どれか本当(ほんと)でどれが嘘で
大きな顔だけ人間が俺を見つけると襲いかかってきた。知り合いのような、知らない人のような。何だ、何だよ、何事だよ。当てもなく猛ダッシュした。そいつに追いつかれないように、喰われないように。目が覚めるとスマホからミスチルの『ピンク』がエンドレスで流れてきていた。顔のない男と出会う、その歌詞が原因だ。夢か。夢だったら、あんなに一生懸命走らなかったのに。転んで足から血がでるほど。けれど安心した。だって夢なのだから。
「好きです」彼女はそう言ってくれた。ずっとずっとずっと好きだった彼女からの告白。天にも昇る気持ちだった。彼女を抱きしめ口づけた。何度も何度も愛し合った。まるで夢のよう。いや、これは夢なんかじゃない。
「浮気するなんて最低」彼女は眉をひそめ、俺の頬をひっぱたいた。どうしてばれたんだろう。頬をおさえた。彼女と浮気相手のあいだには接点は一つもないはず。彼女と浮気相手のニックネームも同じにしてたってのに。頬をなでた。痛みはなかった。・・痛くない?もう一度頬を撫でた。ああ、これは夢だ。つまり現実じゃない。嘘だ。ほっとした。全部嘘。頬をつねりあげた。痛みは全然なかった。
「なにしてるの?」彼女は男と歩いていた。目を疑った。彼女が浮気?信じられなかった。だって彼女のスマホの着信と受信のチェックは欠かさなかったから。不審な点は一つもなかった。友人や親御さん以外からの着信もラインもなかった。だったらいつの間に?2人に動揺したのか、なにもないところで転び、手をすりむいた。男は優しい声で、大丈夫ですか?と手を差し出した。彼女は微動だにしなかった。血がでてる・・。にじむ血を見ていたら、急に痛みを感じた。血が出ていること、手のひらが痛いこと、彼女が浮気をしていること。ぜんぶ現実。夢じゃない。
それは奇妙で奇想天外な出来事だった。大きなお腹の彼女が分娩台の上にいた。その手を握るのはあの男。俺は分娩室の隅にいた。彼女は断末魔のような声を上げた。赤ちゃんが姿を現した。彼女のお腹はぺちゃんこになった。彼女によく似たーじゃない。彼女そのものの顔立ちの赤ちゃん。一度へこんだお腹がまた膨らんだ。彼女はまた断末魔を上げた。また泣き声が上がった。お腹はへこみ、また膨らんだ。分娩室は赤ちゃんだらけになった。いや、違う。生まれた順に彼女たちはどんどん大きくなった。彼女にそっくりな彼女たち。彼女は他人のものだけど、彼女たちは俺のもの。彼女たちが望めば俺から離れていったって構わない。俺は彼女に一番よく似た彼女の手を取り分娩室をでた。
俺の隣には大好きな彼女がいる。これは現実。彼女は俺の腕の中で寝息を立てた、俺たちの愛の結晶をお腹の中で育てながら。
✴️読んでいただいてありがとうございます。サルヴァドール・ダリが大好きです。その中での『記憶の固執』をイメージしました。くにやぁと曲がった時計が枝にかかっているのが印象的な絵画です。ダリのファンの方たちには怒られそう内容だな😥