平成26年短歌研究新人賞 応募作品三十首

【小熊座】  (*は予選通過として雑誌に掲載)

未来という未だなきものを求めては去りゆく月の行く方をみる

動きゆく分子の流れすみずみに感じて過ごす今という時

曖昧な天気に揺れる決断は孤立へ向かうような生きかた

毛を舐める音の聞こえる寝室で東雲を待つ薄暗い窓

蛇口から滴るふしぎ吾が猫はシンクに降りて頭を濡らす (*)

洗濯を始める昼に思いやるメトロポリスで絵筆もつ吾子

洗濯は一回で済み洗剤はいつまでも持つ節約せずに

ハンガーが足りないと言った子は居らず口を結んだ洗濯ばさみ

夢に見た喉の痛みがまだ残り青空はるか子の身をおもう

週二日ごみの日あってゴミ箱はからり余裕の猫との暮らし

朝空が朱鷺色めいて染まるとき鳥の囀ずり耳をくすぐる

十二時にプルトップ引く合図して反省会を始める吾と世界と

缶詰の縁を擦って傷つかない世界はますます安全になる

温かいビザを一切れ取るときにチーズ溢れる世界の果てで

ブルゴーニュグラスに三つ香り聞き猫と二人で横たわる午後
 
耳元に猫なく声を聴きながらぼんやりと見る夕方の空

天の川銀河が撫でてくれるから清浄化した朝を迎える

胸に咲く赤紫のコサージュを揺らす乙女の卒業の日よ 
 
乙女らの声に弾んだ教室は今日を最後に空っぽになる
 
永遠に卒業がない黒板はびっしり文字で埋まり輝く

後輩に囲まれ笑う卒業の姿は親の知らぬ眩しさ

添い寝する腕には毛深い猫がいて昔寝かせた吾が子を思う

片付いた部屋は臭いも熱もないお掃除でなく引っ越しなのだ (*)

トラックが来て運び出す十八の歳月詰めた段ボール箱

引っ越しの荷物積み終え雨上がり株分けをする積もりで見やる
 
ハイタッチして子を送る 時報さえ卯月となって新しいから
 
新しい朝を迎えた部屋で聞く天気予報はがらんと響く

川端に初音よろこぶあくる日は独りの家に春の雨降る

雨にぬれ雀が庭に降りてきて嬉しそうだな虫がいるのか

挨拶は「寂しくなるね」本当の言葉を扱うすべを知らない