サクラバクシンオーは長距離血統なのか?

最近、競馬や「ウマ娘」関連の動画のコメントやツイートでよく目にするフレーズがあります。

「サクラバクシンオーは長距離血統」

・・・そうなのか?
筆者は競馬歴20年以上ですが、予想に血統をあまり持ち込まない人間なので、血統知識はまあそこそこ。とはいえ、サクラバクシンオーが現役馬としても種牡馬としてもスプリンター色の濃い馬なのは競馬ファンの常識。それゆえ「サクラバクシンオーは長距離血統」という説があるのは意外でした。
・・・というわけで、サクラバクシンオーの血統を好奇心のままに調べてみました。
あくまでも素人の我流考察ですが、それでも気になる方はお付き合いください。

情報ソースは主に「netkeiba」(https://www.netkeiba.com/)。古い時代の実績に関しては、「優駿たちの蹄跡-競馬データベース」(https://ahonoora.com/index.html)を利用させていただきます。

まずは血統表。

「netkeiba」より転載

父サクラユタカオー×母父ノーザンテーストという配合ですね。
自分の勝手な印象は、芝1600~2000×万能という配合で、まあ母系次第で長距離馬も出るのかな、というもの。その印象が合っているのかどうかを調べてみます。

父サクラユタカオー×母父ノーザンテースト

サクラユタカオー×母父ノーザンテーストの配合で、活躍した馬を見てみようと思います。netkeibaの血統検索を参照して賞金上位を列挙します。

1.サクラバクシンオー
2.トゥナンテ(毎日王冠・天皇賞(秋)3着)
3.サクラキャンドル(2400m時代のエリザベス女王杯)
4.ダイナマイトダディ(中山記念・京王杯SC)
5.システィーナ(京都牝馬特別)
6.マヤノデンプシー(37戦7勝・勝ち鞍は芝1200m~芝1600m)
7.アレグラール(44戦7勝・勝ち鞍はダ1700m~ダ2100m)
8.ワールドナウ(41戦5勝・勝ち鞍はダ1700m~芝2200m)
9.エアチャリオット(弥生賞2着)
10.サクラシンオー(青葉賞3着)

短距離志向が強いのは、サクラバクシンオーマヤノデンプシーの2頭。ダイナマイトダディも、走っていないだけで1200mは守備範囲かもしれません。逆に長距離馬はサクラシンオーぐらい。あとはアレグラールが長距離寄りの中距離馬という印象です。マイル・中距離を中心に比較的色々な適性の馬が出ているように感じます。

続いて、サクラユタカオーノーザンテースト、それぞれを単体で見たときの産駒傾向もチェックしてみます。

父サクラユタカオー

サクラユタカオーは天皇賞(秋)を制した中距離馬。通算12戦6勝。勝ち鞍は芝1800m~2000mに限られています。
その父テスコボーイは昭和時代に活躍した種牡馬ですが、サクラユタカオー以外の代表産駒がトウショウボーイ(70年代最強馬候補・連を外した2回はいずれも3000m以上)、テスコガビー(桜花賞を大差圧勝)、ハギノカムイオー(宝塚記念をレコード圧勝)あたりなので、昭和時代の中ではスタミナよりスピードに寄った種牡馬なのかな?というイメージがあります。
続いて、サクラユタカオーの代表産駒を賞金順に並べてみます。

1.サクラバクシンオー
2.エアジハード(安田記念・マイルCS)
3.トゥナンテ(毎日王冠・天皇賞(秋)3着)
4.サクラキャンドル(2400m時代のエリザベス女王杯)
5.オースミマックス(49戦8勝・小倉大賞典・京王杯SC2着)
6.ウメノファイバー(オークス)
7.ニシノダイオー(70戦6勝・小倉記念2着)
8.ダイナマイトダディ(中山記念・京王杯SC)
9.システィーナ(京都牝馬特別)
10.メルシータカオー(中山大障害)

上位10頭中5頭が母父ノーザンテーストでした。この配合は相性が良いみたいですね。
サクラバクシンオーと障害馬のメルシータカオーを除くと、1400~2000の距離を得意としていた馬が上位を占めています。サクラキャンドルウメノファイバーは2400mのGⅠを勝っていますが、適性を地力でカバーできる3歳牝馬限定戦ですから例外でしょう。実際、古馬になってからは両馬とも中距離中心の戦績になっています。
サクラバクシンオーほどスプリント色の強い馬は少ないものの、長距離向きの種牡馬ではないと考えて良さそうです。

母父ノーザンテースト

ノーザンテーストは80年代~90年代に活躍した大種牡馬。通算で10回リーディングサイアー(産駒の賞金額が年間1位の種牡馬)に輝いているようです。賞金順に父ノーザンテーストの馬を並べると次の通り。

