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中編小説『センターマイク・下 』

   毎年、年末に大きな賞レースがある。年を追うごとに参加者が増えており、今年は最多、6017組だそうだ。プロはもとよりアマチュアも参加できる。プロ同士のユニットでもいい。子供同士や親子で出場する人もいる。年齢、国籍は関係ない。結成年数の資格さえ満たしていればいい。参加者がすることは漫才、それだけ。この大会は数ある他の大会とは格がちがう。注目度も違う。時代の寵児になるか、ただの漫才師のままで終わるか。優勝かそれ以下か。1点差で負けても負けは負け。優勝しなければ意味がない。


  1回戦は全国11か所、夏のはじめから2ヶ月に渡り行われた。漫才の制限時間は2分。去年、準決勝に進出したぼくらは免除された。よほど能力のないコンビ以外は通過する。地方会場はアマチュアが多く参加するらしい。今年はスケジュールが合わなくて行けなかったけど、来年は泊まりで見に行こうと思ってる。アマチュアの方からも学べることはたくさんある。ぼくの知らない世界で生きている彼らからいろんなことを盗まないと損だ。まあ、参加料は安いうえ、放送作家さんに漫才を見てもらえるという理由でそれに挑む人もいると聞く。


   2回戦は4ヵ所、1週間弱。時間は3分。ここでは、笑いを取ることは当然だけど構成、つまりネタの仕組みも大切。ボケる、ウケる。フリ・ボケ・ツッコミがどれだけうまく組み立てられているか、漫才にうまく取り入れられてるか。こちらが少しでも違和感を感じながら漫才をしていると、見ている側にそれをすぐに悟られてしまう。会場にはほとんどが見知った顔。舞台に上がる直前までスマホをいじったり、雑誌のインタビューに答えていたり、馬鹿話しをしていたコンビもいた。みんなまだまだ余裕。発表は漫才終わりに。


  3回戦は2ヵ所、10日に渡り。ここは爆笑と構成に加えてキャラが必要。彼といえばこのキャラクター、ぼくといえばこのキャラクターがあるからそれを漫才にもぐりこませる。まあ、キャラなんていらないって言う芸人もいるけど。ここは実力者揃い。あちこちの賞レースで優勝したコンビがほとんど。有名芸人の数は多い、けれど無名芸人もいるし、なんだったら養成所の生徒もいる。つまり彼らは、まだ芸人になっていない人たち。立場としてはそこらへんを歩いている人と変わらないけど、漫才に関してはエリートの一般人ってこと。見たことのないコンビがいるなと思って漫才終わりに話しかけたら、アマチュアのコンビだと言った。彼らの漫才では会場にいた人はおろか芸人も笑っていた。それもたくさんの。構成作家さんがついてるのかな。そうだとしたらぼくらにもついてくんないかな。発表は同じく。頂点に立つまでにはまだまだなのに3回戦の発表さえ緊張した。


