33のおっさんがスタプリ映画でガチ泣きした話

 「映画スター トゥインクルプリキュア 星のうたに想いをこめて」が公開された。

 感想は書けない。言葉で感想を綴って、言葉で語れる範囲にこの映画に抱いた気持ちを納めてしまえるほど、私は立派でもないし、真っ当でもない。

 という訳でこの記事は感想ではない。タイトル通り、33のおっさんがスタプリ映画でガチ泣きした光景のレポートだ。

 1人でも多くの人に見て欲しい、けれども私にはこの映画で何が描かれたのか、それを語る資格も権利も無い。なので私個人の内面の描写に集中して書くことにした。これから先ダラダラと述べられるおっさんの気持ち悪い心理描写に一行でも共感してくださる方がいるならば、今すぐ映画館に行くことをお勧めしたい。

 スタプリ映画が始まって開始1分で私は「あ、この映画絶対面白い」と確信した。もう1分経ったら「私はもしかしたら、この地球上で一番幸せな人間かもしれない」と思うようになった。

 おかしい、プリキュアが始まる直前まで私は疲労で死にかけてた。連日の労働であまり眠れず、そのために頭の回転は遅く、身体には延々と疲労感が残っていた。

 だがおかしい。そんな事を一切感じない。いや違う、そんな事を気にしてる場合では無かった。私はスクリーンから一瞬たりとも目を離してはいけない。例えどんなに死にかけていようと、いやむしろ死んでいても。

 美しかった。全てが美しかった。

 
「美しい」という言葉は何と凡庸なのだろう。だが映画を見てる私の凡庸な感性は、それ以外の言葉が出てくることを否定した。
 今目に映ってる映像は美しく、その映像が紡ぐ物語は美しく、ひかるちゃんやララちゃんの想いや決意、そして彼女たちから発せられる言葉が美しかった。

 一瞬たりとも目が離せなかった。今目にしている物語を何があっても心に刻むのだと私は決意していた。

 そして物語は展開していく。ひかるちゃんの強さ、ララちゃんの優しさ、えれな先輩とまどか先輩の思いやり、ユニちゃんのリアリストさ。これは今までのスタプリで十二分に描かれている。だがそこに今回の映画オリジナルキャラクターであるユーマが加わる。
 それがどんな物語を展開したのかは述べない。これは間違いなくこの記事を読んでくださる貴方が自身で体験すべき事だと思うからだ。この映画において、それを奪ってしまうのはおそらく罪だ。

 私の涙腺が決壊したのは突然だった。月並みな話だが、ふと頬を伝う熱い何かを感じ、そこで私は自分が泣いていることに気付いた。

 プリキュア映画で泣くことは初めてではない。だが、こんな泣き方は初めてだった。そして涙の存在に気付いたらもう私には止められなかった。
 
 嗚咽が止まらない。涙が溢れて止められない。けれどもスクリーンから目を離すわけにはいかない。涙を拭う指すら邪魔だ。
 私は口を必死で抑えた。私は地方民で、最速上映は大体地元の映画館で見ている。少なからず他の観客もいる。私の嗚咽で彼らの感動を邪魔してはいけない。この物語を妨害してはいけない。

 ただ、そうやって必死で嗚咽を堪えてる中聞こえてくるのだ。スター☆トゥインクルプリキュア、彼女たちの言葉が、歌が、想いが。
 そしてそれに混ざって、小さく、本当に小さく、私と同じように必死で堪えて、それでもかすかに漏れ出す嗚咽の声が。

 この劇場にいる人々全員、と言えるほど私はもう純粋ではない。けれど確かにあの場所にはいたのだ。この物語に感動し、涙を流し、けれどもその物語を守ろうと必死で堪えていた誰かが。

 私はその人に感謝したい。私はその人がいなかったら、ある一定のラインを超えていたかもしれない。「映画スター トゥインクルプリキュア 星のうたに想いをこめて」と言う、この世界で最も美しい物語を妨害していたかもしれない。嗚咽を止められず、声を上げて泣き、他の観客の感動を壊してしまったかもしれない。私はその人がいたことで、プリキュアの物語を守る事ができたのだ。
 
 物語は進む。私の涙は止まらない。口を抑える手に力が入る。
 そして、私は最後にとても美しい光景を見た。


 それが何かは語らない。繰り返しになるが、これは感想記事では無い。ネタバレする記事でもない。ただただスタプリ映画を見た私の内面の描写だ。あえて、本当に「あえて」だ。この映画の内容について何か言うとしたら、私は「よかった」としか言えない。
 
 私が内容について語り、まだ見てない人の感動を奪ってしまったら、あの劇場で同じように感動を守ろうとした誰かに対する裏切りになる。なので「よかった」としか言えない。申し訳ないが許して欲しい。

 最後に、映画が終わった後の私について話しておこうと思う。ちなみにEDもずっと泣いていた。
 実は今回、最前列に大学生くらいのグループがいた。彼らは私の目にはいわゆる陽キャに見えた。入場時にかなり騒がしく、正直「彼らのせいで楽しめないかも」と思った。
 けれども彼らは上映中一言も喋らなかった。からかい半分ではなく、本当に真剣に映画を見ていた。

 そして劇場が明るくなった時、彼らの中の一人は泣いていた。
 「もう一回見たい」と呟いていた。私と同じ事を思っていた。


 これは私の恥の話だ。私はどれだけ驕っていたのだろう。彼らはプリキュアを目一杯楽しみに来ていたのだ。
 そして、彼らはプリキュアに感動し、そして映画の感動を守ろうとした。「もしかしたら彼らのせいで楽しめないかも」と思った私は本当に馬鹿だった。
 
 ……正直な所、こんな場所で言っても彼らには届かない事は分かっている。だからこれは私の自己満足だ。それでも、それでも次の言葉を彼らに贈る事でこの記事の終わりとしたい。

 「ごめんね」と。

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