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短歌みたいな

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時折つきたい定型のため息
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#詩

いしころに

飽きもせず訊いているのだ石ころに「おまえはどこからやってきたのだ」 まなじりで語らなければならなくてマスクの下でひび割れる舌 喉の奥いや胸の奥いや腹の底ひとつながりで梅核気

はるのよう

頭ひとつ抜きんでているサドル乗る君は寝癖を直して出掛ける 頭上から降り注ぐ声優しげに「ドアが閉まりますご注意ください」 爆弾のスイッチならば躊躇うものかそれはうさぎのスタンプなのだ

はだし

裸足では帰れないので待っているわたしと靴を取り違えた人 どうしてこんなに柔らかいのか鎧がなければ生きていけない ほんとうに見とれているのは足の爪悟られぬよう目を見て話す

としつき

もう甘くなくていいのだデニッシュをブラックコーヒーで飲み下す朝 素数ゼミならやっと地上に出たばかり目よりも上に耳があっても

まちなか

カーテンの表と裏の猫二匹ストリートビューを知っているのか 行間を読まない君と映画見て行間ばかり読んでいた夜 溶けかけのマリア像かも知れなくて解体を待つ廃屋の裏

劇場から

甲板の先に座ってひざ抱えバルパライソの地図を眺めた サルスベリ散り敷く雨はしとやかに昨夜の映画の女優の怒り

ここん

今すぐに死んだとしてもイエティの足跡ほども凹ませられない しずしずとハイブリッド車あらわれる平安京の牛車のごとく

からふる

赤と青ふたりの背中がきっとある信号機の裏蓋を見る 一年後ポプラは無言で立っていたオレンジ色の街灯の下 眼の底に滲む光は仄青く眠れぬ夜は常夜灯消す

てつかみ

手のひらに無いものの仮の質量を測る能力が足枷になる ただ好きでいるだけなんてもうできないでも転んでもただでは起きない 近道を見つけられたら渋谷にも行けるのだったオレンジ齧る 次に会う日のワンピースと同じ色ナスに豚バラ巻きつけて焼く

短歌ふたつ

倒れ込みそのまま眠ってしまいたい経堂駅の木製ベンチ 他人には通用しないオノマトペだけ携えて行く無人島

眼の先に

避(よ)けたいのにロックオンする癖がある紋白蝶に目を逸らせ そこのみが世界のように苔は生(あ)れホモサピエンスは神話を読む そのかたち水の証明乱れ雲わたしは人のつもりだけども

ひとつだけ短歌

気化し冷やされ腑に落ちる吾の片手にその名を名乗れスピリッツ

久々に短歌

コンビニの看板に抱きつきたい人よりずっと大きい明るい へばりつく白い蛾による耳打ちはおそらく明日の天気について 短冊を束ね舟漕ぐ七夕は雨雲さえぎる天の川へと

さんさく

黒猫に「のあ」と呼ばれて「にえ」と応えた気まずさに耐えかね走る 風上が欠けた綿毛のたんぽぽに数式はある左辺と右辺 カタバミの花半開き薄曇り多少の屈託もてあそぶ くたくたになるまで歩き日が暮れてやっと眠れる君を忘れて