   準々決勝は2ヵ所。4日かけて。発表は同じく。この頃から、いろんなコンビがメディアに取り上げられたこともあり、準々決勝の発表はなおさら緊張した。その発表の日の夜、フォローしている芸人のツイートが更新されていた。準決勝に上がれなかった悔しさをツイッターにあげていた。【ショックすぎるんで来年は審査員さんたちを買収します!!ファンのみなさん、お金をたくさんください!!】もともと上手いボケを言う芸人だけど、これはほんとか嘘かわかんないな。     どんなことがあったって次の日は来る。通過できたぼくらにも、できなかった彼らにも。
「✕✕さんのツイッター見た?落ちた次の日にツイッターを更新してたね。ぼくだったらショックで2、3日はできないよ」
   次の日はバラエティー番組の収録だった。楽屋でぼくは彼に話しかけた。彼はいつものようにスマホを触っていた。ネタが思いついたときはスマホに打ちこむらしい。手を止め答えた。
  「ファンがいての俺らだからな。落ちたことがショックで、ツイッターを更新しないなんてありえない。自分の気持ちよりもファンへの報告が大切だ。彼にはそれが分かってるよ。賞レースに負けたときに、他の芸人に頑張ってくださいとか気をつかったコメント書くヤツいるだろ。嘘くさい。応援コメントとか激励コメントを書くなんて、どんなイイ子ちゃんだって思うよ。周りに配慮してるように見せて、実は好感を持たれようとしてんだよ。そんなことバレバレなんだよ。コメント書かれた人間もそれを読んだ第3者も、それが見抜けないほどバカじゃない」
  スマホをテーブルに置いた。
 「ファンは、今回のことで彼が感じたことや思ったことを知りたいしコメントを書きたいだろう。1秒でも早く。ファンをないがしろにしたら俺らは終わり。ファンになってもらえるには時間がかかるけど、離れていくのは一瞬。芸人なんていくらでもいる。乗り換えられても文句は言えない。それにもう戻ってくれないファンもいる。サインや握手もして欲しい。ノートのコメントを書いてくれた子にはスキを押すとかコメント書くと何か反応をして欲しい。ツイッターもしかり。コメント書くとかいいねマークつけるとか、そんな些細なことだけどファンは喜んでくれる。おれは毎回そうしてる。それからツイッターにリプライ制限をしないで欲しい。否定的なコメントを見たくないかもしれないけど、それだって立派な意見だ。考えてもみろ、本当に興味のない相手ならツイッターにアクセスすらしない。そういう否定的なコメントを読みたくないのなら発信するな。ファンならばコメントを書きたくて当たり前だろう。でもリプライ制限されてたら書けない。腹を立ててファンをやめるかもしれない。でも自業自得。誰も恨めない。舞台に立ちたくても、ファンがいなけりゃ立てない。おまえの方がフォロワー数が多いんだから、その辺のこときちんとしてくれ。頼むよ」


   準々決勝には一番面白いネタを持っていこう、彼はそういった。3回戦までの漫才は彼がチョイスした。提案されたものはどれも得意とする漫才だったので、ぼくは即座に同意した。けれど今回は2人で1つずつネタを出して、あれこれと話し合いぼくが提案したものを選んだ。
「お前が選んだ漫才のほうがいいな。勝つ自信があるし面白い」
  うれしかった。ぼくが書いて2人で修正した漫才だったから。
「もし落ちても後悔しない漫才だな。誰かに選んでもらった漫才で優勝するより、俺ら自身が選んだもので最下位になっても後悔しない」


   準決勝のウケ具合は決勝に直結するーという人がいる。だとしたら、あのコンビは行けて、あそこは行けなくて・・。何組かのコンビが浮かんだ。いや、考えるのはやめよう。そんなことは誰かの勝手な推測にすぎない。


   準決勝は当然1ヵ所で、半日で。毎年同じホールで行われる。ロケやプライベートでその建物の近くを通ると、そのときの記憶がよみがえる。あの年の漫才には変な間ができたんだっけ、その前の年の漫才は審査員の反応がイマイチよくなかった、それから・・。彼もそれらに気がついていたらしい。
「そうだったな」
 とは言ってくれたけど。


   準決勝の審査員は安定感よりも目新しさを求めている、と言ったのはどの先輩芸人だろう?だとしたら芸歴が長く、枠からはみ出さない漫才をしてるぼくらは評価されないってことかな。でも今さら、目新しい漫才は作れない。今まで作った漫才をぜんぶ捨てる、まったく違うものをつくりだす。そんな勇気はない。それにもう若くない。芸歴だってそこそこ長くなってしまった。若ければそうしたかもしれないけど。


    決勝に残るコンビの発表が始まった。ぼくは目を閉じ手を組んだ。
「1組目は✕✕、2組目は○○、3組目は△△・・」
   大会関係者によりコンビ名が発表された。発表されたコンビはみな、歓声を上げた。おおおおお、うおっなどと大きな声とどよめきが何度も起こった。名前が呼ばれたコンビはみんな、緊張が解け安心しきった顔をしていた。目に涙を浮かべている芸人もいた。発表ごとに、残りのコンビは拍手を送った。


