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詩とおもう(スケッチ)

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情景やら心象やらを集めました。
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#作詞

ひみつ(2022.10.19)

秘密は 遠く離れた異国で 根づき やがて芽生えた その土壌は 誰も耕さず 固く締まった土から 柔らかい芽を出した いくつもの昼と いくつもの夜を数えて 伸びた葉と根は 自分を知らなかった 乾いた熱い空気 遠く離れた故国では 雨ばかり降っていたのに 夢などみなくていい みないほうがいい 固い土が囁いた

開路(2022.08.19)

ひとたびひらいたその回路は 緑青が吹いても 風を通し続ける 暗がりからこつこつと 響く足音を頼りに 曲がりくねった山道さながら おいしげる草木にも惑わず ひゅう と 汗を乾かす ならばその風を 追わずには終われない 流れこむ光 つまさき立って はるかす海がそこに 溺れるくらいなら 飲み干してしまえと 旧いままに時を止めて もう閉じられはしないから

穀雨(2022.04.19)

水を含んだ土嚢は重く ひとつ積むごとに のしっ のしっ と音がする 雨あがり 晴れあがった空の下 積みあがった土嚢は みずからの重みで じんわりと 横たわっている 表面がすこし乾いた頃 また雨が降り 土嚢はあらたに水を含む 袋を切り裂いて 黒い土を掻き出し さらしてひろげて 晴れあがった空の下 色とりどりの種を蒔く 灰色に染まった指で わたしは 花を咲かせたい その花で わたしの指を 染めてみたい

弥生(2021.3.24)

春先の白けた空は それでも裏切らない 期待もしなくても 星くずから出来ている これらの体を 地にばら撒いて ひばり 高く きっと劇場では ホリゾントに まっさおな異国の空 信じている 闇の中はたやすい みんなが 見上げるだろう 地の中の 蚯蚓が ぬくもりながら その肌で 感知しているブラックホール わたしたちの 仮定のゆりかご

たんじょう(2020.9.17)

五十年前 次の冬に生まれるわたしを 母は宿していた わたしは母のからだの中で 小さく息をしていた なま温かい 公園の噴水 かすかなしぶき 産湯に洗われた朝 水遊びの午後 未明の破水 わたしに宿った子は ひと月遅れの冬に生まれた 眠っている口元に 手のひらをかざし 寝息を確かめた夜 五十年後 わかものになった子を見上げる わたしの閉じたからだは 今もまだ 止まない水音を聞いている

しゅうまつ(2020.11.29)

今日が終わる うすい鴇色の空の裾 世界が終わる日は こんな色だといい とろりと優しく 世界が終わるといい この空の裾の下 あなたは憩い 今日の終わりを 少しも疑わず 世界の終わりを 微塵も知らず すべての星が堕ちていく音も すべての時が遠ざかった後も 何ひとつ変わらず あなたは憩いながら 鴇色の空の裾が 終わりへと 飲み込まれていく あなたのまどろみの中で 鴇色の断末魔は ほのかに奏でられる そんなふうに 世界が終わっていくといい

手のひら(2020.8.23)

ぱちんと 叩いた手のひらで たくさんの蚊を潰した その都度 手のひらは 赤黒く汚れた 痛くも痒くもない ぱちんと 手を払いのけたら あなたは消えた 消えたように見えた わたしには見えないところで しばらくたゆたって わたしには見えないところで 今度こそ本当に消えた わたしの 手のひらは とても きれいだ 痛くも痒くもない

SUGAR(2020.7.13)

斜めに切り落とした わたしの切断面は 甘い匂いがする 溶けないソフトクリーム あの日の地面に 潰れたまま 油の染みた ドーナツシュガー 舐め続けてふやけた指 麦茶にお砂糖 苺にお砂糖 やまない咳に砂糖水 甘い甘い 髪も爪も 甘い甘い 血も涙も 角砂糖の花飾り ケーキの上のサンタクロース まずくて可愛い砂糖の塊 欲しくもないのに 奪い取ってきた 斜めに断ち切った わたしの切断面は 甘く匂う

龍(2020.7.11)

その日 空には 龍がいた 龍は 声無く吼えていた 誰も 龍に 気づいていないようだった ひげを震わせ 龍は のたうっていた 届かないと知りつつ 龍に 手を伸ばしてみた 龍は わたしを見た その日 空には 龍がいた 誰にも 気づかれずに 苦しみ続けていた 龍は 消えた わたしが伸ばした 手のひらに

脈(2020.6.17)

ひよこの鳴き声 ぴよぴよ 生まれたての赤ちゃん 頭蓋骨のひよめき へこへこ 脈を打つ 生きもののオノマトペ 泣き虫が めそめそ 泣いている 死期が近づいても 簡単にはやめられなくて いつまで数えたら眠れる? めそめそ へこへこ ぴよぴよ 泣き虫のニューロン 泣きながらみちびいた式と 掘り出したことわりの果てに 光の速さを知った ひくひく 脈を打つ

洞窟(2020.6.16)

目を閉じて 空っぽの洞窟の底へ落ちていく 音符を眺めている なつかしい青いリュックが揺れていて 降りていこうとする背中に 声をかけそうになる また目を閉じる 空っぽの洞窟の音符は 宙をさまよっている この音じゃない 長い時間が経っている 遠い場所へ来ている からかうように音符は つかのま洞窟を満たす あの音だったかもしれない 青いリュックに手を入れて 探ってみたはずの 触ってみたはずの あの背中

バス(2020.3.11)

バスの中はいつでも夜で わたしはいつでも心細く どこへ向かうのかと どこで降りるのかと 降りてよかったのかと いつでも迷っている 十六夜の月の出 すこしの欠け具合が 不確かさに輪をかける まだ乗っている まだ降りられない バスに乗っているあいだはずっと 水のような夜で 目を開いていても 眠っているようで 目を閉じてしまったら もう二度と目覚めないようで わたしは仕方なく ただただ座っている このバスは どこへ行くのですか このバスは 乗っていてもいいのですか このバスを いつ