1.マチカネタンホイザ(菊花賞3着・GⅡ3勝)
2.アンバーシャダイ(3200m時代の天皇賞(秋))
3.ビッグショウリ(52戦11勝・マイラーズC)
4.ギャロップダイナ(天皇賞(秋)・安田記念)
5.ダイナアクトレス(安田記念2着、GⅡ3勝)
6.スカーレットブーケ(エリザベス女王杯3着、GⅢ3勝)
7.インターフラッグ(ステイヤーズS)
8.ノーザンレインボー(中山大障害)
9.マンジュデンカブト(51戦12勝・ブリーダーズGC)
10.サマニベッピン(阪神牝馬特別)

距離適性が幅広過ぎるダイナアクトレスにGⅡ時代のスプリンターズS勝ちがあるくらいで短距離実績にはやや欠けるものの、あとはマイラーからステイヤーまで幅広く産駒が生まれています。長距離血統とまでは言えないものの、想像よりはやや長距離寄りかもしれません。ノーザンテースト全盛期は長距離の方がお金を稼ぎやすいレース体系だった影響もあるかもしれませんが。
なお、筆者の推しは賞金順15位の「ノーザンテースト最後の傑作」とも呼ばれたクリスザブレイヴ。成績表を見るだけでかなり壮絶な競走馬生を送っていることが分かるので、ご存じでない方は調べてみてください。

母父になると傾向が変わる種牡馬もいるので、母父としての実績馬も同様にチェックしてみます。

1.ダイワメジャー(皐月賞・天皇賞(秋)他GⅠ5勝)
2.カンパニー(天皇賞(秋)・マイルCS)
3.エアグルーヴ(オークス・天皇賞(秋))
4.ダイワスカーレット(桜花賞・秋華賞他GⅠ4勝)
5.トーセンジョーダン(天皇賞(秋))
6.ファストフレンド(帝王賞・東京大賞典)
7.エアシェイディ(有馬記念2年連続3着)
8.リミットレスビッド(東京盃他ダート重賞8勝)
9.イクノディクタス(重賞5勝・安田記念2着・宝塚記念2着)
10.サクラチトセオー(天皇賞(秋))

ウマ娘から入った競馬初心者の方も知っていそうな名前が増えました。ここでもかなり幅広いタイプの産駒が出ていますが、時代の影響か、直仔よりもステイヤーは減って、中距離タイプが増えてきた印象です。
8位のリミットレスビッドはダートの短距離馬。サクラバクシンオーは11位。他にトップ10入りしなかった馬の中では、12位デュランダル、19位アドマイヤコジーンは1200~1600mを主戦場としていました。少なくとも、スプリンターが異端と言われる血統ではないように思います。
逆に、ステイヤーとなると16位のステージチャンプぐらい。ダートの長距離で活躍した6位ファストフレンドがそれに準ずる存在でしょうか。

母サクラハゴロモ

さて、血統は父、母父だけで決まるものではありません。血統で馬を語る上で、もう一頭外せない馬がいます。母馬です。
サクラバクシンオーの母はサクラハゴロモという馬です。通算16戦2勝。勝ったのはダートの1400mと芝の1200m。それ以上の距離だと、ダート1700mで2着、芝1800mで5着があります。サクラバクシンオーほど極端な短距離馬ではなさそうですが、短い距離の方が良かったのは確かなようです。

ただ、自身の距離適性と仔の距離適性が合致しないケースはよくあること。次はサクラハゴロモの仔の成績を確認してみます。以下は1勝以上した仔の父親と勝ったレースの距離を書いています。サクラバクシンオーは一番最初の仔なので、全て弟か妹になります。

スプリングコート(父トニービン)1600~2000m
クリアカット(父リアルシャダイ)1600~1800m
ラトラヴィアータ(父サクラユタカオー)1200~1400m
ポッシブル(父サンデーサイレンス)1800m
バードビュー(父サンデーサイレンス)1000m~1400m
アドマイヤゴッド(父ブライアンズタイム)1200m~1600m
バーズアイ(父サンデーサイレンス)1150m~1300m
エンジェルローブ(父アドマイヤベガ)1600m

サクラユタカオーノーザンテーストに比べて傾向がはっきり出ているように思います。長距離向けの種牡馬と言って差し支えないトニービンリアルシャダイを父に持つ馬でも勝ったのは2000m以内。全体的に短距離・マイル向きの仔が多いようです。従って、サクラハゴロモは繁殖牝馬としても、短距離志向の強い馬だったと分かります。