   決勝の進出が決まったのは10組。動きではなく話術や言葉で笑いをおこす正統派漫才のコンビ、テレビ出演をなるべく断り劇場を主戦場にしているコンビ、女子中高生にアイドル扱いされているけれど実力がきちんと備わっているコンビ、多数のお笑いのプロが認めているコンビ、アングラ芸人と言われ世間にあまり知られていないけれど下馬評の高いコンビ、早くからその実力とキャラクターが評価されてネクストブレイクにあげられているコンビ、ラジオ人気が高く熱心な信者をたくさん抱えているコンビ、芸歴が短いのにやたらと知名度が高くメディア露出も多いコンビ、デビュー前からその実力を認められている若手同士のコンビ・・。そしてぼくら(ぼくらには、若手のころから将来を有望視されていて頭脳明晰な主軸のいるコンビ、というネーミングがついていた。有望視だの頭脳明晰だの主軸だのなんて、全部あいつのことじゃんか・・。その無責任なネーミングを読んでいらだちを覚えた。でも彼はいつものように、聞き流せと答えた)。
「以上です」
   隣にいるコンビがぴくんと体を震わせた。「お疲れさまでした」
  ぼくは横目で、隣にいる同期を見た。彼らが落ちたーまさか、うそだ。うそに決まってる。まちがいだ。まちがい。別のコンビとまちがえてる。だって優勝候補って言われてたのに。準決勝なんかで落ちるようなコンビじゃない。
「おつかれ」
  彼はいつものように、淡々とそう言った。「あいつらが落ちたのはどうしてだろう?」    翌日は劇場で漫才の仕事が入っていた。そこで彼に小声で言った。なぜなら、そこに彼らがいるから。2人は、けろっとした顔をしていた。気丈にふるまっているのか現実を真っ正面から受けとめてふっ切れているのかはわからない。
「しかたない。運がなかったか実力不足だったんだ。それとも両方かもな」
  彼は淡々と言った。
「冷たすぎる。同期だよ、もっと優しくしてあげてよ。ぼくらもそうだけど、この大会のために1年を捧げてきたんだよ。同じ立場なら分かるでしょう?」
  ぼくの矢継早の言葉に彼は眉をひそめて言った。
「だったら同情したらいいのか?残念だったな、また来年があるよ、審査員がクズだったんだ、あいつらはおまえらの実力が分からないんだ。そう言えばいいのか?」
  ぼくは口をひらいた。
「だって同期だし・・」
「同期同期ってうるさいな。同期といえどライバルだ。先輩だろうが後輩だろうが同期だろうが、蹴落とさないと俺らは優勝できない。去年、優勝したコンビを誉めたたえてたな。わざわざツイッターに書いて。相手のツイッターにもコメントしたって言ってたな。俺は悔しすぎて寝れなかったよ。優勝したコンビを誉めたくなかった。だって俺たちが一番だと思ったから。どこをどう比較しても俺たちは劣ってない。どうして落ちた?なにが悪かった?順番か?ネタの選択か?審査員の気分か?体調か?好き嫌いか?でも・・思ったんだ」
  彼は天井を見上げてため息を吐いた。
「こんなに恨んだり悔しがったりしてるってことは、やりきってなかったのかもしれない。ベストを尽くした、そのときはそう思ったけど本当は余力を残してたんじゃないか。やり尽くした気になっていただけ。このくらいの漫才を見せとけばいいって心のどこかで思っていたかもしれない。おごっていたのかもしれない。審査員はそれを見抜いた、だから優勝できなかった」
  漫才馬鹿だな、やっぱりこの人。昔、芸人の誰かが言っていたことを思い出した。
『あいつ、ストイックすぎんだよ。あんなに漫才のことばっかり考えて何が楽しいんだ。だからモテないかと思いきや、それがモテるんだ。腹が立つことに。漫才に一途ってことは女性にも一途かもってファンの子たちは思うのかな。ノートもちょくちょく更新してるみたいだし。一途でマメなヤツだな。オレは漫才よりも女の子とコンパしたり遊んでるほうがよっぽど楽しい。結局さ、賞レースで優勝したからって何になるんだ。収入が保証される訳じゃないし、どんな漫才でも笑いがバンバン取れるようになる訳じゃない。舞台のトリを毎回取れるわけでもない。単なる称号にすぎないだろ。オレはそれなりに名前が売れてそれなりに食べていけるようになって、あわよくばアイドルや女優さんとお近づきになれて、うまいこといったら結婚できればいいって思う。おまえ、とんでもないやつに捕まったな。あいつとコンビを組んでるかぎり、女の子とイイことはできないな。かわいそうに』


