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映画・町田くんの世界

※公開当時の感想です。


(画像は映画.comより)

映画 町田くんの世界を観た。私の中では今期のナンバーワンかもしれないよさだった。

安藤ゆき原作。監督は石井裕也監督。主演の町田くんは細田佳央太、ヒロインの猪原さんは関水渚。二人ともほぼ新人。新人二人が主演を務めた。

原作を読んでいないがおそらくこれ、原作の完成度がおそろしく高いのだろうと思えた。内容からそう感じ取りはしたが映画が好きすぎるので、しばらく原作を読むのはやめておこうと思うくらい映画の作りがよかった。

まず長すぎない尺がいい。高校生の夏に向かう青春の数日間をまるっと切り取った構成、その中で町田くんの魅力も猪原さんの魅力も、同級として制服姿を見せてくれる前田敦子演じる栄も、小悪魔な雰囲気を漂わせつつも真摯な女の子さくらを演じる高畑充希も、猪原さんに恋をする西野を演じる大賀も、岩田剛典演じる一生懸命とか真剣に生きることから逃げている氷室が町田くんとの関わりで変化していく姿もとても魅力的に描かれていた。町田くんと猪原さん以外、ほぼアラサーである。アラサーの高校生役がとてもとてもいいのである。

主人公の町田くんは全人類を愛しているような青年で、ほぼ分け隔てがない。困っている人をみたら誰でも助ける。自分のことより他者のしあわせを優先させる、というより自他の境界が曖昧なのだと私には思えた。同級生の西野も後輩のさくらも『僕の大事な人』だ。人が大好きなのだ。

そんな町田くんの前に猪原さんがあらわれる。人が嫌い、と全ての人を退ける猪原さんにも町田くんは当然のように優しく親切にするのだけど、なぜか猪原さんのことだけは、わからないことが多い。そして猪原さんは猪原さんで他の誰とも違う町田くんの存在に少しずつ心を開いて行く。そして町田くんもわからないことだらけの猪原さんへの思いから逃げずに向き合っていく。

青春そのもの、ボーイミーツガール。ではあるのだけど、そこにとどまらないすッとぼけた感じと夢見がちと言われてしまいそうな世界が私にはたまらなくよかったのだ。

賛否が分かれそうな風船の場面も、私の好きな映画ルノワール監督の草の上の昼食でガスパール爺が笛を吹いて突風が吹き世界が変わるようにとても大事な出来事だった。ファンタジーとか絵空事と切り捨てるには伏線から作られている。あれを絵空事と切り捨てる人は漫画の読み方がわからないタイプなんじゃないのか。いや、私と違う感覚というだけなのだろうが。

細田佳央太演じる町田くんの全力の善良さと関水渚演じる猪原さんが美少女設定なのにちっとも都会的でなくて野生種の女子高生であることがすごくよかった。町田くんの無意識ぶりに翻弄される姿も、同級生の栄に心を開いていく姿も野生。グッときた。

新人二人の脇を固める大人たち、池松壮亮演じる吉高、佐藤浩市演じる吉高の上司、町田くんの両親である松嶋菜々子と北村有起哉らがそれぞれに現実的な社会を象徴する役割なのだけれど、それにしたって悪意が内在していても結局は揺れる人間として正直な描き方であること、両親も町田くんを育んだ存在として出番は少なくともしっかりと機能している。上にも書いたけれど同級生たちがあきらかにアラサーの役者なのがとてもいい。ファンタジーというなら既にそこからファンタジーなのだ。

毎日に疲弊していてもしていなくても見て欲しい。忘れ果てた青春を思い出すかもしれないし、そういや青春なんてなかったなと思うかもしれないし、つかの間、愛すべき世界を思い出すかもしれない。悪意に満ちている、としながらもどきつい悪意は映画館の外の現実だけで充分。そんな描き方だった。

監督の石井裕也。手練れ。『舟を編む』『夜空はいつも最高密度の青色だ』など作ってきた監督だけど、本当に手練れ。女優を嫁にする監督は手練れであると勝手に思っているけれど、全くもって手練れ。

時間があって映画がお好きな方、ぜひ見てください。わりと万人に勧められる映画だと思います。町田くんの世界をスクリーンを通して、見てください。みた人と話してみたい気がする。そんな映画でした。

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