母の全兄アンバーシャダイ

ここまで見てきた限りでは、サクラバクシンオーの血統が「長距離血統」と呼ばれる理由がないように思えます。では「長距離血統」と主張する人が言う根拠は何なのか
実は、サクラハゴロモの全兄に天皇賞馬アンバーシャダイがいます。アンバーシャダイ自身は長距離馬と言って差し支えない馬だと思います。しかし、その馬が近親にいるだけで「長距離血統」と言うべきなのかは疑問が残ります。サクラバクシンオーの母親はあくまでもサクラハゴロモなのですから。

短距離馬の母親から長距離馬の子供が生まれた!でも、血統を調べてみたら、母親の全兄が長距離馬だった。もしかしたら、母親は本質的には長距離馬だったが、気性や諸々の都合で短距離を走っていただけなのでは!?

……と推理できるケースはなくはないと思います。(ぱっと具体例は思いつかないけど)
しかし、サクラバクシンオーに関しては、自身も母も短距離で良績を残しています。そのうえで、あえて母より血のつながりの薄い母の兄を血統評価のよりどころとするのは果たして正しいのでしょうか。(競馬新聞しか予想資料がないときに、母をよく知らないから近親から適性を推測するのは、それしかしようがないので仕方がない。)

特に、サクラハゴロモアンバーシャダイの父は、幅広い適性の活躍馬を出したノーザンテーストです。兄妹で受け継いだ適性に差があるのは(ここまでの差は珍しくはありますが)、まぁあり得る話ではあると思います。
ちなみに、アンバーシャダイ以外のきょうだいの成績もチェックしたかったのですが、年代が古く、「netkeiba」や「JBISサーチ」(https://www.jbis.or.jp/)には完全なデータがありませんでした。存在するデータのみ見ると、少なくともサクラハゴロモ以外全員ステイヤー……なんてことはなさそうでしたが。
完全な成績が見られる近親の成績にも着目していくと、まず目につくのは菊花賞2着のイブキマイカグラなのですが、この馬の父は長距離大得意のリアルシャダイ(代表産駒ライスシャワー)です。母系がどうであろうと長距離馬になるのは不思議ではないのです。

まとめ

これまでの各項をまとめます。
父サクラユタカオー×母父ノーザンテースト:マイル・中距離が中心
父サクラユタカオー:1400~2000mが中心
母父ノーザンテースト:父としてはやや長距離寄りの万能型、母父としては中距離が中心
母サクラハゴロモ:仔は短距離・マイル向きが多い、自身も短距離向き
母の全兄アンバーシャダイ:現役時代は長距離馬

こうして見てみると、サクラバクシンオーの血統背景は、自身のイメージほど短距離に寄ったものではないことが分かります。かといって長距離血統と言えるほど長距離要素があるわけでもありません。母の繁殖実績を鑑みれば、スプリンターとなったのは順当な結果とも言えると思います。

補足:長距離血統と言われるようになった原因?

最後に補足として、ネット上にあるサクラバクシンオーの血統に関する記述についての見解を。

JRA-VANのサクラバクシンオーについてのコラム(https://jra-van.jp/fun/memorial/1989108341.html)に、このような記述があります。「父は2000mの天皇賞(秋)優勝馬サクラユタカオー。叔父に春の天皇賞馬アンバーシャダイ、そして従兄は菊花賞2着馬イブキマイカグラ。血統好きならずとも「中距離以上で」との想像がふくらんでくる。しかし、そんなファンの予想を大きく覆す結果を残したのが、サクラバクシンオーだった。」

あるいはWikipedia。
「長距離得意であったアンバーシャダイを伯父にもつ血統もあり、当時は必ずしもスプリンターであるとは見られておらず(中略)2400メートルの長距離で行われる東京優駿(日本ダービー)への有力候補との評もあった」

これらの記述自体は間違いではないと思います。なぜなら、これらの文は、今現在の評価ではなく、デビュー当時の評価を記述しているからです。

先ほど、サクラバクシンオーがスプリンターになったのは順当と書きましたが、それはあくまでもサクラバクシンオー以後の母の繁殖実績を見たから言えること。サクラバクシンオーがデビューしたころには、サクラハゴロモの産駒の傾向は当然明らかになっていないし、競馬ファンとて条件馬だったサクラハゴロモの戦績を覚えている人はわずか。おそらくサクラユタカオーの産駒の特徴も定まっていなかったでしょう。

「中長距離での活躍を期待されていた」と「長距離血統である」はイコールではありません。ですが、これらの記述を拡大解釈した人たちがいて、「サクラバクシンオーは長距離血統」と考える人が多くなったのかもしれません。


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