   今回の賞レースのために、ぼくらはお揃いのスーツをオーダーした。賞レースのような大きな舞台に出るときは、スーツを着ようと決めたのは結成したその日だった。そのころはお金がなくて既成のスーツを着ていて、稼げるようになってからはセミオーダー。そして今回は初めてフルオーダーした。
「こんなに高いなんて思わなかったよ」
「フルオーダーだからな」
  2人の肌の色や体型、2人が並んだときの色のバランス。もちろんお互いの好みのカラーや似合うカラーも考えて。細身のスーツがいいのか、太めか。流行りに合わせるか、好みを選ぶか。見積もりの金額にぶつぶつ言いながらも、選んでいる時間が楽しかった。
「フルオーダーにするよ、ぼく」
  2回戦が終わった後、彼と駅まで一緒に帰った。
「スーツ?ああ、やる気だな。頼もしい」
  漫才の出来や感想、会場の雰囲気を話しながらも、心のなかでは別のことを思っていた。テレパシー、届け。ぼくのテレパシー、届け。彼にぼくのテレパシー、届け。
「じゃ、俺もそうしよう」
  ぼくの言葉にそれを決めたのか、最初からそう考えてたのかは分からないけど、ぼくのテレパシーが彼を動かしたと信じてる。てことくらい、ぼくらは通じ合っている、と思いたい。


   決勝進出者が決まると、局内やEVの中にポスターが貼られはじめた。それは昨年の優勝コンビの写真をバックに、日時と放送時間の書かれていた。あと3週間か・・。気が引き締まると同時に、そのコンビを見て悔しさがよみがえった。ぼくだって悔しくないわけじゃない。だけどそのことばっかり考えてる訳にはいかない。年末は特番が多く、ありがたいことにぼくらはたくさんのバラエティーに呼んでもらえていた。毎日のように、あちこちのテレビ局に行きVTRにボケたりツッコミをしたり、あちこちの劇場に行き漫才をした。レギュラーを持っていたから、今年の放送分や来年分も収録した。番組なんて持ってるから作りこんだ漫才ができないんじゃねえの、と憎まれ口を叩く芸人もいた。
「ひがみだ、気にするな」
   気の小さいぼくはすぐにへこんでしまう。だけれど彼は、沈んだぼくの心を引き上げてくれる。
「ありがと」
「どうも」
  彼とは毎日のようにラインをし電話を掛けた。 どの漫才をしたら選んだら勝てるか、既存のものにするか、新作にするか。少しでも引っ掛かるところがあれば疑問をぶつけた。漫才にこんなにも真っ正面から向き合ったのって久しぶりだ。
「風邪だけはひかないようにな」
  決勝が決まってから、テレビ局や劇場での別れ際に彼はいつも言った。
「うん、お互いに」
   ぼくも同じ台詞を口にした。
「優しいね」
  彼のそんな言葉が嬉しかった。ぼくを心配してくれる。
「ちがう。当日に声がでなかったら困るだろ」
  うつむいてボソッと言った。照れかくしだな。素直になればいいのに。かわいいな。女性はこういうギャップが好きなんだろうな。彼女作ったらいいのに。漫才の幅が広がるよって提案しようかな?


    朝。飲んでもないのに、吐き気を覚えて目が覚めた。5時なんていうとんでもない時間に。いや、そもそもほとんど眠れていない。行きたくないな・・。どこかに逃げたい。ぼくのことを誰も知らない人たちがいる場所へ。この緊張から解き放たれる場所へ行きたい。このままここに居続けたらどうなるんだろう。単純に失格かな。それもいいな。決勝に進んだコンビの、前代未聞の失格者。おもしろいや。それはそれでニュースになる。彼にはボコボコにされるだろうけど。布団の中で、クスクス笑っていたら電話が鳴った。『起きてましたか?』
  相手はマネージャーさんだった。急に現実に引き戻された。ううう、気持ちが悪いや。『いまから起きまあす』
  ベッドに腰かけ、ハンガーラックのスーツに目をやった。今日のために作ったスーツ。がんばろう。彼のためにがんばろう。彼がのぞむ結果をだすためにがんばろう。彼の笑顔を見るためにがんばろう。それから、冷蔵庫の中で冷やしてあるトリスハイボールを美味しく飲むためにもがんばろう。


