを必要としている人にあげてしまおう。     


✴️読んでいただいでありがとうございます。最後に書いたダンボールの話しについて。誰かと話をするときは、この話題はこの場にふさわしいか、この言葉は相手を傷つけないか、自分の考えをストレートに言っていいか婉曲に言うほうがいいかと常に考えています。なので毎日ぐったりです。言葉ひとつで相手をいくらでも傷つけることはできるし、傷つけられもするので。
  他人を平気で傷つける人ほど、傷つけられたら烈火のごとく怒りますね!!我が身がカワイコちゃんの人ってホントに面白い。地獄に落ちろといつも念を送ってます✨✨