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想像の世界の居場所

高校生の頃、本が好きなわけでもないのに本を読み漁っていた時期がありました。

文学の世界に救いとか居場所とか、そういうものがあるような気がして、探していたんだと思います。

でも、たくさん本を読んだなかで本当に面白いと思ったのは結局一冊だけでした。

ミヒャエル・エンデの『自由の牢獄』という短編集です。

そのなかでも惹かれたのは『遠い旅路の目的地』というお話。

主人公のシリルは世界のどこにも“故郷”を持たず、郷愁の思いを感じたことのない虚ろで無感情で冷徹な青年です。

現実のどこにも居場所が感じられなかった私は読んですぐ、シリルに強烈に感情移入しました。

これは自分のために書かれた物語なんじゃないかとすら思いました。

シリルはある時、城が描かれた絵に出会い、その城の存在を「知っている」と感じます。

その城こそがシリルにとっての“故郷”なのでした。

シリルはその城にとり憑かれたように惹かれ、その城を実際に見つけるための旅に出ることにしました。

全財産を投げ売って、あらゆる手を尽くして、ただまっすぐにその城を目指し、アフガニスタンの山奥へ向かいます。

その城が本当に実在するかどうかはわかりません。

だけど、最後はシリルがその城にたどり着いたかのような描写で終わります。

その光景はもしかしたら現実のものではなく、シリルの空想かもしれません。

いずれにしても、人の世界ではどこにも帰属できなかったシリルも、ようやくそこで本来の居場所に戻れたのだと思います。

その城にたどり着いたとき、シリルは初めて温かい気持ちを知ることができたんじゃないかな。

とても孤独なハッピーエンドだと思います。

この物語を読んだとき、シリルは私だと思いました。

そして、シリルにとっての絵の城と同じように、このお話自体が私にとっての“故郷”であると感じました。

私もシリルと同じように、現実世界には居場所なんかない。

だけど、こうやって文学や芸術を通してイマジネーションの世界に居場所を見つけることができる。

そのあとの私はますます、文学の世界に居場所と呼べるような場所を探すようになりました。

文学だけじゃなく、絵画、音楽、映画、アニメ、ゲームなどいろんなタイプの想像の世界に触れるようにもなりました。

そういった想像の世界は、孤独な人間の居場所になってくれるようなところがあると思います。

それはもしかしたら、居場所と言うよりは避難所と言った方が適切なのかもしれませんが。

いずれにしても、人が怖くていつも一人ぼっちの私には現実よりずっと居心地がいいものでした。

私は高校、大学を出ても長いこと、この想像の世界のぬるま湯に浸っていたように思います。

私にとって現実は恐ろしい場所だったので、最近になるまでずっと目を背け続けていました。

今は、ようやく少し現実に向き合えるようになりました。

とてもとても長い夢から醒めたような気分です。

目が醒めたのはいいけど、まだここからどう自分の人生をつくっていくかしっかりと固まっているわけではないし、現実的な居場所だって手にできていません。

だけどもう、空想の世界に避難したいとも思いません。

自分が本当に生きてるんだということの手応えを感じてみたい。

痛みではなく、喜びによって。















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