  廊下を意味なくウロウロする芸人がいれば、ネクタイを締めようとしているのに、手が震えて何度やってもできない芸人もいた。 廊下で壁に向かってネタ合わせをしているコンビがいれば、一人言を言っているのか相方に話しかけているのか、何かぶつぶつ言っているコンビもいた。ほとんどのコンビは楽屋から姿を消していた。やたらと広く感じる楽屋。ぼくは斜め向かいに座っている彼を見た。彼はなんでもない顔をして、タマゴサンドをもぐもぐと食べていた。彼の大好きなそれを。ぼくは緊張のあまり朝から何も食べてないっていうのに。今日が大きな賞レースの当日ってことを忘れてんじゃないかってくらい落ち着き払っていた。いつも通りに。サンドイッチを食べながらスマホを触っていたかと思えば、また腕をくみ天井を見上げ、またスマホを触った。ぼくといえば、着信音やフォローしている誰かからの通知音を聞きたくなくて電源を切っているってのに。スマホはカバンの奥に押しこんでおいた。ニュースアプリのコメント欄では、誰が優勝するだの誰が最下位だのという、無責任なコメントが飛び交っているだろう。そんなものに動揺されたくない。ほんの少しの動揺が漫才の出来を左右しかねない。気が弱い証拠だなあ。それにしても落ちつかない。心臓がドキドキして、手汗が止まらない。あがり症なんて今まで思わなかったけど、ぼくは本当はあがり症なのかもしれない。どうしたら落ちつくかな。固まった顔をパチパチ叩いた。笑顔が出ない。口がまわるかな。ネタがとんだり、変な間が空いたらどうしよう?はあ、帰りたい。のどが渇いた。でも漫才中にトイレに行きたくなったら困る。でも水が飲みたくてしかたない。左手で水の入ったペットボトルを握りながら右手でぐうちょきぱあ、ぐうちょきぱあをし、ぶつぶつと、イケルイケルイケルイケルと繰り返した。
「おまえ、大丈夫か?」
   眉をひそめ、怪訝な顔を向けた。
「あああ、あ、だいじょ、だいじょ」
  彼はスマホの電源をオフにした。立ち上がり、壁に面している長机の上の鞄にスマホを入れた。戻ってきて椅子に座った。
「手のひらに4って4回書いて飲みこむ真似をしろ」
  ぼくは言われた通りにした。
「どうして4なの?」
   ニコッとほほえんだ。
「俺のラッキーナンバーだから。心が落ちつくおまじない。今まで100パーセント効いてきたからな」
  ぼくも笑みを返した。
「ありがとね、ぼくのために秘密を教えてくれて」
 うつむいた彼は、別におまえのためじゃない・・と頬を染めてぶつぶつ言った。 
「みなさん、会場に入ってください。おねがいします」
  楽屋にスタッフの女性が入ってきた。とうとう始まる・・。ぞくぞくっと武者震いがした。その声にみんなはバラバラと立ち上がった。腰を上げたぼくに、同時に立ち上がった彼は言った。
「とにかく一生懸命やれ。後悔だけはするな。合計点が低かろうが、審査員から辛らつなことを言われようがどうでもいい。漫才中になんかあったら俺がフォローする。とにかくお前が納得できる漫才をやれ」
  後悔、評価、納得。今まで彼が口を酸っぱくして言っていたこと。大丈夫、彼を信じてれば上手くいく。
「返事は?」
「はいっ」
  彼はぼくの肩をポンポンと叩き、笑顔を向けた。
「相方がおまえでよかった。あのときの俺の選択は間違ってなかったよ」




「明日からも忙しくなるからな。寝る暇なんかなくなる。漫才中に寝とけ。目覚めたときには優勝して6017組の頂点に立っている。明日から一睡もできなくなるぜ」  
   舞台がせりあがった。ああ、まぶしい。明るすぎるスポットライトに眉をひそめた。



「行くぞ」
   彼のことばに、ぼくは足をふみだした。



❇️読んでいただいてありがとうございます。モデルはまさにM1です。固いと思っていたファンの芸人さんが準決勝で落ちて、他人事ながらも心配して心配して、翌々日にツイッターの更新がようやくあって、前向きの内容だったことを思い出しました。彼らが優勝できますように!!!!今の唯一の望みです。


これは2年前の感想です。彼らはいまは東京に拠点を移して、冠番組をしていたこともありました。賞レースで優勝しなくても活躍の場所を与えてもらえてる。それとも事務所の大きさの違い?