『異人の祈り』 二十首
*「第一回石井僚一短歌賞」(平成28年)候補作 稀風社刊『稀風社の貢献』掲載(平成28年5月1日発行)。
異人の祈り 安野文麿
家族して新しき町へ移る日の歩道の雪は土にまみれり
がらくたの箱に詰められ人形は引つ越すたびに泪をからす
崖の上蹴りし石ころ転げ落ち瞬間曇るフロントガラス
車からバネを外せし手のひらに刺さりしバネを外して洗ふ
息は切れ忘れし笛を取りにゆく峠の鳥居が怖くて笑ふ
不味ければ吐いてもいいと夕まぐれレバー吐き出す母の声とぶ
東雲の染まりゆく時ひとり起き腹を満たせり井戸の水のむ
山里に粉雪は舞うゆつくりと鉦を叩きて葬列は伸ぶ
燦々と日の射す席で転校生 窓のそとゆく救急車をきく
知り合ひしクラスメイトはスカートを捲る手付きの鮮やかなこと
春休み登校すればエトランゼ廊下に光の模様がならぶ
にしき鯉閉ざす氷のぼんやりと逆さに映す二宮金次郎
エラスムス手に取りし日のニユースにはテロ未遂てふ空に三日月
田舎者は外国人に止められて神のことなど駅前にきく
覗き見し外国人のノートなるブロツク体のローマ字をまね
ラジヲから流るるキリヱ朝まだき痴愚神の夢を静かに破る
「また僕は戻ってきたよ緑なす腐敗の王国、みんなの元へ」
ぽつねんと緑に染まるババールの父にささげるレクイエムあれ
諦めの視線ながるる窓の外まるまるとした雀とまれり
色あせし薔薇のつぼみよ枝にのこり弊えし者を見送り給へ